エマージェンシー、心拍急上昇


珍しい事もあるもので、その日ザップは朝から事務所へ出勤した。
「はよーっす」と挨拶をするものの室内はがらんとしていて、自分が一番乗りかと彼は辺りを見渡す。やはり人影は見当たらない。
人心地つくかとザップがソファに向かい腰を下ろそうとすると臀部の真下辺りから「そのまま座ったらぶっ殺す…」とおどろおどろしい声が聞こえて、ザップは顔をぎょっとさせた。
慌てて起立の姿勢に立ち直ると、ソファには毛布にくるまるようにしてしかめっ面の名前が寝ていたのだ。
彼女は眉間にシワを寄せたまま起き上がると、溜め息を吐いてソファに座り直した。その目の下は酷いくまで縁取られている。

「どうしたんだよ名前」
「…連夜パトロンとの会食セッティングからの二徹…お家帰りたい…」

同い年の女性が悲壮な顔で膝を抱える姿を見て「ウワーこれやべえやつだ朝からめんどくせえ」とザップは内心ドン引きしつつ、彼女の隣に腰掛けた。

「どぉーせザップは愛人達とやることやってたまたま目が醒めて一番乗りしたんでしょぉぉばぁか」
「おいお前さりげなく馬鹿っつったな、それぶち犯しコースだぞ」
「うるっせえ黙れええ…うおお腹減った…」

冗談のつもりで振り上げたであろう拳は、途中でへなへなと力を失って触れるようにザップの肩に置かれた。

「………………」

名前は普段派手すぎない上品な化粧をきめて、高そうなスーツを着てバリバリ真面目に働く絵に描いたようなキャリアウーマンである。
非戦闘員だが事務仕事関連においてクラウスやスティーブンからの信頼は絶大で、そんな彼女がここまで弱るのはある意味珍しいなとザップはじろじろと名前のやつれた顔を眺め幾ばくは思案するとおもむろに立ち上がった。

「うし、名前!」
「お?」
「サボるぞ、来い!」
「…は」

思わず名前が聞き返した時には、ザップに手を引かれた事務所の扉を押し開いた後だった。
棒のような足を若干もつれさせながら彼のランブレッタまで連れていかれ、ヘルメットを渡される。
彼の後ろに股がり道路に出た辺りで、名前はようやくザップの肩を叩いた。

「…いやいやいやいや待て待て待て私まだ仕事残ってる!」
「うわ仕事中毒かよ。なー名前」
「人の話聴けよ!何だよ!」
「美味い朝メシ食って公園でちょっと寝て、そしたら戻ったらいいだろ。たまには気ー抜けよ」
「え」

振り向いて、ザップは笑った。
名前は呆然とその能天気な笑顔を見つめると、自らもふっと笑みを洩らす。

「…ザップにしては良い案!」
「うお!?」

名前は笑い、ザップの腰に勢いよく腕を回した。
突然の大胆な行動にザップは一瞬息を詰まらせる。同時に変に胸が高鳴ったのは気のせいだと、彼は自分に強く言い聞かせた。

「…運転中だぞふざけんなクソアマ!」
「私パンの美味しいお店が良い」
「あ?ゲロ丼?任せとけ」
「言ってないし!」

やがて道は下り坂に差し掛かった。
意図せずとも加速していくランブレッタに、ザップはほんの少しブレーキを握りしめる。
朝、賑わい始めた霧の街をスクーターに乗った二人は緩やかに走り抜けた。

・リクエスト内容「ザップが抱きつかれる」
ザップさんが何だかとても爽やかな人になってしまった…。

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