世界はそれを何と呼ぶ?


レオナルド・ウォッチが出社すると、扉越しに騒ぎ立てるような声が響いてきた。
だが何を言っているのかは、やや不明瞭である。

「…?」

扉1枚隔てた先で一体何が起きているのか。
どうせまたチェインとザップの言い争いだろうと踏んだレオは扉を開いた。

「ちょえーっ…」

「だぁーかぁーらぁー悪かったっつってんだろ!」
「ですから、大丈夫ですけど」
「悪かったって!!怒ってんじゃねえよ!」
「いえ、怒ってませんけど」

「す……」

そこにいたのは、名前・名字とザップ・レンフロ。
いつもように無表情な名前だが、その右腕にはギプスと包帯が巻かれ、肩から三角巾で吊るしている。どう見ても骨折だ。
一方のザップは苦々しい申し訳なさそうな顔で、唇を尖らせながら名前に怒鳴り気味に謝っている。
レオは取り敢えず近くにいたスティーブンに事情を訊いてみた。

「何すか何かあったんですか?あの2人」
「ああ、ザップのトラブルに名前が巻き込まれたらしくてな。詳しくは知らないがまあ全部ザップが悪いだろ」
「マー十中八九どころか十以上そうでしょうけど…」
「おい!俺に対して散々か!」

とにかく、と言って話を戻したのは名前だった。

「私は大丈夫ですので。」
「だーかーらなァ、いくらてめえが大丈夫っつっても…」
「それならば、名前の腕が完治するまでザップが名前の身の周りの補助をしてはどうかね?」

提案者の方を一斉に皆振り向いた。
メンバーの視線を浴びるクラウスは名案だとでも言いたげな表情だ。ザップは一瞬で顔を赤らめ、狼狽え始めた。

「ハァ!?冗談もいい加減しろよ旦那!!何で俺がこんなちんちくりんの世話なんか!!」
「くッ…ブフッ…そっそれ賛成…!!ベリーナイスよクラっち…!!」
「名案ですミスタクラウス…!!」

ザップを遮って親指を立てて挙手したのはK・Kとチェイン・皇だ。二人は挙手をしていない片方の手で口元を覆いながら、笑いを堪えプルプルと震えていた。
いくらザップとはいえ、彼女らが自分を面白がっていると理解するのは容易かった。

「姐さん!クソメス犬…!」
「ま、女の子にこんな怪我させておいて謝って終わりはひどいだろう」
「ジャパニーズオトシマエってやつっすよ」

更にスティーブン、レオに畳み掛けられ、ザップは「うぐぐ」とうめき声を漏らした。

「そんなことより名前っすよ、ザップさんその辺超雑じゃないすか」

ザップの雑な身辺保護を日頃から身を持って受けているレオは、名前の方を心配そうに振り向く。
名前は無表情のままぶら下がる右腕を見つめ「うーん」と小さく呟いた。

「日常生活にこれと言って支障は出ませんので、大丈夫です。確かにザップさんに手伝って頂けると助かりますけど、お手を煩わせるわせたくないですし、それに…」

ザップさんに手伝って頂けると助かりますーー。
名前にとっては幸か不幸か、ザップにはその言葉しか耳に入っていなかった。
名前にそんな事を言われれば、彼が調子に乗ってしまうのは容易な事だった。言いかけた言葉はどん!と自身の胸を叩いたザップに遮られる

「…このスーパーヘルパーザップ様に任せやがれ!!」
「いつからヘルパー始めたんすか。てか名前何か言いかけてたよね?」
「うん。…あの、ザップさんでも私…」
「うるせえ陰毛!ロリセーラー!」
「あ、出てっちゃった。ほんと話聴かないんだからあの人」
「………………」

こんな経緯で、名前を補助するザップの日々が始まった。
わけであったが。

その日の午後、名前がある組織の調査報告書を作成していると、自己主張甚だしい音を立てて事務所の扉が開いた。
入ってきた人物はずかずかとこちらへ向かっている。名前は報告書を保存してからタブレットの電源を切った。

「おいクソセーラー、ザップ様がメシ買ってきてやったぞ」
「…ありがとうございます」

どういった風の吹き回しだろうか。
いくらでしたかと名前が訊いてもザップは払わんくていいと言って、紙袋の中からハンバーガーを取り出した。
名前の表情が一瞬強張る。彼女の口から反射的に断りの言葉が出ようとしたが、突然レタス、バンズ、ケチャップ、以下略、標準的なハンバーガーの味が口に広がった。
何が起きたのかと名前が口元のハンバーガーからゆっくり辿っていくと、ザップが名前の口に向かってハンバーガーを突っ込んでいたのだった。
彼は微妙に苦々しい表情な上、耳を少し赤くしている。

「………………」
「左手じゃ食いにくいだろ。おら。」
「…ハンバーガーなら特に問題ないと思います」
「…は?…ああ!!?そういやそうじゃねえかてめえ早く言えや!」
「………………」



「何してんすかね、あのSS先輩」
「…哀れすぎて何も言えないわ」
「名前には悪いが面白いから放っておこう」
「今だけアンタの意見に賛成するわ、スカーフェイス」

ライブラメンバーが面白半分で彼らの様子を見守っていると。
衝撃的な言葉がザップの口から飛び出した。

「そういやてめー便所とかは大丈夫なのか?」

ハンバーガーを頬張りながら、

「…え?」

名前の顔が一瞬怪訝そうに歪む。
しかしザップは平気な顔で話を続けた。

「いや何なら手伝ってやるぜ?右手使えねーならどうやってパンツ脱…」

本気もマジ、本気の顔でザップが全てを言い終わるよりも早く、チェイン、K・K、レオが動いた。
瞬く間にザップは頭上から床に向けて踏みつけられ、頬に銃口を突きつけられ、視界をシャッフルされた。

「うおおおおおおおおお!??」
「ザップっち?レディに何てこと訊いてるのかしら?」
「ほんといっぺんマナーとかモラルとか学んできてください」
「死ね、気持ち悪い」

「………………」

名前が三人を止めようにも止められずにいると、スティーブンは彼女の隣に立ってそっと耳打ちした。

「そういえば名前、君は確か両利きじゃなかったかい?ザップの助けなんて元からいらないだろう」
「………まあ、はい。…でも、」

一呼吸置いて、名前はスティーブンを見て微笑んだ。

「ザップさんのお気持ちが嬉しくて、言い出せなかったんです」

普段あまり表情が変わらない彼女からは想像しにくい程のその少女らしい表情に、スティーブンは純粋に驚き、そして一瞬言葉を失った。
スティーブンは迷い慎重に選んだ言葉を名前に投げかける。

「…それ、僕よりザップに言った方が良いんじゃないか?」
「はい。ちゃんと両利きなので支障はないと伝えて謝罪します」

「いやそこじゃなくて」とスティーブンが言う前に、名前はスタスタと早足で満身創痍のザップの傷口に塩を塗り込みに行ってしまった。
「哀れだな、ザップ」とスティーブンは呟いたが、その声は最早誰の耳にも届いていなかった。

・リクエスト内容「献身的で気持ち悪いザップ」
ただの哀れなザップさんになりました…。

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