あるありふれた1日の1コマ




※リプくれた人のイメージで小説を書く
※くらたんへ




青い空が視界いっぱいに広がっている。晴天だ。彼女は目を眇めてそれを見上げ、いつもどおりに干した洗濯物を取り込んだ。125階の部屋は太陽に近いので彼女はベランダに出るときは眼鏡を外し度入りのサングラスをかける。彼女はフリーターで、お世辞にもお金持ちとは言えないので肌に悪いとされる階数の高い部屋しか借りることはできなかった。昔は上のほうの階というのはVIPが愛用する値段もとんでもない部屋だったという。今では考えられない話だ。ただ、彼女はこの部屋をそこそこ気に入っていた。昼間は太陽が近すぎるとはいえ、夜になると月がとても大きく近くに感じられるのだ。これだけは貧乏人の特権というやつである。お偉いさんは太陽の当たらない地面に張り付いたような家の地下室で月のうつくしさをしらぬまま一生を終えるがよい。角形ピンチにぶら下がった最後の靴下を右手を器用に動かして取りながら彼女はそんなことをぼんやりとおもい、スリッパを脱いで部屋に戻った。日の光が強いので昼間電気をつけることは避けている彼女の部屋は奥に進むに従って薄暗くなる。サングラス越しだと一層暗く見える部屋を一瞥し、彼女は洗濯物を放り出してサングラスを外し、普段かけている眼鏡をかけた。視界が明るくなる。いろんなものが適当に置いてある部屋を見回してそろそろ掃除しなきゃいけないなあとおもう。インドへ旅行へ行ったときつい勢いで買ってしまった象のでかい置物が部屋の隅でほこりを被っている。彼女は指をすいと動かした。そのまま手を上にやってぐるぐると回す。頭上に集まってきた部屋中のほこりを見てすこし顔を顰め、ゴミ箱へ向かってシュートする。「ナイッシュー」ひとりごちるように呟いて、彼女は洗濯をたたむ作業に入る。手ばかり動かしていると痛くなるので今度は足の指をぐるぐる回してみる。洗濯物は綺麗に四角くたたまれては横へすいっと動いていった。彼女がその作業を無心でやっているとインターフォンが鳴った。125階の部屋までわざわざ訪ねてくるような人間はひとりしかしらない。洗濯を椅子の上に置いて立ち上がり彼女は玄関へ向かった。予想通り、見慣れた顔がそこにはあって、その口は「やあ」と動いて笑みを形作った。すらりと背ばかり伸びたような男は細い目をさらに細くして「また来てしまったよ」と言う。
「何の用よ」
「君に会いたくて」
「失せろ」
「ひどいなあ」
「ダサい服着やがって」
「服は関係ないだろう」
「黄緑ってなによ。目に痛ェーんだよ」
「君こそ眼鏡似合わないんだからやめろって言っただろう。治してやろうか」
「いらない」
「なんで。不便だろ」
「この不便さが気に入ってんの。なんでもかんでもできちゃうのはつまんないのよ」
「君は昔から妙に懐古主義だな」
「人間らしいと言って」
「だから僕の恋路も実らない」
「ラクして人の心手に入れようとしてんじゃないわよ。せめておしゃれして来なさい」
「一張羅なんだけどなあ」
「じゃあセンスから磨き直すことね。君に一番大事なのはそれだわ」
「センスはあるつもりだよ」
「どのへんに」
「ここに」
そう言って男は彼女を抱きしめた。「だからセンスねーっつうのよ」そう呟いた彼女の顔は男の胸に埋まってしまっていて見えない。ただ彼女が月に近い場所に住み続けているのは、この妙ちくりんな男が時折こうして訪ねてくるからだということ、この男となら月のうつくしさを共有してもいいとおもっていることは、彼女しかしらない秘密だ。






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