祝福の日


その店はHLに似つかわしくない暖かい光を灯していた。
店外にも時折漏れる幸せそうな笑い声や賑やかな話し声。
趣のある木製の扉を押し開くと、店内には丸テーブルが何台か配置されており卓上に並べられている料理はどれも芳しい香りを放つ。
店の中央にはグランドピアノが置かれ、そこだけ僅かに床が高くなりちょっとした舞台となっていた。その上では美しい女性ピアニストと、少し甲殻類に似た異界人コントラバス奏者がスローテンポのジャズを奏で、客は音楽、食事、会話を存分に楽しんでいる。
その客の中に少しちぐはぐな格好をした女性達がいた。
ライダースーツに赤いロングコート、右目には眼帯を着けた長身の女性。
そして黒スーツを着たアジア系の女性。誰もが思わず振り返ってしまう程の美貌だが、その顔はどこか冷たい印象を受ける。
もう一人、その二人に挟まれる形で座る少女。こちらも同じくアジア系の顔立ちだが、まだ幼さを残している。黒いセーラー服を着用している彼女は、無表情に、しかし店の誰よりも黙々と食指を進めている。
その3人こそ、ライブラの女性陣K.K、チェイン、名前である。

「名前っち食べるわねー」

K.Kはステーキを口に運び続ける名前に微笑みかける。

「…す、すみません」

名前は少し申し訳なさそうに恥ずかしそうに、小さな声で呟いた。

「いつも思ってたけど、結構大食いだよね」

K.Kと名前の間に座るチェインはそう言うとワインの入ったグラスを傾けた。そんな彼女の傍に並べられたワインボトルの数は既に2桁に到達している。
やがて音楽が終わりを告げ、名前達や客は今宵の演奏家へ拍手を送る。
直後パチン!と音を立てて照明が全て落ちた。何事かと客がどよめいていると、厨房へと続く扉が開く音がして、淡い光が登場した。
苺とクリームでたっぷりと飾り立てられた大きなホールケーキには5本の蝋燭が立てられ炎が揺らめいている。
ケーキを運ぶ異界人のウェイターがあるテーブルで立ち止まった。そこに座っていたのは、1組の家族。小さな女の子が目の前に置かれたホールケーキと両親を交互に見て目を丸くしている。
客達が次々に事態を把握する中、誰しも耳にしたことがある前奏がピアノとコントラバスから奏でられる。ピアニストの美しいソプラノと異界人のバリトン、そして女の子の家族の温かな祝福の歌声が重なる。

「Happy Birthday to you… Happy Birthday to you…」

短い曲が進むに連れ、また1人、2人と声が重なってゆく。名前達も口ずさみながら幸せそうな家族を見守っていた。

「…素敵」

K.Kはその家族に愛する夫と2人の息子の顔を重ね、気付けばそんなことを呟いていた。
ふと左側を見ると、名前が少し寂しそうに瞳を潤ませてその家族に拍手を送っていた。

とっぷりと夜も更け、二人の子供もすっかり寝静まった頃。
子供部屋を後にしたK・Kは、一旦冷蔵庫に寄りウイスキーボトルと氷が入ったグラスを二つ持ってリビングのソファで雑誌を読みながら寛ぐ夫の隣に腰掛けた。その流れで彼の肩にこてんと頭を乗せると、ユキトシは雑誌を閉じそっと彼女の手に自分の手を重ねた。

「今日もお疲れ様」
「…ありがと」

微笑んで、K・Kは二つのグラスにウイスキーを注ぐ。ウイスキーに少しだけ口を付けてグラスを置くとK・Kはユキトシと向き合った。

「ねえ、前に連れてきた名前っち覚えてる?」
「もちろん。とっても良い食べっぷりだったからね。名前ちゃんがどうかしたのかい?」
「…実はね」

K・Kはぽつりぽつりと話し始めた。

「成程ね…名前ちゃんのご両親は?」
「分からないわ。HLでは一人暮らしみたい。…私、職場では本名も出身地も年齢も非公開でしょ。名前っちも似たようなものなのよね。私も、他のメンバーも、あの子のプライベートな事ってあんまり知らないのよ」
「………うん」
「私の勘違いかもしれないし、お節介なのはほんっとほんっとーーーに百も承知なんだけど…何かモヤモヤしちゃうのよね…」

うーんと唸り頭を悩ませる妻を見て、ユキトシはクスッと笑いを洩らした。

「じゃあ、こんなのはどうだい?」
「…?」
「僕らにしか出来ない最高の祝福を名前ちゃんに贈ろう」

翌週、ライブラ事務所。
名前が異界武器密輸組織討伐から帰還すると、K・Kが物凄い勢いでこちらに駆け寄ってきた。ガシッと力強く手を握られ、名前も思わず身構える。

「名前ーーっち!」
「…!?」
「今日もう上がりよね!?急だけど、今から絶対絶対ぜーったいウチに来てほしいんだけど!」

凄まじい剣幕で強引に誘われ、名前はやや萎縮しながらも、K・Kに問う。

「い、いいんですか」
「寧ろ来て欲しいのよ!…てか、このザップっちによく似た褐色のミイラは何なの?」

彼女がビシリと指さす先にはかなりやつれた男性、もといザップ・レンフロが倒れている。
元々細身の彼だが、今回ばかりはガリガリの痩せを通り越していた。名前もやや苦々しい面持ちで彼を見る。

「交際中の女性達とのトラブルと借金の取立てが重なってお金も頼れる所も無くてここ一週間水だけで暮らしていたそうです」

言い終わると、名前は床に臥せったままでは汚いと思い彼をソファへ運んで毛布を掛けた。
ザップのミイラ化の理由はいつも通り彼の自業自得極まりない行いの結果であったためK・Kは特に心配も哀れみも覚えず、取り敢えず「あらカワイソー」とだけ言っておいた。
しかし、もう一度やや生命の危機に瀕していそうな男の姿を見て、仕方ないわねと零した。

「ちょっとザップっちー、餓死するのと今からウチに晩ご飯食べに来るのとどっちにするー?今日クラっち達こっちには戻らないし、いつもの食料配達は明日だから冷蔵庫には何もないし、多分アンタ今夜辺りアジの干物みたくなっちゃうわよー」
「ね、姐さん…後生っ…す…」
「じゃあ不本意だけど、ザップっちも参加ね」

決定はしたものの、カラカラに干からびかけたザップは歩く余力も意識も無いらしく「ザップさん、失礼します」と言われ名前におんぶされる羽目になった。そんなザップを見て、K・Kが爆笑して動画や写真を撮影しまくっている内に目的地であるK・K宅へ到着した。

「あーザップっちってばオモシロスギよねー。この動画と写真皆にも送んなきゃ」

それからK・Kは自宅の扉を開けると名前を見て微笑んだ。

「さ、入って入って」
「お邪魔します」
「じゃ…しゃす…」

K・Kの後に続いて名前と、名前に背負われたザップがリビングに足を踏み入れた、次の瞬間。

「「「「Happy Birthday、名前ー…!!」」」」

パン!!と一斉にクラッカーが鳴り響き、赤や青、金銀、色とりどりの紙吹雪が名前の周りを舞った。
名前は背中に干からびたザップの重みを感じながら、クラッカーの煙たい匂いと共にひらひらと落ちていく色紙の中にただ佇んで、クラッカーを手に持ち微笑むK・Kとその家族を見つめた。
ケインとK・Kに手を引かれた拍子に、背中のザップがずるりと落ちた。しかし今の名前は目の前の状況を飲み込む事すら困難でそんな事まで気が回らない。
テーブルに所狭しと並べられた料理。
そして、このテーブルには乗り切らなかったのだろう、もう一つ別の小さなテーブルの上には、蝋燭が立てられた大きなホールケーキが置かれていた。
そして、チョコレートのプレートに踊る文字。

"Happy Birthday our 名前!."

名前は立て続けに呆気にとられてぽかんとその文字の羅列と、K・K一家を交互に見やる。
一番幼いケインが困ったように嬉しそうに、セーラー服の袖を引っ張った。

「名前おねえちゃんの誕生日の日にち知らないクセにパパもママも今日パーティーする!って言って聞かなかったんだよ」
「あれ?ケインも嬉しそうに準備してただろ?あ、料理はママとパパが作ったんだけど、この輪っかの飾りとかケーキの飾り付けは僕らで作ったんだよ。綺麗でしょ?」

にこにこと無邪気に笑う小さな男の子達につられて、漸く事態を少しずつ理解し始めた。名前の胸がじんわりと熱くなる。
日付の違いは、この際名前にとっては些末な事だった。
この世に生れ落ちた事を、血も繋がっていないK・K達がこんなにも祝福してくれている。
袖をつまむケインの手を握り返し名前はK・Kを見上げた。

「あの…私すごく…、すっごく、嬉しいです。本当に、ありがとうございます…!」

赤らんだ頬に今にも泣きそうな潤んだ目をして、はにかみながらおろおろする名前の顔を、K・Kは両手でそっと包み込んだ。
戸惑う名前を見下ろしてふっと笑うと、名前の目線の高さに合わせて膝を曲げる。

「やっと、子供らしい顔になったわね」
「え…」

「どういう意味ですか」と尋ねる前にK・Kは再びニコッと笑ってパッと手を放してしまう。
家族の方に向き直ると、促すように手を叩いた。

「はいはーい!蝋燭に火つけるわヨ!さっ、名前っちはここに座って!」
「わ、あ、はい」

強引にソファの中央に座らせられる。
ユキトシが台所から火の付いた蝋燭を持って来て、ケーキに立つ蝋燭に点火してゆく。やがて全ての蝋燭に炎が灯ると、K・K一家は名前の前に横一列に並びリビングを消灯する。K・Kの声で始まりの合図がかけられた。

「じゃあ皆、準備はいい?」
「「「はーい!」」」
「せーの、」

「「「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア名前ー…ハッピバースデートゥーユー!」」」」

蝋燭の灯りだけが揺らめくリビングで、名前は目尻に僅かに滲んだ涙を拭うと、胸いっぱいに息を吸い込んで蝋燭を吹き消した。
一瞬の真っ暗闇の後に、4人の温かい拍手が部屋に響く。続いて照明が再び点けられ楽しい食事の時間が幕を開けた。

「ねーママ、さっきから寝転がってるこのミイラみたいな男の人だれ?」
「あ!!ザップっちの事すっかり忘れてた!ザップっち起きなさーい!」

リクエスト内容「K・K一家/K・K宅にお呼ばれされ、誕生日を祝われ、珍しく年相応・もしくは子供みたいな反応をする夢主」
K・K様、素敵なリクエストありがとうございました!

≪ | ≫

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -