セーラー服と秘密結社 | ナノ

The mysterious town veiled in mist 1/3   

――世界は時に残酷だ。
聖人だろうと悪人だろうとどちらでも無かろうと。
無作為に、ある意味公平な選別で、時に全てを奪い去る。

失った者に突き付けられる選択肢はたった二つ。
“諦める”か“諦めない”か――

これはある少女が出会った、残酷な世界で生きる強く優しい人々との物語。




「えっ」

師であるブリッツ・T・エイブラムスから発せられた言葉に名字名前は思いがけず作業の手を中断した。
今のはもしかすると聞き間違いかもしれない。
念には念をと、もう一度確認をとる。

「ライブラに異動、ですか」
「そうだ」

それは彼女にとって待ち望んだ辞令だった。

三年前、世界有数の大都市紐育はたった一晩で忽然と姿を消した。
其処に一晩で再構築されたのは異界と人界が交わる街、ヘルサレムズ・ロット。
様々な裏の組織や大企業に術者、化け物達が揃い踏みで群雄割拠、覇権闘争を日々繰り返しせめぎ合う。
その街に名前も所属する牙狩りの一構成部署“秘密結社ライブラ”があると、彼女も話に聞いていた。
人類世界の均衡を守るため、暗躍する完全極秘特務組織。組織の全体像は牙狩りでも上層部、そのごくごく僅かしか知り得ない。

「日本支部の玉藻と一緒に上層部に掛け合ってみたんだ。お前ももう十分実力をつけた。即戦力になると言っても過言じゃない。」

にこり、とエイブラムスは笑う。名前は暫し呆然と開口していた。
ライブラへの異動。
突然ではあったが、それは彼女がずっと待ち望んでいたことでもあった。
混乱と喜びで声と手が震えている。

「…感謝します、先生…!」

名前は頭を下げて、拳を握りしめた。
三年かかった。
その歳月は彼女が強くなるにはあまりにも短いとも言えたが、同時に彼女を世界の裏へ足を踏み入れさせ漸く件の場所へ辿り着かせるまでには長過ぎたと言えた。
思えば、今まで地獄が極楽に思える程の荒行に耐え忍びしがみつき努力し続けたのは全てこの為だった。

「飛行機のチケットは来週のをとっておいたからな。ついでだから俺も一緒に行こうと思う」
「…すみません先生」

今一瞬エイブラムスの言葉が引っ掛かった。嫌な予感がしてならない。

「そのチケットは先生が予約されましたか?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「…いえ何もありません」

もしかしたら只の思い過ごしかもしれない。いや、それならどれだけ良いか。
早めに荷物をまとめておけよと言い出張へと発つ彼の背中を、名前は一抹の不安を覚えつつ見送った。

そして出発当日、空港とその近辺は嫌味な程晴れ渡っていた。
いつもなら数十年に一度の竜巻台風ハリケーンが鼻先を掠めたりする。
先日名前が感じた嫌な予感はやはり気のせいだったようだ。ニューアークへの空路もこれなら大丈夫かもしれない。
心配が杞憂だったことに名前は一人安堵しながらエイブラムスと一緒に空港で様々な手続きを済ませてゆく。時間にあまり余裕は無い。
彼の分のスーツケースも携えて機内へいざ向かおうとした時だった。

「何だって!?」
「申し訳ございません!先程連絡がありまして…!」

深々とカウンターの向こうの女性は頭を下げる。
事件は数分前に起こった。
二人が何とか時刻に間に合いゲートを通過しようとした矢先、一本の内線が入ったのだ。
女性の顔がみるみる青ざめ、それが空港内のアナウンスに変わるまでそう時間はかからなかった。
内容は18時30分発ニューアーク国際空港行きは機体に不備を発見したため、急遽欠航するとのことだった。

それはそれは…見つかって良かった。としか言えないな、と名前はこっそりと思った。
きっとその整備士は相当腕が良いに違いない。
もしそんな飛行機に乗れば、奇跡的にニューアークに着陸してもその時の生存者は名前の隣にいる人だけに決まっているからだ。

「今から発つ便にキャンセルされたお客様がいらっしゃいまして、エコノミーに一名様ならご搭乗頂けるのですが…」

受付の女性は怖々とエイブラムスの顔色を窺う。
当の本人はチラチラと名前を見ながらうんうん唸って悩んでいる。
多分自分も行きたくてしょうがないんだろう。
一分たっぷり悩んだ結果、エイブラムスは腹を決めたようで名前の肩を掴んだ。

「…今回は名前だけで行ってこい……!」
「はい」
「そうだ、これを渡さないとな」

彼のコートのポケットからクシャクシャになったメモ用紙が顔を出し、名前の掌に置かれた。紙面には旧アベニュー、ニューグランドストリートのオープンカフェ、パラソル無し道側のテーブル、14時30分と殴り書きされている。

「待ち合わせ時刻と場所だ。まあ分からなかったら標識見れば着く。お前の電話番号を向こうは知ってるから何かあればかけてくるだろう。経緯はこっちで連絡しておく」

分かりました、と返事をするとエイブラムスは少し不安そうに弟子を見下ろした。

「物騒な街だから気をつけろ」
「……」

彼と少女が過ごした時間は僅か半年程度だった。
豪運のエイブラムス。彼女にとって彼は聞きしに勝る悪運の持ち主であり、豪快かつ無茶ぶりであり、吸血鬼対策のプロフェッショナルであり、尊敬する先生であり、少し空気が読めなくていつも弟子の自分が様々な呪いのとばっちりを受けていた。
総括すると彼をとても良い人だと思っている。

「行ってきます、エイブラムス先生」

爽やかな青空に向けて旅客機が轟音と共にエネルギーを放出する。
やがて静かになった頃に窓を覗くと、もう空港は小さくなっていた。

「…最後まで借りてきた猫みたいだったな」

エイブラムスが空の彼方へ消えて行く飛行機を見ながら一人ごちたことを、彼女は知らない。
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