あれはなかった、と今でも思う。


家族だけならまだしも、親しい人……それも、強い憧れを抱いているひとに迷惑をかけてしまった。誰よりも優しくて、誰よりも真面目で、誰よりも強い心を持ったあの人に。


(別に良いではないか、あやつのこと、好きだったのだろう?何を気にするのだ)
(……ラムダ……もとはといえばお前が……!)
(お前が何を怒っているのか、我には理解ができないぞ。我のおかげであやつとの仲が深まったというのに……これでは足りぬと言うのか?全く……人間とは傲慢な生き物だ……)
(……ラムダ……っ!!)


この全ての元凶はずっとこの調子……それでも悔やまずにはいられなかった。ラムダにちゃんと教育をしとくべきだった……と。


(ごめんなさい……ごめんなさい……!!フレンさん……!!本当にごめんなさい……!!)


***


話はフレン・シーフォがエフィネアにやってきたところまで遡る。フレン・シーフォは、ソフィが最初に見つけられた場所である裏山の花畑で、傷だらけになっていたところを偵察中のアスベルによって発見された。命に別状はなかったのだがアスベルはいくあてがないのなら、と領主邸に招き入れたのだ。領主邸で傷を癒している間にフレン本人から聞いた話によるとテルカリュミレースという異世界から彼はここまで魔物の手によって飛ばされてきたというのだ。バカな話だろ、と彼は笑っていたけれど異世界からの訪問者はこれが初めてではない。ソフィの時のように記憶がないわけでもない。さらに彼の本職は騎士だという。アスベルは納得した。彼の風貌はまっすぐと前だけを向いて歩いていく騎士そのものだったからだ。

彼と接していくうちにアスベルはすぐにフレンのことが好きになった。真面目で、正義感がつよく、何事も諦めない……その騎士さながらの性格が、アスベルの心を強く惹いたのだ。フレンもそんな素直なアスベルに惹かれ、たった数日で長年の友のような関係になった。



だけれどアスベルの好きはあくまでも憧れの範疇を出なかった。ラムダはそれが不思議で仕方がなかった。たった数日を過ごしただけの人間をどうして好きになれるのか。勿論ラムダにも好意を抱く人間と、そうでない人間はいた。でも、好きという感情がどういうものか、ラムダにはまだわからなかったのだ。だけれどラムダには確信があった。暫くアスベルの中で、アスベルを取り巻く関係を見てきたラムダには、好きというものが恋慕をさすものに違いないと勝手に決めつけていたのだ。ラムダはまだ知らなかった。好きにも色々な種類があるということが。


***


フレンがこの世界にきてアスベルとの生活を過ごしてから何週間かたった頃だった。ラムダがいきなり一つの質問を投げかけてきた。


(お前はあやつが好きなのか)
(……あやつ?誰のことだ?)
(…ほら……最近お前と一緒にいる……あの金髪の……)
(……あぁ、フレンさんのことか。うん、好きだよ)

憧れとして


(そうかそうか。ならば我が何とかしてやろう)


何を?と思ったころには後の祭り。アスベルの意識はラムダと入れ替わり、アスベルは無理やりラムダによって眠らされてしまった。これがフレンとの関係を変える切欠となると、このときのアスベルにはわかるよしもなかったわけであるが。



***

(…あれ……俺、なにして……)
長いことラムダと入れ替わり、気づいたら裏山の花畑にいて、さらにはフレンさんも目の前にいた。花の仄かな香りに包まれながら、フレンさんの表情は僅かに赤く染まっていた。何がおこったのか分からずに、目を泳がせてうろたえていたら彼の比較的白い両手が俺の頬をそっと包んだ。ここまでフレンさんの顔を見つめたことあったかな、なんて何となく考えていたら彼の宝石みたいな蒼い瞳がゆっくりと近づいてきて……って、え?どうして近づいてくるんだ?


「アスベル、僕も君のことが、」
「…え……フレンさっ……んっ……」


そしてそのまま蒼の瞳の王子さまみたいな彼は、それはもう王子さま顔負けなほど優しく、紳士的に…だけれど少し強引に唇を奪ったのだった。……なのに俺はといえば……


「……って、アスベル!?だ、大丈夫かい!!」
「……ふ、ふえ……」


あまりの急展開についていけずそのまま気絶してしまったのだった。




***



それからと言うもの、フレンさんと晴れて恋人関係になったのであるが…………


(……とにかく、良かったではないか。所謂世間でいうところのりょうおもいというやつになったのであろう?何を悲しむ必要がある)
(ラムダ……!!お前……!!)
(何故怒る。ここは我を誉めるところではないのか?)
(……っ!)



違う。違うのだ。いや、ラムダのせいなのは確かなのであるけれど、もうそれに怒っているんではなくてーーーーフレンさんのことは憧れとしての好きだったんだ。尊敬とか、先輩としての、好き。それは本当だったはずなんだ。ソフィとか、ヒューバートとか、家族の好きとは違う。シェリアや、リチャードみたいな友達としての好きとも少し違う。教官や、パスカルみたいな年上に対する好きとも、どこか違う。じゃあ、どこが違うのか。わからない。



(……何が違うんだ?)



ラムダのせいでフレンさんと付き合うことになって、事情を説明して断らなきゃいけないはずなのにーーーーなぜか身体が動かない。心臓がバクバク鳴って、呼吸が止まってしまいそう。フレンさんのことを考えると幸せでどうにかなってしまいそうだった。どうしよう。どうしよう。尊敬だったはずなのに。憧れだったはずなのに!!



「……アスベル!!」


「フレ……ンさ……っ」


いつの間にか泣いていた俺をフレンさんは優しく抱き締めてくれた。言わなきゃと思う度に、心のどこかで嫌だと思ってしまう自分がいて、そんな自分が堪らなく嫌だった。フレンさんは俺が話し出すまで優しく抱き締めてくれていて、そのぬくもりに俺は漸く話し出すことができた。


「フレンさん。俺、いまからフレンさんに酷いこと言います」
「うん」
「俺はフレンさんのことが好きでした。大好きでした。それは勿論今もで変わりません。俺はフレンさんのことが大好きです。……でもこの好きは……この好きは憧れとか、尊敬としての好きだったんです。恋愛感情とか、そんなの、全く無いって思ってたんです」
「うん」
「……フレンさんと付き合うことになった時も、俺じゃなくてラムダっていう……なんて説明したら良いのか分からないけど……とにかく俺じゃなかったんです……そのラムダっていうやつのお節介で付き合うことになって……」
「うん」
「だから……だから……フレンさんに……フレンさんに俺のこと、ふってもらわなきゃいけないんで、す」
「うん」
「でも……俺、おかしいんです」
「……」
「フレンさんに……ふってもらわなきゃいけないのに、間違いだったのに、尊敬や憧れとしての好きだったのに……なのに、俺……俺……」
「……うん」
「フレ、ンさん」



たくさんの気持ちがあふれでてきてもうわけが分からない。自分が何を言って、何をしようとしているのか……だけど、この胸の痛みだけは分かってしまう。あぁ、違ったんだ。俺がフレンさんに感じてた感情は、尊敬や、ましてや憧れなんかじゃなかったんだ。これじゃあ、俺、馬鹿みたいだな、なんて。少し笑ってフレンさんの両頬を包む。デジャヴだ。フレンさんの空のように綺麗な蒼の瞳が自分の瞳とかち合って、俺は吸い込まれるように彼の唇に自分のそれをそっと合わせた。


「アスベル……?」
「……フレンさん、俺……フレンさんのことが、好き……です……好き、なんです……!!きっと誰よりも好きで……だから、だから俺……フレンさんと……」



別れたく、ないです



その言葉が発せられる前にフレンさんは俺の唇を強引に奪って遮ってしまった。好き、大好き。そんなちっぽけで些細な言葉すら彼が発すればこんなにも自分の心を熱くしてくれる。……ど、どきどきしすぎて爆発してしまいそうだ!!沸騰しそうな頭を何とか堪えて自分が今彼に何を一番伝えたいのかを探す。自分が今まで口に出したことのないその言葉、今なら言える。だって彼のことを誰より一番好きだから!!



「……フレン、さん」
「……ん?」
「愛して……ま、す」
「……僕も、愛してるよアスベル」






甘くとろけるその言葉はまるで


愛言葉





(……で、何故我は怒られたのだ?)
(……ラムダはとりあえず俺と勉強しような)


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