朝起きると、部屋にやけに甘ったるい香りが充満していて顔を顰めざるを得なかった。もともと甘いものはすきだが甘い匂いに混じって少し焦げた匂いが見え隠れしている。どうしてこんなにもなんとも言えない匂いがするのだろうか……まだ朝は早いのに。疑問に思った。一階に続く階段を降りればその原因も分かるだろうと予測を立てればその判断は正しかったようで。キッチンの中からは叫び声が聞こえる。さてさて、どんな惨状が出来上がっているのか……恐る恐るドアを開けば想像通りの人物がそこにはいた。沢山の失敗したと思われるケーキ……という名の物体Xの山の中に。
「……アスベル、何してんだ……」
「……ユーリ……」
見るからにしょぼくれているアスベルを物体Xの中から救出し、キッチンの外に追い出すことに成功すると俺を見るなりアスベルはさらに落ち込んでしまった。え、なにその反応、俺なんかした?
「しょぼくれてる理由……の前にこの惨状の理由を知りたいんだが」
「……ユーリは料理が上手だから」
答えにまるでなっていない返答を何とか頭の中で噛み砕く。アスベルは未だに落ち込んでいて、何故か頬が赤かった。もう一度周りを見渡せばケーキ……はケーキなのだがチョコレートケーキを作りたかったのであろうチョコムースが散乱していて……俺は納得した。
「無理して手料理しなくても買ったのにしろよ、怪我すんだろ」
「ユーリからのチョコは、毎年手作りで、俺からは毎年買ったのなんて嫌だったんだ……たまには、手作りにしないと……手作りにしないと…………」
「そんなこと俺が気にすると思ってんのか」
「……ユーリはそう言ってくれると思ってた……ほんとはなシェリアが……、」
「……ん?」
「……シェリアが料理の一つもできないなんて、飽きられるって……」
「は……」
ついに本格的に泣き出してしまったアスベルの言葉に俺は不覚にもきゅんときてしまった。誰だこいつにこんな殺し文句を教えたやつは。天然はこれだから末恐ろしい。
「とりあえず片付けんぞ」
「……え、でも、まだケーキ……」
「1人でやったらこの惨状の繰り返しだ」
「う、うぅ」
「俺が教えてやるから」
「え…え、」
「俺が指示するから、お前が作れ」
「あ、あの」
「ほら、やるぞ」
「……わ、わかった!」
まったく……手間のかかる坊ちゃんだ。料理のりの字もしたことがないくせに。片付けにすら手こずってる姿を見て俺は笑った。この様子では、ケーキなんて何時間かかることやら。甘やかされて育ってきたことが丸分かりだ。それに付き合ってしまう俺も随分甘い。
「……まぁ、役得、かな」
そうだよな、バレンタインデーぐらい飛びっきり甘くしないと駄目だよな。
俺はアスベルの頬についていたチョコを舐めとって、にやりと笑った。
砂糖と塩、間違ってますよ