凍りついたら融かせばいい


名前の恋人、スティーブン・A・スターフェイズという男は、何というか一言で表すと伊達男である。加えて仕事は優秀、戦闘力も高く立ち居振舞いにも隙が無い。世の大抵の女性が一度は憧れるような“一見”完璧な男なのである。そう、“一見”は。
さて話は変わって、今名前はそのスティーブンの広い家、彼の広い寝室のベッドに腰かけて彼に後ろから抱き込まれるようにして、座っている。
しかしこれと言って甘いムードが漂うわけでもなく。スティーブンは名前の肩に顔をうずめたままぴくりとも動かない。
今日の任務は戦闘時間も長かったので、疲れて寝ているのだろうかと名前は動きを最低限にして恐る恐る彼の名を呼んだ。

「…スティーブンさーん」
「何?」
「わっ、起きてたんですか」
「起きてるに決まってるだろ、君と一緒に居るんだから」
「え、あの、うわー…」

さらりとそんな事を言えてしまうあたり、スティーブンはすごいなと名前は常々感じていた。
彼の甘い言葉にも、自分だけに見せてくれる甘えた仕草にも、名前は只受け止めて照れる事しか出来ない。

「………やっぱスティーブンさんってすごい」
「何が?」
「あー、私の話です…わっ」
「………………」

スティーブンは無言で甘えるように名前の肩に自らの額をぐりぐりと押し付けた。

「…俺なんて結構つまらない人間だよ」
「そんな、ことっ…うわっ、わは、くすぐったい!です!」
「ふふ、ごめんごめん」

スティーブンは、悪びれなく謝ると笑って名前の頬にキスをした。
キスで流されたが色気もくそもない声を晒してしまった、と名前が後悔していると、ふわりと彼から香水が漂った。
百人が嗅いだら百人全員が「良い匂い」と口を揃えて言いそうな、名前の乏しい表現力ではこんな程度にしか思えなかったがとにかく良い匂いだった。

「……………」

対して自分はどうだろうか、と名前は自分の服の袖を鼻にやって、すん、と匂いを嗅いだ。
つけてすら無い香水は匂うわけないが、それにしても、ただただ自分の使っている洗剤と柔軟剤の匂いしかしない。

「…スティーブンさんって、良い匂いですよね」
「ん、今日はどうしたんだ。もしかして匂い強かった?」
「そういうわけじゃなくて…」
「俺からしたら名前も良い匂いだけどなあ」

すんすんと名前の首筋辺りで、わざとらしく鼻を動かす。
名前には自分をこそばゆくさせるためにわざとやっているようにしか思えなかった。

「わ、あはは、っ〜!」

そこで名前は先程と全く同じ流れになっていることに気付いた。
先程のような声はあげてたまるかと辛抱していると、スティーブンはくすぐりをやめて顔を覗きかんでくる。

「………………名前?」
「…いっ、色気無い声を出すわけにはっ…!」

顔を真っ赤にして、ぶるぶる震えながら言う恋人を見てスティーブンは思わず噴出した。

「…ぷっ」
「え?」
「はっはっは、名前は本当に可愛いな」
「ええええひどい!何で笑うんですか、ていうか可愛くないです!」
「いや、可愛いよ。」

あーまたこの人の言葉に流された、と名前は感じつつも、それ以上抗うこともしなかった。

◆◆◆

「スティーブンさんって、こう、大人って感じだよね」

数日後、ライブラの事務所にて名前は唐突にザップへ話し掛けた。
よりによって何故ザップなのかと言うと答えは簡単、今事務所には彼と名前以外に人がおらず尚且つちょうど隣にいたから、それだけである。

「あ?いきなりどうしたんだよ」

面倒くさそうだが、一応ザップは事情を聞いてくれた。名前は膝を抱え込んで、悩みとまでは行かないが思っている事を吐露する。

「いやースティーブンさんっていつも余裕たっぷりだし、私手のひらで泳がされている感半端なくて」
「何だ何だ、何で俺がこいつの恋愛相談室になってんだ。つーかお前みてえなチンチクリンが番頭みてえな百戦錬磨を手玉にとれるわけねえだろ。良いとこお前の策略見透かされた上で遊んでもらっていつの間にかまたてめえが転がされてんのに気付くのがオチだな」

