長編、企画 | ナノ

コバルト・ブルーの期待


二人はテラスのある館内のレストランで遅めの昼食をとりながら、濡れてしまった服と髪を乾かすことにした。

希望したテラス席に出てみれば、充分な日差しが注いでいる。
この分ならすぐに乾きそうだ。
メニューを広げる前にレストランの方がタオルを2枚持ってきてくれた。
申し訳なさに慌てて二人で遠慮するも、どうやら慣れているようで「お気になさらずお使いください」と優しい笑顔を向けてくれた。

注文を済ませ、借りたタオルで服をポンポンと叩くように拭きながら話す。

「入口にあんなに大きく"一番前の席は濡れます"って注意書きがあったとはなぁ…。」
『全然気づかなかったです…。それによく考えてみれば、前に座ってる他の皆さん、ポンチョを着てたりタオルを持ってましたね…。』
「そうだな。最前列素人は俺たちだけだったのかもなぁ。」

そう言って澤村が跳子の方に顔を向けると、濡れた髪を軽く拭いている跳子の首元に小さく光るネックレスが見えた。
澤村が嬉しそうに目を細める。

「…それ、つけてくれてるんだな。ありがとう。」
『あ…お礼を言うのは私の方ですよ。ありがとうございます。』

跳子にとって、このネックレスは大事なタカラモノだ。
あの日の思い出を澤村がカタチにしてくれた。

『私、これ本当にすごく、…気に入ってるんです。』

どんなに大切かを澤村に伝えたかったがその術がわからず、跳子はそう言うので精一杯だった。
それでも澤村は「嬉しいよ」と微笑んでくれた。


昼食を終える頃にはすっかり服は乾いていた。

跳子が髪を直そうと席をはずしている間に澤村がすでに会計を終わらせており、そんなわけにいかないと一悶着があったところだ。

「こんな時くらいかっこつけさせてくれ。」

そして結局澤村のその一言で跳子が折れることになるのだった。


『後ろも乾いてます??』

食事のお礼と共に澤村に借りていたシャツも返し、跳子はその場でくるりと回って背中を見せる。
後ろ姿を確認した澤村が「大丈夫そうだぞ」と一言告げた後、少し考えるような表情を見せた。
そして正面を向き直った跳子に改めて視線を合わせる。

「今更だが…。その服、似合ってるな。」

最初の待ち合わせ時のドタバタで言えなかった言葉を口にする。
正確には「可愛い」と言うことは言ったが、あの男の存在によって伝え方が変な方向になってしまった。
言った言葉にウソはなかったが、きっと跳子の中では冗談の一部と捉えられてしまっているだろう。
澤村にはそれは解っていたものの、その後タイミングがつかめなくて言えなかったのだ。

「本当に…今日は一段と可愛いよ。」
『そんな!こここっ光栄、です…!』

澤村の真意はわからないが、それでも褒めてくれたのだから跳子が嬉しくないわけがない。

(…鈴木がこの服を選ぶ時にほんの少しだけでも、"俺の為に"と思ってくれていたらいいのに−)

赤くなる跳子を見て澤村が少し複雑な気分になる。
そんな小さな期待を口にすることはなく、そのまま跳子の直したばかりの髪にさらりと指を通す。

「それにしても器用だよな。この髪、どうなってるんだ?」
『っ…!ねじって、留めてるだけですよ…。』
「それに、今日は少し背が高いな。」
『っっ、ヒール、履いてますから…。そんなに高くはないですけど…。』
「そうか。…いいな。この高さ。」

触れられた途端に緊張で跳子が下を向く。
澤村が跳子の頭から目に、そして唇に視線をずらす。

(顔が…いつもより近くにある。)

チラリと顔をあげて同じことに気付いた跳子がすぐに目をそらした。

『あのっ…あまり見ないでください…。』
「…嫌だ。」
『えぇっ?』

そんなことを言われると思っていなかった跳子が、驚いてズザッと後ろに後ずさった。
それにクスリと笑った澤村の目尻が下がる。

「嘘だよ。−おいで。」

差し出された手をおずおずと繋ぐと、澤村がにっこりと笑顔で"写真を撮ろう"と言った。

跳子が頷いたのを確認し、澤村はそのまま係員に声をかける。

デジカメのデータフォルダに増えたのは、少しぎこちなさの残る二人。
それでも、自分だけじゃなく相手も幸せそうに見えるのは、心が期待してしまっているからだろうか。


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