寒いの寒いの飛んでいけ!


昨夜の時点ではその兆候は全く無かった。
ぶるりと寒気がしてレオナルド・ウォッチは起床した。安っぽい路地裏部屋だけどそれにしてもやけに寒すぎると冷たいフローリングを爪先で移動して窓を開ける。
開けた先に広がっていたのは一面の銀世界。
容赦なく流れ込んできた冷気にTシャツ姿の己の腕に鳥肌が立ち、レオは慌てて窓を閉めた。

「いやマジで何が起きるか分かんないっすね、この街。寝て起きたら雪積もってるなんて」
「おー、まさか積もるとはな」

事務所への道のりで、隣を歩くザップ・レンフロもマフラーに顔をうずめて同意した。
普段はレオの肩の上にいるソニックも、今日ばかりは寒さを凌ぐためにレオの襟の中にいる。
二人の歩く歩道のすぐ隣をポリスーツが運転する大型除雪車が走り抜ける。交通機関には甚大な被害を及ぼしているとニュースやラジオや新聞は大騒ぎだが一晩にしてHLを襲った異常気象は街の住民達を大いに盛り上がらせていた。
積雪が霧に潜む僅かな陽光を反射しているからなのか、心なしか街はいつもより明るく、異界人も人類もどこか浮かれている。
いつもの世界滅亡瀬戸際の事件が紙面を飾るよりは幾分平和だと、レオはかじかんだ手に吐息をかける。

「…おいレオナルド・ペンギン」
「何すかそれ、皇帝ペンギン的なノリですか」
「ぷっ…だってその格好どう見たってペンギンだろうがよお前!フィッシュフライでも食べますかペンペンくん?」

指摘されたのはレオの服装だった。
いつものスウェットの下にインナーをこれでもかと着込んで着膨れたレオの格好はまさにペンギンのようで、ザップは腹を抱えて笑う。

「仕方無いじゃないすかコートもマフラーも虫食いで全滅だったし…つかあんたほんと腹立つ!いっぺん素っ裸にひんむかれて凍死すれば!?こんなあったかそうなマフラー巻きやがっ…て………」

ザップの首もとに巻かれているマフラーを見て、レオは次第に言葉を失っていった。
赤いチェック柄のそれはどう見ても女性向けの物で、ふわりと香水が匂う。
レオを見下ろすザップはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている。

「陰毛ペンギンには何光年先になるかわかんねえ事象だもんなあ、女からマフラー貸してもらったりとかなあ?」
「光年は距離だとか色々言いたいけどとりあえず腹立つ。つか、マフラーくらい自分で買えよ!」
「おうおうペンギンの遠吠えかあ?」
「ぐおおお百回くらい修羅場ったらいいのに!この人!」

口喧嘩を続けながら二人は事務所の扉を開ける。
空調完備の室内から流れ込んできたのは、外とほとんど変わらない寒気。
壁で風は無い分少しマシになっているが、室内だというのに相当寒い。ザップとレオは思わず「寒ッ!」と声を揃えた。

「よう二人とも。タイミング悪く空調が壊れたみたいでなあ」

そう言ったのは上質そうなコートとマフラーを身につけホットコーヒーを飲むスティーブンだ。
奥のデスクに座るクラウスもコートを着込み温かい紅茶を飲みながら今日もプロスフェアーに勤しんでいる。

「マジっすかどんなタイミングすかそれ」
「まあーたベタなタイミングだなオィぶっ!?」

突然ザップの頭ががくんと下がってレオは驚いたが、何て事無い、チェインが頭の上に乗っているだけだった。
彼女も今日は寒いのかダークグレーのトレンチコートを着ている。

「まあまあ、そう言うなって銀猿」
「てめえは俺の肉体上にいねえと喋れねえのか!?」
「気持ち悪い事言わないで、わざと乗ってるだけに決まってるでしょう」

その言葉を最後に溶けるように消えてしまったチェインに、ザップは憤慨しながらソファへどっかりと座る。向かいには、名前が書類をいくつかのファイルに分けて整理をしている。
顔を上げると、彼女は小さく頭を下げる。

