笑う死体(リゾット×プロシュート)
プロシュートの死体は線路脇に放り出されるようにして、まるで悪意のある誰かにばらばらにされた人形のように、そこらじゅうにまっかな血液をぶちまけて転がっていた。生きていたとき、あれほど美しかった四肢は今はもう見る影もなく壊されていて、一種退廃的ですらあった。その姿を見ながらオレは自分の中に湧き上がる何とも言えぬ感情にどう名をつけたらいいか悩んでいた。それははじめての感情であったし、これから先もきっと覚えることはないであろう代物だった。不意に昔、今は壊れてしまったプロシュートと交わした何気ない言葉を思い出した。「はじめて人を殺したとき」の話だ。オレから切り出したその話題はただ沈黙を破るためだけの他愛のないものだったが今でもそのときの空気の温度まで思い出せる。
「はじめて人を殺したときのことを覚えているか」
そう問うたオレにプロシュートはベッドに寝ころんだまま眉だけを器用に上げて見せた。
「しらねえオヤジだ。襲われそうになって引きはがそうとそいつの手を掴んだら見る間に老いて気づいたら死んでた。おまえは?」
「従妹の仇だ。震えが止まらなかった」
「ハッ、だせえな」
そう言って笑ったプロシュートはひどく酷薄そうな笑みを浮かべた。「幼かったんだ」と意味もなく弁解してみる。プロシュートは喉の奥を鳴らしてくっくっと笑い、「今のおまえからは想像もつかねえ」と言った。
「眉ひとつ動かさずに標的を血塗れにしてぶっ殺す我らがリーダーがよ」
「オレにだって若かった頃くらいあるんだぞ」
「テメーが殺しに感情を挟んだりした時期があったことが信じらんねえ」
「最初のうちは殺すたびに泣いたぞ」
「まじかよ!それは笑える話だな!」
「そのうちなんとも思わなくなったがな」
「生きるための殺しに一々感傷的になってりゃ世話ねえよ。ひとりで餓死でもしとけって話だ」
「そうだな」
そう言ったプロシュートがゆるりと腕を回してきたので目の前にある赤い唇にキスをするとそこがひどく熱くて、ああ今この男は生きているのだとひどくしみじみとしたのを覚えている。
その場にしゃがんで目を閉じたままの傷が入ってもなお綺麗な顔に触れる。唇を触ってみる。そこは生きていたときに彼が持っていた熱がすっかりなくなっていてただただ冷たく、彼がただのモノになってしまったことを感じさせた。今まで数えきれないほどの人間を殺してきた。一人、二人と数えることもしないほど淡々と。けれど今、オレはおまえを殺してしまってこんなにも苦しい。おまえはそんなオレの言葉を聞いたら笑うだろうか。「テメーらしくねえな」とその血の色をした唇で言うだろうか。もう二度と言葉を発することのないその唇に触れながらしばらく祈ってみたがやはり神は残酷で、プロシュートが目覚めることも笑うことも話すこともなかった。オレは鼻の奥がツンと泣きそうに痛くなるのを堪えて立ち上がり死体に背を向けた。死体がすこし笑った気がした。
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