長編、企画 | ナノ

動き出す



その頃、澤村大地は悩んでいた。

(困った…。鈴木に謝るタイミングを完全に逃した…。)

今朝の朝練の時に、もちろん跳子と顔は合わせた。
お互い部活中に私情は持ち込まないタイプではあったため、普通に接してくれた。
一瞬それに安心したが、しかしそれはあくまで"主将"と"マネージャー"としてだったので、それ以外の話は全くできずに終わってしまったのだ。
部活中には普通な事が逆に、きっかけを難しくさせてしまっていた。

それに問題は他にもある。
謝るつもりはあるが、喧嘩のきっかけになった文化祭については何一つ解決はしていなかった。

(…別に鈴木に、和服姿を見られたくないわけじゃない。)

気恥ずかしくはあっても、澤村にとってそれが嫌なわけじゃなかった。
問題は"写真撮影"と"女形の菅原と一緒"だということだ。

別に写真撮影ありだからと言って、自分と撮ろうという女子がいるとは(澤村自身は)思っていない。
どちらかというと、悪ノリした他のクラスの男友達が二人に何をさせるかがわからなかった。
ただでさえ清水・跳子・谷地の女子マネ3人を擁するバレー部である自分たちに、冗談半分(つまり半分は本気だ)で絡んでくるヤツらがそんな面白い状況を逃すとは思えない。

(そのタイミングでもし鈴木が来たとしたら…)

澤村は考えると同時に身震いする。
笑ってくれるならまだいい。
ただ男の悪ノリは、時として女子をドン引きさせるほどのことがあることを彼自身よくわかっていた。

(そんな姿を見られて、もし嫌われたりしたら…。情けないが、それがマジで怖い。)

チャイムが鳴って教師が入ってきても、澤村の頭にいい解決策が浮かぶことはなかった。



「おーし!こっから自主練ー!」
「「ウェーイ」」

烏養の言葉をきっかけに、皆それぞれのやりたいことのために散っていく。
しかしそこに珍しく影山の姿はなかった。
皆が休憩中に飲んで空になったドリンクボトルを回収しながら、跳子は日向に声をかけた。

『アレ?影山くんは?』
「あぁ、ちょっと自主練抜けて行くところがあるんだって。」
『へぇ、珍しいね。あ、もしかして−』


試合形式の練習で使ったビブスを籠いっぱいに持ち、谷地が熱気の篭る体育館から外に出る。
その目の前に通りがかった人影に「ひぃっ!?」と思わず籠を手放した。

「?かっ、影山くんどうしたの!?」
「!!!俺ってわかるのか!!」
「…まぁ…。」

サングラスで眼を隠し、帽子を目深にかぶってはいても、影山は影山だった。
そこへ体育館の中から跳子がひょこっと顔を出す。

『仁花ちゃん。ビブス、もう一枚あっ…、影山くん、何その格好?』
「!!くそっ…!」

谷地と跳子に簡単に見破られ、影山が悔しそうに変装を解く。

「…代表決定戦で当たるかもしれない相手で、どうしても見ておきたいチームがあって−」
『及川さんのところでしょ?』
「及川さんって、青城?」
「!!よく、わかったな…!」

それにしても他校に偵察に行くために変装をしていたようだが、学校内ではえらく目立つ上に不審極まりない。
見かねた谷地が恐る恐る口にする。

「あの…どの学校でも放課後に一番目立たないためには、フツーの運動部っぽい格好が良いのでは…?」

谷地の言葉に、影山が口を開いたまま動かなくなった。

『…"眼から鱗が落ちる"ってこんな顔かな?』
「跳子ちゃん、影山くんのことツンツンしちゃダメだよ…。」

固まっている影山をつついて、跳子が少し考える。

『…影山くん、それ、私もついていっていいかな?』
「…あ?」



体育館内の壁際に月島が座っていると、日向が目の前にしゃがんで話しかける。

「月島だったら、ウシワカ止められるか!?」

月島はチラリと日向の顔を見て、ため息をつきながら左手を振る。

「…無理デショ。全国トップ3のエースなんて。」
「でも誰かがウシワカ止めなきゃ白鳥沢倒せない!おれ達MBじゃん!」
「もう県トップとのこと考えてんの?随分ヨユーだね?」

いつものように答えてみれば、真剣な目の日向が居た。

「…どっちみち…全部倒さなきゃいけないんだから同じだ。」

オレンジコートに立つには、県で一番にならないといけないのだ。
そんなことは月島にも解っていた。

「…なんか腹立つ。」
「なんでだよ!」

自らを奮い立たせるようにすっくと立ち上がった日向が、覚悟を決めたように宣言する。

「つ…月島で無理なら、おれがやってやる…!」

昨日帰り際に言われた跳子の言葉。
目の前で奮い立つ日向の言葉。
日向に目の前に立たれるのはやはり気に喰わない−月島もゆっくりと立ち上がった。

「…自分で言うのはともかく、他人に"無理"って言われると腹立つよね。…君には特に。」
「!!!」

ヅムッ

変な音がして日向の頭頂部に突き刺さった月島の指。
跳子へのでこピンとは打って変わって手加減なしだ。
転げまわる日向を無視して、月島は「帰る」と一言告げてその場を去って行く。

少しずつ露わになる、月島の闘争心。

「−もしもし、蛍だけど。今日行くから。」

電話の相手も一瞬驚いたような声をあげたが、すぐにそれを感じて嬉しそうに笑った。



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