スニーカーでダンスを


※リプライくれた人をイメージして小説書く
※なおくん





目の前にはフリルやレースのついた色とりどりのドレスがひろがっている。どうせこれを着て舞踏会に出て踊れというのだろう。この屋敷で働くメイドがこちらを見てニコニコと笑っている。もしもわたしが彼女だったなら、舞踏会で突然に貴族のお坊ちゃんが見初めてくれて「踊ってくれませんか?」なんて展開を空想して楽しんだりもしただろう。けれど実際の舞踏会にそんなロマンスはない。わたしはもう飽き飽きしているのだ。この生活にも、婚約者探しにも。贅沢だなんて言われたってしらない。この人生はわたしの人生であるはずだ。そうじゃあないのか。わたしは自分のしたいことをしたことというのがない。誰だってそうなんだろうか。とんでもなく高倍率の卵子獲得戦争に勝ち残ってめでたく結ばれ生まれてきたのに?やりたいこともやれずにこのまま婚約者を適当な、そこそこ吊り合う貴族の坊ちゃまの中から選んで跡継ぎを生むんだろうか、お父様の安心のために?わたしはそんなのはいやだ。わたしは昔からカエルを素手で掴んでは怒られるような少女だったのだ。今は舞踏会にスニーカーで行きたいなと考えている。こんなひらひらとしたドレスにヒールで優雅に踊って見せたりせずバスケットシューズにTシャツを着て華麗にゴールを決めたい。メイドたちがそわそわしだした。そろそろ舞踏会が始まるのだ。彼女たちはわたしがだれを選ぶのかを見たい。着替えるから、と言ってひとりきりにさせてもらって、わたしは以前町へ行くと言った商人にこっそり買って来てもらったスニーカーに履き替えた。窓を開ける。幼い頃よく部屋から抜け出すのに使った大木がこちらに向かって太く立派な枝を突き出している。わたしはそれに掴まり、すこしの時間慈しんだあと急いでその幹を下り始めた。地面に足がふれたときわたしはひどく自由を感じた。走って城をあとにする。しばらく走って息が切れたころ、「おい」と声をかけられた。びくっと体が反射的に震える。同じ声がそんなに怯えるなよ、と言ってわらった気配がした。その声の主はそのまま「どんな事情だかしらねえけど、そんな恰好じゃあ動きにくいしすぐ掴まっちまうだろ。俺のでよければ貸すぜ。どうする?」とたずねてきた。振り返って声の主を見るとまだ背丈も伸びきっていないような少年だった。年のころはわたしよりすこし下といったところか。だまってうなずくと、こっちだから、と少年は軽い足取りで歩いていった。
大丈夫、変なことはしないよ、と言って家へ招き入れてくれた少年は服を探してくれていた。少年の家は立派な木で組まれていてわたしは自分の心が落ち着いていくのを感じた。じいちゃんが作ったのさ。少年はわたしの目線に気がついたのかそう言った。じいちゃんは変人で有名でね。こんな森の中に家を建てちまうんだから、推して知るべしって感じだろ。でもおれは気に入ってる。不便だけどね。そう言って服を手渡してくれた。これなにでできてるの?そう聞くと、麻だよ。なにもしらねーんだな。と言われた。その言葉にすこしむっとする。怒るなよ。お姫様なら当たり前だって。そう言って少年は笑った。
「なんでこんなとこ来たんだよ?」
「…舞踏会に出るのがいやだったんだ」
「ダンスがきらいなの?」
「そうじゃないけど…」
「じゃあ、踊ろうよ」
「ここで?」
「ここで」
って言っても家の中より外で、星の下で踊ったほうがきもちいいから外行くけど。そう言って少年はわたしに手を差し出した。
「踊ってくれますか?」
上目遣いに碧色の瞳を向けられておもわず「…よろこんで」とその手を掴んでしまった。少年は予想外にダンスが上手だった。ちいさいころからよく踊ってたんだ、少年はそう言った。夜の空の下できらめく星々に見下ろされながら踊るダンスはとてもきもちよくて、わたしは気づくと声をあげて笑っていた。少年もそんなわたしを見てうれしそうに笑いながら踊っていた。わたしたちは夢中になって踊った。しっている種類のダンスはすべて。少年はわたしがいきなりステップを変えてもすぐについてきて天性のセンスがあるんじゃないかとおもえるほどだった。ダンスをこんなに楽しいとおもえたのは人生ではじめてだった。舞踏会でもこんなふうにダンスができればいいのに!そう叫ぶと、少年は君ならできるさ!と叫び返してきた。そして、くるっとわたしにターンをさせたあと、そろそろ戻りな。きっとみんな心配してる。そう言って背中を城のほうへそっと押した。待って、戻ったらもう二度とあなたとは踊れなくなるのよ、わたしはもっとあなたと…!そう言うと少年は笑みを浮かべ碧色の瞳を輝かせて「またすぐ会えるさ」と言った。そして闇の中にきえるようにいなくなってしまった。待って、そう言って彼の家に戻ってみたが彼の姿はなかった。わたしは意気消沈して城への道のりを歩き出した。夢のようだった、これからまたレールの上を歩き出すわたしのために与えられたほんのすこしの猶予だったのかもしれない。城へ戻ると大騒ぎになっていて、わたしはひどく叱られた。そして豪勢なドレスを着せられ男たちの集う大広間へと連れられていった。わたしはもうどうでもよくなっていた。きっとあの星空の下のダンスほどたのしいことはこのさきないのだからと。そのときだった。あの少年の姿をわたしを待ち受ける男たちのなかに見つけたのは。わたしがまさか、とおもいながら広間に足を降ろすと、彼は恭しく手を差し出して「踊っていただけますか?お姫様」そう囁いた。その碧色の瞳にはわたしが映っていた。わたしは微笑んで「よろこんで」と応えた。大広間中から拍手が起きた。とくにお父様は今まで見たことがないほどよろこんでいた。彼は隣国の王子なのだという。じゃあなんであんなところに住んでたのよ、そう言うとあれは隠れ家。言ったろ?おれのじいさんは変わり者だったって、と言って笑った。わたしは呆れて笑った。あなたも大概よ、と言うと婚約者を決める舞踏会から逃げ出すお姫様に言われたくないさ、と言われた。彼は彼で、決められた結婚がイヤで舞踏会に行かずにあそこで遊んでいたらしい。こんなふたりで大丈夫なのかと本人たちがいちばん首を傾げたが、わたしたちはお互いを大変気に入っていたし、結婚の準備はトントン拍子にすすんでいった。わたしたちは結婚式のときスニーカーにTシャツという前代未聞の恰好で出席した。それはふたりのつよい願いだった。国民はこのふたりなら国を変えてくれるかもしれないと期待をした。少年と少女はそんなうわさを聞いてそっと微笑みあいキスを交わした。







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