「ザップさん、おはようございます。レオ、おはよう」
「………………」
「………………」

暫し、二人は挨拶を返せなかった。
目の前で黙々と仕事を続ける彼女は、いつも通りセーラー服だ。ただし、他のメンバーとは違い防寒具は何一つ着ておらずスカートもいつも通りの短い丈で靴下もこれまたいつもの黒いハイソックス。
レオはちらりと彼女の太ももへ視線を動かす。
別に血色は悪くはないが、しかしこの寒さと皆の服装の中では名前の格好は異質というか寒そうにしか見えなかった。

「おいおいロリセーラー、何だそのぺらいセーラー服は。ンな貧相な体で気張ってんじゃねえよてめえの色気無え足なんざ供給しても需要とバランスとれてねえだろうが」

ザップが気遣いの欠片も無い言葉をかけると、名前は自分のセーラー服を見下ろして首を傾げる。

「…別にいつもと同じ物ですけど…」
「だからーおめえは寒くなくてもそんなもんしか着てねえと見てるこっちが寒いんだっての。………しっ仕方ねえから俺のマフラー貸してやるぜ?」

ザップはそう言うといそいそとマフラーを首からほどき始めた。
その顔は若干嬉しそうに見えなくもない。しかし、名前は。

「あっ私代謝良いので結構です。お気遣いありがとうございます」

有り得ない理由で丁重にザップの申し出を断ったのだ。

「………タイシャ?」
「はい。多分血法の副作用だと思うんですけど、私寒さに強いんです」
「………???」
「………ま、まあ名前だってこんな香水臭いマフラー嫌だよねしかも他人のだし……ザップさん流石にデリカシー無さすぎっすよ」
「?…いや本当なんだけど…触ってみる?」

名前は書類を置いてレオに向かって右手を伸ばす。
呆然自失状態のザップは無視してレオがその手を握ると、確かに彼女の手はカイロのように温かい。

「うわ、ぬく!ほんとに代謝良いんだ!」
「………………タイシャ………」
「ミシェーラもさ、冷え症が嫌だっていつも言ってんだよ」
「あー、もこもこの靴下履いたりしてた?」
「してたしてた!もう綿みたいなの履いてたよ」
「………………」

突然ザップが立ち上がった。
机から回り込んで名前の横に立ったかと思えば、スッと両手を差し出した。
何をする気だとレオを始めスティーブンやチェイン、K・Kが見守っていると、彼はいきなり名前の顔を掌で挟み込んだ。
頬が顔の真ん中へ向かって寄り、名前はザップの意味不明な行動に眉をひそめる。

「………ざ、ザップさん?」
「………………」
「………………」
「……………………何だこれぬっく!!!気持ち悪ィ!!」
「えっ………………あ、ありがとうございます…?」
「どんだけ体温高えんだよ、エッこれオカシーだろ!」

ザップはむにむにむにむにと高速で名前の頬を揉み続ける。
名前は戸惑いつつも、されるがままに大人しくしていると突然身体を引っ張られザップの手が外れた。

「いやーん名前っちあったかーい!」
「人間カイロ…!!」
「ウキッ」
「そんなにかい?名前、ちょっと握手してくれないか」
「名前…その、私も構わないかね?」
「あ、ど、どうぞ」

チェイン、K・K、ソニックに抱き着かれ、両手をクラウスとスティーブンに差し出す。
四人と一匹は口々に「温かい」とはしゃぎ、ザップは宙を抱いたまま独り取り残される。
レオはそんな彼を見て可哀想に思いつつ「………まあ、そんな事もありますよ…」と慰めて背を叩く事しかできなかった。

・リクエスト内容「セーラー服番外編」
レオナルド君はきっとわりと寒い地方出身だと思う。

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