「ヒューバート、俺、俺な……」


姉さんは幸せそうな顔で、僕に、


***



姉さんは小さなころから誰からにでも愛される素晴らしい人でした。


少し意地っ張りで、それでいて頑固で、乱暴なところだってあるけれど、困った人を見ると放ってはおけない性格のためか誰からにでも頼りにされ、皆から一目置かれるようなそんな女性。かっこ良いとか、強いとか、女性に対する評価としては確実に間違っているその評価は、町の人達から姉さんへの評価でした。町の人たちは皆姉さんを頼り、敬い、愛し、それでも最後には同じ評価にたどり着くのです。皆が皆、姉を平等に愛し、皆が皆、姉を深く知ろうとしない。僕はそれでいいと思いました。姉さんを深く知っているのは家族だけでいいと、そう思っていたのです。



「女にしておくのが勿体ないな。」



誰かがその言葉を口にしたのと同時に、姉さんの周りをそのような言葉ばかりが飛び交いました。それはもちろん父さんや母さん、シェリア、フレデリックのような姉さんをよく知るもの達ではなく、姉さんをよくも知らない町の男性達からです。町の男たちは皆、姉さんを男みたいだなと茶化しては笑い、姉さんをからかうことを楽しんでいました。だけれど、それはただ単に姉さんに構ってほしいだけの言葉にすぎません。そのような類いの言葉を口にすれば、決まって姉さんはその幼さの残る整った顔を、眉毛を少し下げ困った顔をしながら、やめろよと呟いてその人に優しく笑いかけるのです。姉さんはとても優しい人でした。からかわれている本人である姉さん自身が、町の人たちからの茶化しを笑い、楽しそうな素振りをしていたのですから。


そんな当たり障りのない平凡な毎日にも暗い影はありました。姉さんが部屋で静かに泣いていたのです。僕は、姉さんの家族であり、弟であるこの僕は、町の人たちは勿論、父さんや母さんも知らない姉さんを知っていました。姉さんは強くてかっこいい。確かにその通りです。でも姉さんは男じゃありません。女なのです。姉さんは毎日毎日飽きることなく言われ続ける男達の言葉に傷付いていきました。女性が男性に(しかも複数の!!)男みたいだと言われて、何も思わないわけがないのです。
そんな姉さんにとっては辛い毎日が繰り返される中、ある日姉さんは僕に言いました。


なぁ、ヒューバート。俺は、「俺」のままじゃダメなのかな。
「俺」のままじゃ、誰からも相手にされないのかな。


その頃の僕は既に姉さんのことを姉弟の垣根を越えて愛していました。好きで、大好きで、愛して、愛されたいとまで思ってしまうほどに姉さんのことを愛していたのです。だからこそ、僕は自分の本心のままに、姉さんは姉さんだよ、何も変わる必要なんてないんだよ、って、そう伝えたんです。そしたら姉さん、お前もあいつと同じこと言うんだなっ、てーーーーあいつって誰。なんて、聞けませんでした。その時の姉さんの表情を、ぼくは見たことがなかったんです。頬を少し赤らめて、大きな瞳を少し下に俯かせて佇む……なんて姉さんの幸せそうな顔!!僕以外が姉さんにそんな顔させてるんだって思ったら、僕は本当に腹が立ちました。姉さんは僕の姉さんなのに!!姉さんは僕「だけ」の姉さんなのに!
だけれど僕は弱虫で臆病者だから、遂に姉さんに「あいつ」を訊ねることは……出来ませんでした。



(……それでも)



ーーーでも今思えばあの時ちゃんと問い詰めれば良かったんです。そうすれば、今とは違う未来も、あったかもしれない。少なくとも貴女はまだ僕の方を見ていてくれたかもしれない。そんな後悔ばかりが浮かんでは消えて浮かんでは消えて……近くで、祝福を祝う鐘が鳴った。



(……でもなにもかも遅いんだ。もう、遅い。)



遠くで姉さんは笑っていた。いつもの白とは違う純白のドレスを着て、美しく笑っていた。優しい優しい笑顔。美しい姉さん。綺麗な姉さん。僕だけの姉さん。でも隣にいるのは僕じゃない、姉さんとはまるで反対の、黒い、男。


(……ねえさん)


姉さん、姉さん。我慢しなくて、良いんですよ。嫌なんでしょう。そんなやつと婚約なんて。姉さん。姉さん。そんな演技しなくて良いんですよ。姉さんの笑顔が勿体ないだけです。姉さん。姉さん。やめろ。姉さん。お前なんかが姉さんに触れる資格なんてないんだ。人殺しのくせに。人殺し。姉さんに選ばれたなんて、思い上がるな。その汚れた手で姉さんに触るなよ。姉さん。姉、さん。僕の、僕だけの、姉さん。


……ああ、どうして貴女は




「……ユーリっ!!」




そんな人殺しを選んだんですか




(……ヒューバート!俺、今とっても幸せだよ!)

(だってな、だって、みんな一緒なんだ。ソフィも、シェリアも、リチャードも!教官やパスカルだっているんだよ)

(フレン隊長もいるし……ユーリ、だって……でもな、彼らより、誰よりも一番俺を幸せにしてくれた人が、実は近くにいるんだ)

(その人はな、生まれた時からずっと傍にいて、一緒に遊んで、一緒に怒られて、一緒に笑って……少しの間会えなかった時もあったけど、その人がいたから俺、ここまで来れたんだよ……)

(……実はな、その人は今、俺の目の前にいるんだ)



(ヒューバート……俺を幸せにしてくれてありがとう……お前はずっと俺の大切な……)



「……弟、ですか」



僕が弟じゃなかったら、貴女は僕を選んでくれましたか。あの人殺しじゃなくて、僕を、僕自身を、選んでくれましたか。



なんて




「……ははっ、ほんと馬鹿みたいだ」




愚か者の恋




(さよならぼくだけのねえさん)


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