「はは、ははは!」



何もないはずの、地下通路にポツンと設置されていた部屋の中に一人の男のさも楽し気な笑い声が響く。愉快で、心地好く、まるで遊技場にでもいるかのような、そんな声。それでもひっそりと、たしかな憎悪を孕んだその声に臆して町の人びとは誰もその場に近づこうとはしない。近づいてはいけない、近づいたら殺されると、この一週間の間に町の人の間で噂が飛び交ったのだ。一週間。たった一週間前からそんな笑い声が響いて……町のひとびとを恐怖させ、怯えさせた。最初の頃は笑い声にまじって、その男のではない野太い男の怒声や、獸のような泣き声も混じっていた。だけれど一週間経った今では……最初にしていた男たちの声は、もう一切聞こえない。ただ一人、加害者を除いては。



***



ユーリ・ローウェルは発している笑い声とは真逆に、酷く不愉快な気分であった。


一週間も同じことを繰り返していればそれもそのはず。最初のころは男たちに少しでも酷く痛みが伝わるようにと、泣き叫ぶ彼等を尻目に彼の愛用の剣で男たちの皮膚を切り刻んだ。ユーリはこの一週間水も食糧も彼等には与えず、ただただ拷問のような行為を行うだけだ。そのたびに男たちに流れ出る血。増えるアザ。折れる骨……眼前に広がるのはそんな汚らわしい男たちの身体中から流れ出た血液しかなく、鼻腔を擽るのは未だに残る独特の精液の匂い。この場所に来るたびにユーリはひどく気分が悪くなる。暗い地下の小さな部屋のなかにむさ苦しい野郎がいち……に……五人。ユーリを激昂させるには十分すぎるほどの状況。ユーリは不快感を露にして一番近くにいた男を思いきり蹴り付けた。ぐしゃりと嫌な音がしたけれど、男は抵抗らしい抵抗はしない。殴られた男本人は、元の顔がどうだったのかも分からないほどにグチャグチャで、床に転がっている他の男たちも同様に同じ見た目をしていた。一般人がこの状況を見たならば、もしかしたら卒倒してしまうかもしれないほどの有り様を作った張本人であるユーリは、ただただ男達を殴り、蹴り、踏みつけるという行為を繰り返す。男たちはそれを素直に受け止める。否。もはや抵抗する力も残されてはいないのだ。ただただ無抵抗に、ユーリの暴力を受け止めて血を流すことしかしない相手に向かってユーリは蔑んだ目色で男たちに言った。最高の侮蔑を含んで。



「お前らみたいなやつらが、あいつに触れるなんて烏滸がましいにもほどがあったんだ」



傍らにあった剣を相手の皮膚に突き立てる。皮膚が破れる。ばしゃ。水のような……血液の飛び散る音。悲鳴は、ない。あぁ、喉笛を先に切っておいて良かった。こいつらの気持ち悪い悲鳴なんて、耳に入れたくもない。俺の耳にいれていい音は、あいつの優しい柔らかい呼び声だけで……


「……ひ、ぎ…ゆる、し゛……」
「……へー……まだ喋れたのかよ……胸糞わりぃ……」
「ゆ、ゆる、ゆるじ……で、くた゛ざ……おで、…が……」
「……は?」
「……お、おお、おて゛……がじま……だ、゛たずけて゛……」
「………お前」



ユーリは懇願してきた男に向かって笑顔を作る。男はその笑顔で自分は助かるのだと確信したのだろうか、そのグチャグチャグチャに成り果てた顔で無理矢理に笑顔を作った。ユーリがゆっくりと口を開く。男にとってはそれが自分の人生を救う希望の一声になるはず、だった。さうならなくてはいけなかった。いけなかったのに。


ユーリからの一声は、男の予想とはかけ離れているものだった。




「死んどけ」




ユーリがそう言った途端男はすべてを理解することはできなかった。だけれど自分の左胸に彼の持っていた剣が突き刺さっていたのが見えて……そこで息絶えた。

ユーリは床に転がる五体の亡骸には少しも興味も示さず、ただただ一人の愛しいひとのことを考えていた。

一週間。

お前らからすればたった一週間。

アスベルからすれば死にたくなるような一週間。


お前らがアスベルにやったことと同じことをしてやった。それだけのことだ。お前らがアスベルにしたことを、「死」をもって償ってもらった……ただそれだけ。

ーーーーだけれどアスベルの痛みはこんなものじゃなかった。嫌だと言っても。止めろと言っても。どんなに抵抗しても……止めてもらえなかった。押さえつけられて、こんな窓もない地下室に入れられて、散々に傷つけられて、痛め付けられて、犯し続けられて。ふざけるな。あいつがどんな気持ちだったか、どんなに苦しかったか、お前らに分かるか。無理矢理、しかも知らないやつらに、こんなこと……あり得ない。ちらりと壁に目をやれば血の赤色と一緒にこびりついた、白。一瞬でアスベルがどんな目にあったのかが理解できてしまって、無理矢理に目を反らした。汚されてしまったのだ。純真無垢なあの青年が、こんな……こんなやつらに……!!!



「………ちくしょう!」



こんなことしても意味はない。分かっている。分かっているのに。人を守ることに固執した青年は、他人のことを考えすぎて、自分を守るすべを忘れてしまった。それなのに青年はすべてを許すのだ。世界から愛される赤茶色の髪の青年は全てを許し、赦す。自分が何をされても、何をやられても……たとえ殺されたって許してしまうのだろう。それならば俺のやることはただ一つ。アスベルが全てを赦すというのなら……俺が全てを赦さない。お前の苦しみは、全て俺が引き受ける。血に濡れた剣を片手に俺は誰に言うのでもなく誓った。




(お前が他人を守るというのなら……俺がお前を守ってやる。お前の痛みは……俺の痛みだ)



ユーリは自分のではない血で真っ赤に染まった右手を握りしめ、 決意を新たに歩みを進めた。



……後五人



彼は確かにそう呟いて、暗闇の中へと静かに消えていったのだったーーーー


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -