クズと葛餅とセーラー服


目を覚ましたツェッド・オブライエンは水槽の中にいた。
まだ見慣れない新しい自分の住居を見渡し、のびをしてから衣服を手に取る。タートルネックの襟は鰓の部分だけくり抜かれており、水槽から出る直前にツェッドはそこにエアギルスを宛がった。
自らの住居―大型の水槽が置いてある部屋から出てオフィスへ向かう。
そこにはデスクでパソコンに向かっているリーダーやその執事、コーヒー片手に新聞を読む男の姿は無かったので、恐らく任務か出勤前だろう、とツェッドは判断した。
ストライプ柄のチェアに背筋を伸ばして腰掛け、特に意味もなく視線をぐるりと室内を一周させる。一人でいる朝のオフィスにツェッドは心なしか寂しさを感じたが、一分足らずでその空間は終わりを告げた。
荒々しく扉が開かれ、一人の男に続いて紙袋を抱えた少女が室内に入ってくる。

「おーっす。…何だ誰もいねぇのか?」
「ツェッドさんがいますよ…ツェッドさん、おはようございます」
「おはようございます」
「おうおうおう兄弟子様への挨拶はナシかあ?」
「………おはようございます。僕の存在を認知していなかったくせにその口振りは何ですか。それに貴方のことは兄弟子とは思ってませんけど」

ツェッドと視線で火花を散らす男は、ザップ・レンフロ。ツェッドと同門で斗流血法カグツチの使い手であり、関係上は“兄弟子”である。
しかし兄弟子の数々の愚行、卑劣な言葉遣い、初対面での失礼な態度を目の当たりにしたツェッドはザップを兄弟子と認めていなかった。
むしろ斗流の唯一無二最大の汚点とも思っていた。
やはりとも言うべきか、ツェッドの返しに下品なスラングで喚き出したザップをツェッドは相手にしなかった。やがてザップ・レンフロはふんぞり返るようにソファへ座る。少女の方、名前・名字は紙袋をテーブルに置いてから腰掛けた。

「ツェッドさんは朝ご飯まだですか?」
「あ、はい」
「そこのデリでベーグルサンド買ったんです、一緒に食べましょう」
「…いいんですか」

差し出された二つのベーグルサンドはまだ温かい。
挟まれた新鮮な野菜や芳ばしいソース、スモークチキンやハムの香りがツェッドの食欲を刺激する。

「いただきます。…あ、お代……」
「そんなのいいですよ。ジュース、アップルとオレンジのどちらにされますか?」
「すみませんありがとうございます………じゃあ、アップルを」
「はい」

すると、名前の隣に座っていたザップがそわそわし始めた。

「…俺の分はねえのか」
「………ありますよ」

名前は僅かに眉をひそめながらザップの分のパニーニを二つ取り出した。
この時名前は見ていなかったが、ザップは嬉しそうに顔を綻ばせ、嫌がる彼女の首に腕を回す。
この人分かりやすいなあ、とツェッドはベーグルサンドの包装紙を丁寧にはがしながら二人の様子を見つめる。
向かいに座る名前はザップの手を退けると紙袋から二つ包装紙に包まれた大きなパンを取り出す。
紙を剥がすと中からホットサンドが顔を出し、名前は無表情ながらも美味しそうにそれにかじりつく。

「でけえパンだな、太んぞ」
「私はザップさんと違ってケンタッジーチキンをバケット山盛り食べたりしませんのでそれは無いと思います」
「…てめえ…!いつまでも根に持ってんじゃねえよロリセーラー!」
「別に持ってません………ツェッドさん?」

ツェッドは声をかけられてハッと我に返った。

「どうかされましたか?」
「…あ、すみません。その、」

珍しくツェッドの歯切れが悪い。
名前は急かさず、ゆっくり答えを待った。

「こんな風に賑やかな朝食を摂るのは始めてで…こういうのも、悪くないなと思っていたんです」

すると名前は僅かに目を丸くしてから優しく微笑んで、珍しくザップも何も言わずに葉巻を灰皿に押し付けていた。

「よろしかったらランチも行きませんか?」
「是非お願いします」
「はァ?俺は絶ッッ対行かねーからな!!」
「名前さんは別に貴方を誘ってませんよ…」
「おおヤンのか葛餅オウコラ受けて立つぜ」
「…ザップさん、葉巻の火がパニーニに移ってますよ」
「あ!?俺の朝飯!」

その時ちょうど晴れ間が差して、オフィスに陽光が入り込んだ。
彼女の瞳にその光が差し込んでキラキラとハイライトが映り、隣でパニーニの火を払っているザップの銀髪も陽光を柔らかく反射していた。その光が、ツェッドには何故だかとても眩しく感じ、目を細めると「あに見てんだよくず切り!」とザップが睨み付けてくる。
しかし気持ちは不思議と穏やかで温かく、彼に言い返そうとは思わなかった。
やはりこんな風に騒がしいのも悪くない、とツェッドは再び、口いっぱいにベーグルサンドを頬張った。

・リクエスト内容「斗流コンビと夢主」
どちらかというとツェッドさんメインになってしまいました…すみません。

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