輪が廻る(戦国BASARA)


※伊達→佐助→幸村
※現世転生パロ/死にネタ含みます




久しく見ていなかった夢を見た。子犬のように輝く瞳、ひらひらと舞う紅。あれは戦場か何かだろうか。人がたくさん倒れていく。彼が走るそのうしろだけに道ができて、俺はそこに夢を見る。それはどんな夢だったんだろう。思い出せない。ああ、いやだ。俺の視界から、紅い背中を遮るように蒼が。月。それは俺に似た。
ああ、もうすぐ日が沈む。


***


「佐助!」
お館様から頼まれた仕事を終えて庭に降りた俺にかけられたのは聞きなれた愛しいかすれた声だった。またお館様とど突き合いでもしていたんだろうか。城の修理費もばかにならないんだからいい加減やめろって毎度言ってんのに。お館様も懲りないなあ。それだけこの子が可愛いってことなんだろうけどさ。思わずもれたため息は嬉しい音色をしていた。そんな自分に苦笑しながら声の聞こえたほうを振り返る。
「ただいまー旦那!おみやげあるよ」
「! だんごか?!だんごかさすけ?!!」
「そうだよー…ってコラコラ、んな焦らなくても俺様食わねーしちゃんと旦那の分はあるって」
「うむ」
みやげに夢中になっていた瞳が上げられて、よく帰ったな、佐助、と労いの言葉がかけられた。うん、とうなずきながら、大人になっちゃってまあ、なんてしみじみしてしまって、なぜだか涙なんか出そうになっちゃってほんと、俺様が育てたわけでもないのになあ。なんだろうね、歳のせいかなあ?なんて自分をごまかしながら、みやげを旦那に手渡して烏たちを呼ぶ。一仕事終えたとはいえ、まだまだ俺様の仕事は山積みだ。そのくせ主人たちがしょっちゅう城をぶち壊すせいで俺たちの給料は一向に上がらない。ほんと、割りに合わない仕事だ。それでも辞める気が起こらないのは、きっとこれ以外できることがないからだけじゃあない。
ピュイピュイと口笛で呼んだ烏たちにこれからすることを伝えていると、それをじっと見詰めていた旦那が「…佐助」と急に少し低めの声でつぶやいた。「ん?」と思わず振り返ってしまってしまった、と思った。旦那が俺相手にこういう声を出すときは必ずちょっとよくないことを思いついてしまったときだ。まためんどくさいことやらされる、と少し、いやかなり警戒しながら「なに?」となんでもないように聞いてみる。
「その烏たちはいつも佐助が仕事のときに使っているものたちだよな」
「うん、そうだよ」
「佐助もそのものたちに乗って飛んだりしているよな」
「…うん、まあね」
「某も乗りたい」
…出た。

「やだなーもう旦那、旦那が乗れるわけないでしょー」
「なぜだ!佐助が大丈夫なら某だって大丈夫なはずだ!」
「何その根拠のない自信」
「根拠ならある!」
「なによ」
「佐助より某のほうが軽い!」
「殴るよ」
「…むう。なぜだ。なぜダメなんだ。理由を聞かせて貰えんことには、この真田弦二郎幸村、けっして納得などせんぞ」
「簡単なことだよ、旦那。俺様、忍。旦那は侍。鍛えてるとこがちがうの。旦那が簡単にこいつらで飛べたら俺様、いる意味なくなっちゃうじゃん」
「…くうう。某も忍だったら」
「イヤイヤ旦那、旦那は確実に向いてないって」
アンタ絶対忍べないもん。そう言うと、旦那はそうか…とめずらしく落ち込んだ様子を見せて、政宗殿がどうしているか見に行きたかったのだがな…とつぶやいた。独眼竜かよ!と俺様は内心かなり嫌な気持ちになったが、まあこのまんまほっといたら諦めてくれそうだなと思い、「残念だったねー独眼竜に会えなくて」と適当に慰めておくことにした。
「まあ、独眼竜だったら旦那がわざわざ会いに行ってやらなくてもそのうちめんどくさいぐらい大群ひきつれてうち会いに来てくれるって。なにしろアイツ旦那のこと大好きなん…」だから、と言いかけたそのとき、「そうだ!!」と旦那が大声を出した。声だけで俺様の髪が反対方向へ向かってなびくぐらいの勢いだった。
「文を書けばよいのだ!!!」
「ふみ???」
「文だ!どうすれば政宗殿が今何をしているかをしれるかとずっとずっと考えていたが、文を書けばよいのだ。某が直接渡したいところだが佐助が烏に乗せてくれないのだから仕方がない。佐助」
「ちょ…ちょっと待って、旦那、まさか」
「うむ。文を持ってちょっくら奥州まで行って来てくれ」
「旦那『ちょっくら』とか言わない!!!」
「政宗殿によろしく頼むぞ」
「旦那ァ!!!!」


というわけで旦那が書いた文(書き終わるまでに3日くらいかかった)持って奥州来てみたのはいいものの、…やっぱ奥州筆頭の棲み家、警備も相当のモンだよね。まあ倒しちゃったけどさ…ごめんね、しばらくそこでおねんねしててね。あとであの右目にどんだけ怒られるんだかしらないけどさ、ま、そこは俺様が相手だったのが運の尽きってヤツかな。で、どこが龍の旦那の部屋なの?全ッ然わかんないんだけど…おんなじような部屋ばっかだし…もっときらびやかにしとくとかなんかしろよ。わかりにくいだろうが。あーイライラする。なんで俺様が龍の旦那のことで悩まなきゃなんないの…あーヤダヤダもうころしてやりたい。なんつってー。…はあ。……あ、

「みっけ」
枕元に降り立つとその瞬間がば、と音が聞こえそうな勢いでその男は起き上がりこちらを睨みつけて刀を抜いた。
「おーこわ。…安心しなよ。べつに寝首かきに来たわけじゃないからさ。まあ?あんな油断して眠ってたら寝首かかれてもしょーがないけどねえ…隙だらけだったよ、旦那」
「…ハッ…武田の忍かよ。しょーもねぇ…何しに来た」
「しょーもねえとは言ってくれるじゃない?べつに何しにもどうもこうもないよ。ウチの旦那からの頼まれごとしに来ただけ」
「真田の…?頼まれごと?ってなんだ」
「あーあーもう焦んないでよ…えーっとちょっと待ってねー…あ、あったあった。ハイ、これ。ウチの旦那からの文。渡してって頼まれたの。そんだけだから。ホラ」
「……文?真田が?」
「あーもう!何も毒とか仕込んでないよ!ウチの旦那がそんなことすると思う?俺様だってねえ、あんたのことは嫌いだけど旦那の書いた文に毒仕込んだりなんかしねーから、ホラ、いいから受け取んなって、そうしてくんないと俺様おうち帰れないんだわ。ホラ、早く!!」
「…おう」
「受け取ったね?よし、じゃあ俺様、任務完了―っと。んじゃ帰るわ。あ、ウチの旦那が龍の旦那によろしくって。じゃ、」
「ちょっと待て」
「は?」
「これはいわゆる…その…LoveLetterだろ?」
「らぶ…?いや、よくわかんないけど俺帰るからね」
「だからちょっと待てっつってんだろ。これがLoveLetterなら返事を書かねえとなあ…受け取っておいてほったらかしってのはCoolじゃないぜ。おい忍。おまえちょっとそこで待ってろ。今真田幸村にWrite to Letterするからよ。できたらそれ持って帰れ」
「はあ?!俺様にあんたの面倒まで見ろっての?!やだよ、帰るよ俺、返事はそっちの忍に頼みなよ。いるでしょ、あんたンとこにも忍の一人や二人」
「てめーが持って行きゃあ速いだろうが。真田だって返事は早く欲しいんじゃねえのか?」
「う…そりゃーそうかもしれないけどさ、俺だって暇じゃな、」
「じゃあ話は早いだろ。とにかくてめーはそこで待ってろ」
…俺様伝書鳩じゃないんだよ、とつぶやいたが男はもうまるで俺様なんて目に入ってないかのように文机に向かいなんだか見たことのないような形の、たぶん異国のものであろう筆記用具を出していた。きゅぽ、と音がする。
「…めずらしーね、それ。どこの?」
「あー?あー…ああ」
聞いてねえし。どいつもこいつも人使い荒いよなァ、とつぶやいてみたけれど、この部屋の主は聞く耳持たずっていうか俺の存在を気に留めてすらいないし、ウチの主は基本的に人の話が聞けないタイプの人間なので俺様の発する言葉なんかにそもそも意味ができたことなんてないのだった。ていうか俺様のまわり言葉の通じない人間ばっかりじゃね?なんで皆まともに会話しないのよ。皆まず言葉より先に手ェ出てるし。皆もっとちゃんと会話しようよ。なんのためにこうして言葉があると思って…じゃなくて。今はそんなことよりなにより、
「…暇なんですけど」
「……あ?」
通じた。
「暇。暇です。スッゴイ暇。ねーやっぱ俺帰って、」
「ダメだ」
「…ですよねー」
「つーかてめー忍のくせにうっせーんだよ。んな暇なら寝てろ」
「え?いいの?実際のとこメチャメチャ眠いんだけどさ…えっ何、起こしてくれる感じ?」
「起こしてくれる感じだ、いいから寝ろ、うぜーな」
人使う気マンマンのくせにうぜーとはよく言ったもんだと思うけど寝さしてくれるならありがたい。寝てる間に殺される、なんてことは俺様に限ってありえないし(べつに自信過剰なわけでもないけど)、向こうがいいと言うなら寝ちゃおう。最近任務でほとんど睡眠とれてないんだ。体力バカの主たちのせいでまじで過労死しそう。
「んじゃ、お言葉に甘えてー。おやすみなさーい」
「おう」


