アイスクリームの魂(土方と沖田)
太陽が、じりじりと、焦げ付くような光を投げつけている。
「アイスクリームは」
隣にいる奴が唐突にそうつぶやいた。この童顔の男がわけのわからんことを言い出すのはいつものことだったので俺はとくに相槌を打つこともなくぼうと空を見上げる。見上げた先の空は青く晴れ上がり、白く飛ぶ雲の動きもゆるやかで、まさに夏も盛りといったところだ。座り込んだ錆びたベンチはぎしぎしと音を立てている。しゃくり、と噛んだゴリゴリ君が下から溶けて落ちた。
「アイスクリームは、溶けたらどうなるんでしょうねえ」
男は、少年のような顔で溶けて落ちたアイスの残骸を見ている。
「アイスクリームは甘いでしょう。てーことは、コイツは水だけで出来てるわけじゃあねえってことだ。水はいつかジョーハツしちまうとして、じゃあ、残りはどうなっちまうんでしょうねえ」
「しるか」
「ねえ、土方さん。しってますか」
「なにをだ」
「魂の重さってえのは、たったの21gらしいですぜ」
「それがどうした」
「俺がいつかここからきえるとして、そのとき俺のからだはきっと燃やされちまうんでしょう。まあ、きちんとした葬式なんぞを出して貰えるかどうかはわかりゃしませんが、なんにせよ残らないでしょう。でもね、土方さん、俺は思うんでさァ」
アイスの残骸を見ていた瞳がいつのまにかじっと俺の瞳を見詰めている。
赤い瞳のなかに俺の黒い瞳がうつりこんでいた。
「おれがきえるとき、俺の21gはきえずに残るんじゃないかってね」
むっと湿気を含んだ暑い風が俺たちのからだを通り過ぎてゆく。目の前の総悟の金の髪がさらりと揺れた。
「総悟」
「そのときは土方さん、あんたが俺を貰って下さいねィ」
あんたがしてきたことは、そんくらいじゃあきえやしないと思いますけど、そう言い置いて男はふいと顔をそむけ立ち上がる。みしり、とベンチが軋んだ音を立てた。
「さあ土方さん、なにをぼやっとしてんでい。さっさと立って行きますぜい。今は巡回の時間でしょうが。副長がそんな調子じゃ真選組がなめられても仕様がありませんぜ。とりあえず、そのアイスはあんたの奢りっつーことで」
「うおい!なんでだァ!!」
フッと無表情のような笑顔を見せて男は背を向けた。
溶けて土に落ちたアイスには蟻がたかっている。
魂の重さは21g。
上等じゃねえか。それくらい抱えられねえで副長がつとまるかってんだ。
てめえの魂は決してだれにも食わせやしない。
闇の降り出した公園の中、俺の足元で、ひときわ大きな黒い蟻が、アイスの塊をかついで、今まさに、歩き出そうとしている。俺は、男にしてはやけにたよりなく細い、その背に向かって見えぬように笑んでみせ、ゆっくりと力強く、地面に足を踏み出した。
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