赤い実ヘタレた


その日の午前、事態は深刻かつ最悪だった。ヤリ部屋にて愛人二人が鉢合わせたのだ。
今までザップなりに彼女達が出くわさないように時間をズラしていたのだが、詰めが甘かった。
電話でも分かるほど物凄い剣幕で呼び出され、部屋へ来てみるとまだ新しい争った形跡がそこかしこに見られる。
室内で仁王立ちし睨み合っていた女性二人はザップが来たのを察知した瞬間、彼に迫った。

「ザップ!あたしとこのオバサンどっちを選ぶのよッ!?」
「だああれがオバサンよこのアバズレがッ!ザップ、どっちを選ぶか十秒以内に答えなさい。じゃないとあんたの股の間にぶら下がってる躾のなってない息子、一生使えなくしてやる!」
「ま、まて!リリアンもソフィアも落ち着け!な!」
「そうやってごまかそうとすんな!あたしがバカだからってバカにしてんの!?そりゃあたしバカだけどさあ、そんなのってひどいじゃん!」
「違うんだリリアン…!」
「…ああ…駄目だわもう我慢できない…!包丁はどこよ包丁はあー!こいつの中心切り取ってやるぁあー!!」
「ヒッ…!はっはばばっ早まるなソフィア!」
「包丁は台所の下の戸棚よ!あたしの分も持ってきてちょうだい!」
「えええええええ!!」

数分後、意識を失う一歩手前のザップの脳裏を過ったのは、同じ職場の無表情なセーラー服の少女だった。
そして夕方現在、彼は入院常連の中央病院の多床室の窓際ベッドにて頭部以外のほとんど全身に包帯を巻かれ満身創痍の身だ。
そうなった経緯は勿論、元愛人二人にリンチを受けたからである。因みに身体の真ん中は無事である。
女ってつくづく理不尽な生き物だなあとザップは溜め息を吐いてベッドと共に上体だけ起こし、ぼーっと中庭を眺める。
外ではそこそこに植物が植えられていて入院患者やナースや家族と一緒に平和そうに散歩している。
ジッポライターをいじりながら口寂しさを紛らわせる為に床頭台に置いてある葉巻に手を伸ばそうとすると、カーテンが揺らめいたのに気がついた。
窓からの夕日に照らされて向こう側に小柄な影が浮かぶ。「名字です」と名乗られ「おう入れ」と返事をすると、カーテンが静かに開かれた。

「こんにちは」

無表情なセーラー服の少女は、様々なフルーツが入った籠を手に提げてぺこりとお辞儀をした。
床頭台の上に籠を置き、名前は小さな丸いすに腰掛ける。
彼女が持ってきたフルーツはどれも大きく美味しそうな物ばかりで一目で見舞い用の高い品だと分かった。
じっと見ていると、彼女なりに気を利かせたのか「何かむきましょうか」と訪ねてくる。
特に食欲は無かったのでザップは断ろうとしたが。

「………や、別に…いややっぱテキトーに頼むわ」
「分かりました」

そう言うと名前は一旦退室した。
向こうで水音が聞こえるので手を洗っているのだろう。
彼女はすぐに戻ってくると籠の中から林檎を一つ取り出した。それと一緒に小さな果物ナイフも手に持っていたので、ザップの心臓がどきりと跳ねる。
更に名前が手際よく林檎を剥きながら「ご無事で何よりです」と大真面目に言ってきたのでザップは思わず噴き出した。

「ぶっ…あだだだだ!」
「ナースコール押しましょうか?」
「押さんでいい…!」

頭上を通りすぎナースコールを取ろうとした腕を掴むと、抵抗なく戻った。

「あのなーお前嫌味にも程があんだろ、どうせ番頭か雌犬あたりから理由は聞いてんだろうがそれでその台詞出てくるか!?」
「…確かに、今回のお話はチェインさんからお聞きしました」
「………………」

帰ったらぶち犯すあのクソ犬、とザップは心に決めると、ちらりと名前を見た。
彼女は無表情なまま切り分けた林檎を紙の器の上に盛り付けている。
そんな彼女を見ているとザップの胸中に無性に苛立ちが募る。ザップはじくじくと傷む腹を押さえて居直った。

「…そうだよ修羅場ったんだよワリーか!で、何だ今のか弱い俺に日頃の怨みを晴らそうってか!?」
「そういうわけでは…」
「じゃあ何だはよ言わんかい」
「…あの、さっきの言葉も別に嫌味とかではないんです。ザップさんが入院したと聞いたので単純に心配で、お顔を拝見したら元気そうだったので無事で良かったと思って」
「なっ…」

「…上手く言えなくてすみません」と謝る彼女は、相変わらず無表情だったがどことなくしょんぼりとしているように見えて、ザップは言葉を詰まらせた。
クラウスは別として、もし見舞いに来たのがチェインやスカーフェイスだったら彼女のように心配して来てくれただろうか。だんだんと早鐘を打つ鼓動が煩わしくて仕方がない。
込み上げてきた感情がザップの口を勝手に動かしていた。

「………………………す、」

きだ、を言いかける直前我に返る。
冷や汗をだらだら垂らしながら手で勢いよく口を覆うとばちんと大きな音がして名前が少し身を怯ませる。

「えっと…す、なんですか?」
「………………す…す、すすす…」
「………………」
「………すっ…すりりんごにしろ…」

名前は黒い瞳を少し丸くすると「分かりました」と言って何故か籠の中からスーパーの袋を取り出すと、「実はそう言われるかもと思っておろし金も持ってきたんです」と若干得意気に微笑んで話す。
心底どうでもいい、と思いながらも彼女のその微笑みにどうしようもなくときめいた自分がいたのは事実だった。

「どうぞ、すりりんごです」
「おう…」

すりおろされた赤い実は胃に染みるようで、その甘酸っぱさにザップは少し口をゆがめて完食した。

・リクエスト内容「告白一歩手前の話」
クズからヘタレになりました、すみません。ザップさんの修羅場場面楽しい。

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