名前がライブラへ来て早くも三ヶ月が過ぎた。戦闘の他にも事務仕事等も少し任されるようになり、HLにもそれなりに慣れ始めた頃。
セントラルパーク森林エリア。
名前とザップの前に立ちはだかるのは高さ数十メートルは下らない大木達、ではなく大木の姿をした巨大植物人間達だ。
本来地中にある筈の根の部分は地表で足のように蠢いている。
彼らはヘルサレムズ・ロット緑化運動組織。
略してHLTPCO。
名はただの穏やかな環境保護組織に見えるかもしれないが、実態は違う。
いわゆる“過激派”である。
「我ら植物こそ世界の上等存在!何もせずにのうのうとその恩恵に与る下等存在の動物、人間など以ての外!世界は植物の物である!作り変えるのだ!清浄なる緑の世界へ!イエス!クリーン・グリーン・ワールド!!」
「「「「クリーン・グリーン・ワールド!ォォォ!」」」」
地響きのような咆哮が辺りを震わせる。
しかし二人は顔色一つ変えず、落ち着いていた。
モーションは僅か。
名前は爪、ザップはジッポライターに指を食い込ませる。
「天地流血製術“斬刃巨斧”」
「斗流血法、刃身の壱、焔丸」
彼らの指先から鮮血が噴き出す。
血は重力に逆らって自在に形を変え――…ザップの手には緋色に煌めく鋭くもどこか美しい刀が、名前の手にはそれによく似た刃身の巨大な斧が左右に一丁ずつ握られている。
得物を見た植物人間の枝が二人に襲いかかるも二人の斬撃の前に一瞬で切り刻まれた。
その猛撃に植物人間達が怯んだ隙に枝と幹の隙間を潜り抜け、名前が単身距離をつめる。
斧を振り上げ下ろすこと、一回、二回、三回。
まるでパフォーマンスのように彼らを全て分断し細切れにしてゆく。
しかし植物人間達も負けてはいなかった。切断面から驚異的な再生能力で根を伸ばし身体を繋げようとする。
それを見て彼は葉巻をくわえ、不敵に笑った。
「刃身の弐、空斬糸」
ザップの刀の刀身が歪み崩れその形状を失う。そして刹那、血刃は糸状に変形し植物人間達の断片を一つ残さず絡めとる。
「七獄」
彼が呟くと、血糸は瞬く間に発火し燃え盛る。
業火は一切の情も無く、全てを焼き尽くしていく。
植物人間達の断末魔が煙と共に公園に散布し、やがて消し炭となって崩れ落ちた。
「ヒューッ、やるじゃないの名前っちとザップっちのコンビ!」
火炎放射器と機関銃片手に駆け寄って来たのはK・Kだ。
その言葉にザップは不服そうに唇を尖らせた。
「別にこんなちんちくりんいなくても一人で楽勝でしたよ俺ァ」
「あーハイハイ。名前っち、それもう死んでんの?完全に燃え尽きてチャコールな感じ?」
K・Kが指差すのは炭になった元植物人間の残骸。
名前はしゃがみこみ、目を凝らした。
「…いえ、芽が生えてきてます」
「な!?」
ザップとK・Kも近寄りしゃがみこむと確かに小さな芽がいくつか生えている。
芽と言っても立派に植物人間らしく、ジタバタもがき何やら喚いている。
どうやら「下等存在め!」だの「世界へ緑を!」だの言っているようだ。
「ちょーど良いわ、もうすぐ護送車来るしそっちに引き渡しちゃいましょ。ま、ポリスーツ達にはちょーっと物足りないかもしれないけどね」
K・Kはそう言うと芽を全て引っこ抜き機関銃の銃口を突きつける。
すると叫び狂っていた芽はすっかり大人しくなった。その姿は若干萎れたようにも見える。
K・Kはそれを見て高らかに笑いながら続々とやって来たパトカーや護送車、ポリスーツ達の所へ行ってしまった。
そこには既に別のエリアで植物人間と戦っていたクラウスとスティーブンもいる。
よく見るとスティーブンがこちらに向かって手を招いていたので、二人は小走りにそちらへ向かった。
「二人ともご苦労だった」
クラウスから労いの言葉を貰い、名前は「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。
対してザップは耳をほじりながら「どーも」と短く済ませた。
「事後処理担当の奴等はもう来てるし、後は俺とクラウスでやっとくから昼飯でも行ってくると良い」
「あ、でも…」
「うおー俺もう腹ペコすわ」
「良いから良いから。もうそんなにする事無いから大丈夫だよ。見ろザップを。躊躇無くもう公園を出ようとしてる」
「………………」
名前は申し訳なく思いながら「すみません、ありがとうございます」と二人に頭を下げて公園を後にした。
ピンと伸びた背筋でスタスタとゲートへと歩いていく名前を見送るなか、クラウスがふと呟く。
「名前はとても良い子だ。彼女が来てくれたおかげでライブラの戦力は一層心強くなった。…だが、いつも気を張りつめているように見えるのは私だけだろうか」
「………………」
返答は、無い。
隣を見るとスティーブンは考え込むように腕を組み、名前が歩いていった方向を見つめていた。
「…スティーブン?」
クラウスが話しかけるとスティーブンは肩を跳ねさせた。
「ごめんクラウス、少しボーッとしてた。ええっと何だって?」
「…疲れているのかね?少し休んだ方が…」
「あー大丈夫大丈夫、そういうんじゃ無いから」
スティーブンは苦笑して、再び先程の方向を見つめた。
クラウスは首を傾げるも、パトカーから降りてきた警官達に呼ばれたのでそちらへ向かいその場にはスティーブン一人になった。
クラウスが離れていったのを確認すると、スティーブンは一人ごちる。
「俺もアイツはよくやってると思うよ。…色んな意味でな」
それだけ言うと、スティーブンはすぐに警官に囲まれるクラウスのもとへ向かった。
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