長編、企画 | ナノ

あたたかい場所



一体どこから仕入れたのか息子に彼女が出来た事を知ってから、毎日のように母親に連れて来いと言われ、俺はいい加減ぐったりしていた。
肯定も否定もしていないのに確信的なそれに思わず疑問を投げかけるが、「なんだそんなこと」と言わんばかりに当然のように母親が答えた。

「急に電話は増えるし、なんかニヤけてるし、そんなの聞かなくたってわかるわよ。」

そんな母親の言葉に、身に覚えがありまくりの俺は恥ずかしさにグッと言葉に詰まる。

もちろん跳子を紹介するのが嫌なわけじゃないし、そこには何の心配もない。
ただ恥ずかしいというのが半分と、テンションのあがった自分の親が余計なことをやらかさないかと不安なだけだ。
それでもさすがに根負けした俺は、近々連れて来ると約束をしてしまった。


「鈴木…じゃない、あー、跳子。…なんだかまだ慣れないな。」

いつもの部活の帰り道。
つい前のように呼んでしまった俺に、くすくすと跳子が笑う。

『ふふっ、無理しなくてもいいんですよ。もちろん呼んでくれたら嬉しいですけど。』
「俺だって呼びたいんだよ。…最初からスガや旭がサラッと呼んでて悔しかったくらいだ。」

俺のカミングアウトにますます笑い出した跳子の頭を「笑いすぎ」と軽くこづいてみる。
ようやく笑いを抑える跳子に本題を投下した。

「跳子。今度部活が夕方に終わる日にでも、うちに晩飯食いに来ないか?…母親が会いたい会いたいってうるさいんだよ。」
『えっ…!いいんですか?すごく嬉しいです!緊張は…しますけど。』

一瞬目を丸くした後、そう言って本当に嬉しそうに微笑んでくれた跳子を見て、誘ってよかったと素直に思えた。


そして次の日曜日。
部活帰りに直接うちに向かう途中、なんだかカチンコチンに固まっている様子の跳子に俺は吹き出しそうになる。

「そんな緊張しなくても大丈夫だぞ。」
『そ、そんな事言われましても…、無理ですよ〜!何かやらかして嫌われたらどうしようかと…!』
「それは絶対ないな。…基本的に好みは俺と一緒だからな。」
『え?』

すぐに家について、合図代わりにいつもは鳴らさないインターホンを鳴らす。
しかし呼び出しに応じる前にすぐに玄関に向かって自分で鍵を開けた。

「ただいまー。」
「おかえり!いらっしゃい!待ってたのよー!!」

俺への出迎えの挨拶なんてそこそこに、母親は俺のすぐ後ろにいる跳子に笑顔を向ける。

『あ、あのっ、こんにちは!呼んでいただいてありがとうございます!』
「母さん、鈴木跳子さん。」

深々とお辞儀をする跳子が顔をあげると同時に紹介し、照れ臭いながらも一言俺はボソリと付け足す。

「…あー、その…彼女、だよ。…まぁ前に一度会ってるよな。」
「もちろん覚えてるわよー!跳子さん、よく来てくれたわね!いらっしゃい!」

母親の顔が満面の笑みから少し下卑たモノになったかと思えば、俺の腕をうりうりと肘でつついてくる。

「大地ったらもー、ずっと女っ気がないと思ってたら、こんな可愛い子狙ってたなんて!」
「母さん!また余計な事を…!」
「そういうところお父さんに似たのねぇ。」
「…しかもそういうこと、自分で言うなよな…。」

玄関先での俺らのやりとりが面白かったのか、跳子がクスクスと笑い始めた。
まだ靴も脱いでいないのにすでに気が重くなってくる。

「来て早々コレかよ…。」
「あらゴメンね、こんなところで!もうどんどんあがって!」
『あ、ハイ!お邪魔します!』

母親の日本語が少しおかしいくらいにテンションがあがってて、俺は小さくため息をつく。
通されたリビングで跳子が緊張しながら持っていた袋から菓子折りを出した。

『あの、これ、うちでお気に入りのお店のお菓子なんです。お口に合えばいいんですけど…。』
「あら!わざわざありがとうー!ここの美味しいわよねー!座って座って!」
『わぁ!お好きならよかったです!』

フンフンと上機嫌に鼻歌を歌いながら一度キッチンに引っ込んでいく母親を目で追いながら、俺は跳子に小声で話しかける。

「ほんと、テンション高くて悪い…。」
『いえ!すごくお話しやすくて、安心しました。』
「…ありがとな。」

俺はついいつもの癖で跳子の頭に手を置こうとするが、母親の戻ってきた気配に慌てて手を引っ込めた。

「あれ?父さんは?いるって言ってなかった?」
「もう帰ってくるわよ。お父さんも相当楽しみにしてて…、」

噂をすれば何とやら、玄関の開く音がして「ただいま」という声が聞こえる。
母親が玄関まで出ていく間、再び隣に座る跳子が緊張しはじめたのか、大きく息を吸い込んだのがわかった。