ふと気配を感じて目を覚ました。あけた瞳に映ったのは顔の半分を眼帯で覆われた荒削りながら端正な顔立ちだった。こんな近くまで人が寄ってきてるのに気づかないなんて俺様にしてはめずらしい失態だ。よっぽど疲れが溜まっていたらしい。この男にしてはめずらしく、いつも振り撒いている殺意が感じられなかったからかもしれない。そんなことをうすぼんやりした頭で考えながら「…終わった?」と聞くと、男は「ああ」と言いながらしかし、書き終えた文を出すこともなく、俺様の顔を眺めていた。
「…何、俺様の顔になんかついてる?」
まだすこし夢うつつのままの気分で聞いてみると、答えはないまま男の顔がしずかに近づいてきてくちびるが触れた。荒れたくちびるが俺様のくちびるをやわらかく食んで、離れていく。さすがに慌てて起き上がって「あっれ、旦那ってそっちもいける口だったっけ?」なんてふざけたフリで聞いてやると、「ハッ警戒してんじゃねえよ忍ごときが」と鼻で笑われた。
尖った犬歯が覗いてウチの旦那とは違う類の獰猛さがちらりと垣間見える。
「…俺様は仕事以外ではそういうのはナシって決めてんの。終わったんならさっさと文よこしなよ」
「つれねーこと言うなよ。どうせもうそろそろ日が暮れる。アンタにとっちゃあ移動どきかもしれねーが、今持ってったって真田のとこに届く頃にゃあもう真夜中だ。俺と楽しいことでもしようぜ」
「…あんた、こういうときホンットにおやじくさいよね……ほんとに俺様より年下なの?」
「うるせーな、ごちゃごちゃ言わずに付き合えよ忍」
はあ、とためいきを吐きながら見上げると相手の瞳がぎらぎらと光っているのが見えた。ああ、そうだこの瞳だ。この瞳がいつもウチの旦那を奪っていく。彼の心をさらっていく。こんな暴力男のどこがそんなにいいのかなんて俺にはきっと一生わからないんだろう。ただ彼に仕える限り俺とこの男との繋がりもきっとなくなることはなくて、そして今俺は、ただそれがとても悔しいってだけだ。
「…せっかく付き合ってあげるんだから、楽しませてよね」
「誰にモノ言ってんだ、ああ?」
当たり前だろ、と猛禽の笑みを見せて男は俺の腕を引き衣服の中にその節の立った指を差し入れた。俺はそれを見て微笑み瞳を閉じる。叶うことなら、彼が惹かれるこの男のよさってヤツが、俺様にもわかるようにと願いながら。


***


伊達軍と戦になったのは果たしていつごろだったろう。いや、何故だったろう。真田の旦那が書く文を懐にときおり奥州を訪ねること、それは俺様の休日の(休日と呼べるのかどうかはわからないが)習慣になっており、俺はそのたびあの男と体を触り合い微笑みあった。そこにあるのは愛なんてあたたかなものではなく、ウチの旦那がいなければけっして成立しない関係で、けれど俺もあの男もそれを当たり前のように受け入れていた。いつか刃を交えることになることなんて理解しきっていたのに。