びしりと指をさされるが、全くもってその通りだ、と名前は項垂れた。
彼とは、言葉も経験も行動も何もかもが違いすぎる。

「…だよねえ。駆け引きとか上手そうだし、同じ百戦錬磨でも大概修羅場って刺されたり呪われたりするザップとは違うよねえ」
「おめえ馬鹿にしてんのかこのちんくしゃ」
「ちんくしゃ言うな!ちんくしゃの意味知って言ってんのか!」
「つまるところ番頭もて余して食傷気味なんだろ、ガキはガキらしくお子様ランチか幸せセットでも食べてお口直ししとけ」
「うわーっそんなん言ってすらないし!年下の私なりに悩んでるんだよ馬鹿!」

投げやりな態度をとるザップを名前がぽかぽかと殴っていると、ガチャリと事務所のドアが開いた。

「何だ、喧嘩してるのか二人とも」

入ってきたのは、まさに渦中の人物だったスティーブンだった。彼は至って平然とデスクに戻ると書類仕事をし始める。

「…俺、見回り行ってきまーす」
「え」

ザップは普段行きもしない見回りに何故かそそくさと出ていった。
あまりに早足だったのでよく見えなかったが、その顔は若干青かったような気もする。
名前がその背姿を見送っていると、突然名前を呼ばれた。

「名前、ちょっとこっちにおいで」
「あ、はい」

仕事だろうか、と壁から少し離れた所にある彼のデスクの前に立つと首を横に振られて「もっと近く」と手を招かれた。
机を回り込んで彼の隣に行くと、急にスティーブンが立ち上がった。
能天気に背の高い彼を見上げていると彼はにっこりと微笑んで、

「え」

名前を無言で壁際まで追いやった。
それは一瞬の出来事で、名前はぽかんと口を開けてスティーブンを見上げる事しか出来ない。

「す、スティーブン、さん?」
「………随分と仲良さそうだったじゃないか」
「何が…あ、ザップですか」
「そう」
「やだ、あれは仲良いとかじゃなくて、ひっ?!」

その時、壁が揺れた。
直後に背中から僅かな冷気を感じ恐る恐る右を見ると、彼の左足が名前の身体の横にあった。
続いて更に恐怖を抱きながらスティーブンの顔を見上げる。
いつもの笑顔の筈だが恐怖しか感じないのは何故だろうか。

「ザップの葉巻の匂いがする。気に入らないな」
「…!?」

言われて自分の服を嗅ぐと確かに微かな葉巻の匂いがした。
確かにザップはヘビースモーカーだが、たったこれだけの移り香はかなり気にしないと分からない。

「あと俺との事を俺じゃなくてザップに相談していたのも気に食わない」
「…スティーブンさ…」
「ああ、始めから聴いてたさ。この前俺は言ったよな?俺なんてつまらない人間だって。まさにその通りなんだよ。余裕ぶって、年下の君を掌中で転がすふりして、本当は君にずっと甘えていたいし傍にいて欲しくて堪らない」

スティーブンはまた、甘えるように名前の肩へ頬を擦り寄せた。
名前はこの“一見”完璧な男に初めて恐怖を抱いたが、同時に彼も自分と同じような事で悩んでいたのかと思うとその恐怖までも流されてしまうような気がした。

「…ずるいです、スティーブンさんは」
「ずるくてガキ臭い俺は嫌?」
「きらいじゃ、ないですけど」

名前の返事を聞くと、彼は満足そうに笑って「よくできました」と甘い声で囁くと、事務所なのも構わず名前にキスをした。
名前は、やはり彼には手のひらで転がされていると感じながらも、精一杯の背伸びをして彼の背後へ手を回した。

・リクエスト内容「スティーブンとお付き合いしている夢主にザップの煙草の香りが移ってしまい嫉妬、壁ドンならぬ番頭に足ドンされる」
初めてのスティーブンですので何かおかしい所ありましたらご指摘お願いします。

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