セーラー服と秘密結社 | ナノ

ダイナーで珈琲を 1/3   

ずっと浅い眠りと覚醒を行ったり来たりしている。
波に揺られるような心地良いその感覚に身を委ねていると、遠くから自分を呼ぶ声がする。

重い瞼をやっとの思いで開くと、満面の笑みでこちらを見つめる一人の女性がいた。
向かい合うように名前と女性はテーブルに座っている。
ここはレストランだろうか。広い空間にはテーブル席がいくつもあり、自分の席以外にも人がたくさん座っていた。
しかし何故か誰一人として話し声も聞こえないが、名前は特にそれを気に留めなかった。
違和感すら抱かなかったのだ。

『やーっと起きた。ご飯食べながらうとうとするなんてよっぽど疲れてたのね』

クスクスと笑いながら彼女は名前の額を指で軽くつついた。

『…あ、ごめん』
『ほらほら、料理冷めちゃうわよ』

卓上には彩り豊かな料理が所狭しと並べられている。
見た目だけでも充分その美味しさが伝わってくるが何故か食欲が湧かないので名前は手をつけずに外と隣接したガラスを見やった。

ビルやネオンの灯りが宝石のように散りばめられ風景を彩っている。
どこかで見たことがある、と名前の頭にそんな思いが過った。

同時に、途方もない不安を感じた。
このままここにいてはいけない。理由は分からないが、そんな気がする。
名前は立ち上がり女性の手をとった。

『何かここ、怖い。出よう』
『………………』

手を繋いで一目散に走り出すと、いつの間にか風景は消え辺りは真っ暗闇へと変貌していた。 
名前は女性の手を引いてただ前へ進む。
何処へ向かっているのかは分からない。
しかし進まなければならないと名前はその一心で走り続けていた。

『名前………』
『多分…多分だけどこっち行ってれば大丈夫だから…!もうちょっと頑張って…!』
『名前私…』
『――――ほら!見えた?今一瞬だけど向こうに………』

手が離れた感触は一切無かった。
しかし女性は名前から少し離れた後ろで、目覚めた時と同じようにとびきりの笑顔を見せた。
名前は立ち止まり、女性の方へ向き直る。

『どうして…?』
『名前…』
『………………』

女性は大股で名前に歩み寄り、彼女の小さな身体を抱き締めた。

『今までありがとう。愛してるわ…ずっと、ずっとよ』

再び顔を合わせた女性の口元からは一筋の血が垂れていた。
名前がゆっくりと視線を下にやると、彼女の胸の中心には大きな空洞が空いていた。
驚いて女性の顔を見ようとした瞬間、奇妙な落下感に襲われる。
実際に名前は急降下していた。必死に手を伸ばし女性へ向かって叫ぼうとするが、声にならない。

『――――!――――!!』
『………………』

暗闇に消えて行く女性は、名前の意識が途切れる直前にも、満面の笑みを浮かべていた。

びくり、と身体を震わせて名前が徐々に目を開けると、点けっぱなしのテレビ画面がいつものニュース番組を放送していた。
どうやら寝室に行かず、ソファに座ったまま寝てしまっていたらしい。膝には開いたままのアルバムが置かれていた。
夢の中の彼女と同じだ。
満面の笑みでこちらを見つめている。

「………………」

名前はそっとアルバムを閉じて、クローゼットにしまった。
ついでにハンガーにかけていたセーラー服を取り、着替え始める。

霧に包まれているHLの朝は少し肌寒く、名前は急いでセーラー服に袖を通した。

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