あの日、そうあの日だ。
あの日俺様と旦那は別の軍の先鋒に奇襲をかける予定だった。気づかれぬよう森の中を歩いていたときだ、奇襲をかけようとするこちらを、伊達が狙っていると情報が入った。伊達の狙いは旦那だ、俺様は旦那に先に行くように言った。「しかし、」と止めようとした旦那に「大丈夫、すぐ戻ってくるよ。それよりちゃんと任務遂行するのが先でしょ?」と笑いかけて背中で手を振った、あれが最後になるなんて思いもせずに。いつのまに俺様はこんなにも甘っちょろく蕩けてしまっていたんだろう。けれど信じていたんだ、この戦が終わったらまた同じようになんでもなく旦那と縁側でだんごが食べられる日が来ると。今までどおりの日々が待っていると。だって旦那は、その為に戦っているんだから。すべての人の生活が変わらないように、すばらしい毎日が待っているように。そして俺様はその場を後にした。旦那を置いて、独眼竜のいるであろう麓へ。

「Hey,久しぶりじゃねえか武田の忍。真田はどこだ」
「教えるわけないでしょーがそんなの」
「ハッまあそうだな。だがてめーが出てきたってことはこの先に真田幸村がいるってことだ。YouSee?」
しまった。だが気にしてる暇なんてない。俺はとにかくこの男をできるかぎり食い止めないと。できれば旦那がこの男がすぐには追いつけないところへ行くまで。
どれくらい時間が経ったんだろう。俺様は水際に倒れていた。あちこちが痛い。いや、冷たくてもうあんまり感覚もないけど。ぼやける視界の中で真っ赤な血が水の中を泳いでいくのが見えた。旦那。そうだ旦那だ。真っ赤な彼を思い出す。彼の腕が奮う二本の槍を。紅く燃え上がる炎を。
「…旦那、」
「まだ生きてんのか」
大嫌いな声が聞こえる、彼を奪うあの声が聞こえる、いやだ、彼が、奪われる。
「……行かせるか」
男の思ったよりも細い足首を掴む。わかってる、こんなの時間稼ぎにもならない。
だけど。
「…てめえも大概あきらめが悪ィなあ」
「………」
「アイツは俺の獲物だ」
誰にも渡さねえ。そう言った男はあの笑みを見せた。瞳がぎらぎらと輝く。きっとその瞳には彼の姿が映っている。
「…いやだ…」
男の瞳が俺を見る。ぐい、と引きずりあげられるのを感じた。そのまま放り投げられる。起き上がろうとすると、ばしゃばしゃと音を上げながら男がこちらへ歩いてくるのが見えた。きらりと刃が光を反射して瞬き、ざくりと俺の体に突き刺さる。
「じゃあな」
もうピクリとも動いてくれない体に言葉が投げかけられる。音がまだ生きている鼓膜を伝わって俺の脳髄に響く。
「…だんな、…いやだ………」
言葉にしたつもりの音は声にならなくて、ただヒウヒウと風のようにくちびるから漏れて流れた。俺を殺した刀を振って、ざくざくと足音が去っていく。暗い中に光る三日月に見下ろされて、俺は紅く燃える太陽を想い、瞳を閉じた。


***


「佐助!」
変わらぬ愛しい少しかすれた声が俺を呼ぶ。玄関のドアーを乱暴に開ける音がする。
「おかえりー、旦那。…って、どしたのそれ、びしょぬれじゃん!」
「うむ」
「いやいや『うむ』じゃないって!あーあーもう!そのまま家上がんないで!!」
「それより佐助!」
「いやだからそれよりじゃなくて、…あ」
独眼竜。
その声は自然に漏れた。当たり前だ。何百回、何万回と夢に見た男が、そこに、何事もなかったかのように、いや、何事もなく、ただごくごく自然に、立っていた。
「伊達政宗殿だ!」
旦那の声が遠く聞こえる。
「…はじめまして。邪魔しまーす」
片側を眼帯で隠した荒削りな顔の中で、鋭く形の良い吊り上った瞳が、こちらを見詰め、薄いくちびるがすうと笑みを形作るように動き、ちいさくささやくのが聞こえた。




(…やっと、会えた)




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