「お父さん、もう見えられてるわよ。」
「あぁ、ちょっと遅くなった。すまない。」
「おかえり、父さん。」
『お邪魔してます。鈴木と申します。初めまして。』
「こんにちは。大地の父です。うちの家内が無理言って来てもらって悪いね。」
「あら、私のせいなの?」

恐縮している跳子の隣で、父親が母親に手渡ししている袋が気になって俺は声をかける。

「?何だそれ。」
「…仙台牛だ。」
「は!?」
「今日は、仙台牛のすき焼きよ!お父さん喜びのあまり奮発したんだから。」

…そんなのうちで食った事がないぞ。

何故か無表情のまま得意気にグッと親指を立ててくる父親にも頭を抱えたくなる。
見た目には出ていないが相当こっちもテンションがあがってるらしい。
その様子を見ていた跳子が、慌てるように席を立った。

『あの、お手伝いします。』
「あら嬉しい!でも今日はお客さんだからいいのよ。晩御飯ができるまで大地の部屋にでも行っててね。」
『でも…、』
「普段部活であまり二人でいれないのに、私が跳子さんを独占したら大地に怒られちゃうわー。」
「っ母さん!!」

母親がまた余計な事を言いだしたので、俺はそのまま跳子を連れて部屋に逃げ込む。
ドアを閉めてふぅと息をつくと、顔を赤くしている跳子に手を引いたままだったと気付いた。

「っ悪い!」
『いえ…。お邪魔します…。』
「俺、ちょっと着替えてくるから適当に座っててくれ。」

いつもは気にしないが、念のため隣の部屋で部屋着に着替えて戻ってくると、テーブルの前に人形のように真っ直ぐに背筋を伸ばしてちょこんと座る跳子の姿に思わず笑いが漏れる。

「ははっ!借りてきた猫とはよく言ったもんだな。…まだ緊張してるのか?」
『えっ!いえ、今は、澤村先輩のお部屋にいるんだなって思って…。』
「まぁ何もない部屋だけどな。」
『でも、本当に嬉しいんです。なんだか、"彼女"みたいで…。』

そんな風に言って恥ずかしそうに微笑んだ跳子が可愛い。
悪いが、自分の部屋に跳子が居るという事実に緊張してるのは俺だって同じなんだけどな。

「実際に俺の彼女、だろ?…俺もすげー嬉しいよ。ここに跳子が居る事が。」

言いながら跳子の隣にすっと座った。触れる肩に少し跳子がピクリと反応したのがわかる。

『あぁぁあのっ。澤村先輩、お部屋、キレイですね。』
「…お前が来るから必死に片づけたんだよ。いつもなんてヒドイぞ。…そんな緊張しなくても捕って喰ったりしないよ。」
『そ、んなことは…!』

目を白黒させる姿に俺が吹き出せば、赤くなった跳子が少し膨れて怒り出す。

「悪かったって。うちの両親も、なんか悪いな。」
『いえ!全然!優しそうで楽しくて…。私もう笑っちゃいましたもん。それに…あまりまだお話してないですけど、澤村先輩のお父さん、澤村先輩と声がそっくりで安心しました。』
「そうか?自分じゃよくわからないけどな。」
『ハイ!それに…おうちに入った時からなんだか温かくて。澤村先輩がここで育ったんだと思ったら、そこに来られて本当に幸せです。』
「…やっぱ前言撤回な。」
『え?』

目じりを下げて心底喜んでいるような跳子を見ていたら、さすがに我慢ができなくて。
目を見開いたままの跳子に俺は軽くキスをする。
…捕って喰うわけじゃないけど、ちょっとだけつまみ食い。

『〜〜っ!!』
「…跳子があまり可愛いこと言うから悪い。」

真っ赤になって固まっている跳子に、隙ありとばかりにもう一度キス。


「大地〜!跳子さん〜!もうすぐご飯できるわよ〜!」

タイミングいいのか悪いのか、階下から俺たちを呼ぶ母親の声が聞こえた。
漂ってくる割下のいい匂いに腹が素直に反応する。

「とりあえず行くか。…跳子。その顔のまま行ったら、なんか突っ込まれそうだな。」
『〜〜っ澤村先輩のせいじゃないですかっ!』

軽くバシッと背中を叩かれるが、久しぶりのキスに喜ぶ俺の身体にはあまり威力は感じない。
片想いの時には散々振り回されたんだからこれぐらいは許してもらいたい。

しかし突っ込まれて困るのは自分でもあるので、少し窓を開けて二人で顔を冷やす。
…俺も風が気持ちいいと感じるんだから、きっと赤くなってたんだろう。


焦れた母親の呼ぶ声にもう一度返事をし、二人で笑い合ってから部屋を出た。


−ここが俺の生まれ育った場所。

「…来てくれて、ありがとな。」



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