泳ぐように恋をする(Free!)



※マコト×ハルカ
※リン×ハルカ要素あります



誰にも言えない恋だった。
イルカのような彼をはじめて見た瞬間、俺は彼に恋をした。一目惚れだった、水の中をすぅーと泳いでいく姿はまるで水に選ばれたようだった。とん、とプールサイドに手をついた彼がゴーグルを上げてただ一心に見惚れていた俺に目を向けた。その瞳はきらきらと光って、水の反射する様のようだった。
「す、すごいね、俺マコト、きみは?」
おもわず聞いた俺に彼はうすい桃色のくちびるをうっすら開いて「はるか」と答えた。差し出した手を彼が握ってくれたときのよろこびを俺は忘れない。

「ハルーおはよー」
いつものようにがららと玄関の扉を開けて勝手にお邪魔する。どうせ彼はいつものように朝から水風呂に水着を着て入っているにちがいない。迷わず風呂場に行くと予想は的中、彼はお風呂の中から変わらぬきらきらとした瞳で俺を見上げた。
「ハル、学校行くよ」
「ああ…もうそんな時間か」
「そうだよーハルは水の中にいるとほんと他のこと忘れちゃうんだから」
「鯖焼かないと」
「だからなんで鯖…」
水着にエプロンで鯖を焼く姿はシュールとしか言いようがない。ハルは水の中にいないときは人間としてなにか欠けてるような少年だった。まあこんなでかい屋敷でひとりで暮らせているんだから問題はないのかもしれないけれど。でも俺は、そんなハルのどこかに入り込みたい、そうおもっていた。ほんの、すこしでもいいから。

その様子を見てしまったのは偶然だった。いや、ハルの帰りを待っていたんだから偶然とは言えないのかも。校舎から出てきたハルが校門に向かわずに校舎裏に歩いていくのを見かけた。そんなことは今までになかったから俺は迷わずあとをつけた。そして俺は言い争うような声を聞いた。何事だろうとすこし足を速める。どすん、という音が聞こえる。その様子を見た瞬間俺の足は止まった。そこにはハルがいて、見覚えのある赤い髪の少年とキスをしていた。抑えつけられるように掴まれた両腕は抵抗の色は見せずに少年の服を掴んでいて、少年が焦るようにしてハルのスラックスのなかに手を入れていくのが見えた。俺は何もすることができぬままそれを見ていた。ハルのくちびるから聞いたことのない嬌声が漏れるのを俺の耳はたしかに捉えて、興奮していく自分を止められずに俺はふたりを引き剥がすこともせずに茂みに隠れてハルのちいさな喘ぎ声を聞きながらひとりマスターベーションをした。そんな自分が情けなくて、ばかみたいで、噛み締めたくちびるから血が流れた。俺の頑なな瞳の代わりに泣いているようだった。

次の日、朝、深呼吸をしてハルの家に行くと、ハルはいつものように水着姿で風呂場にいて、何事もなかったような顔で俺を見上げた。だけどその腰骨のあたりにたしかにきえずに赤い痕が残っていて俺は顔を逸らした。ハルはそんな俺に不審感を抱いたようで(彼はどこか敏感なところを持っている)顔を近づけて「マコト?」と不思議そうに呟いた。そのくちびるが昨日は他の男の名前を呼んでいたんだとおもうとたまらなくなって噛み付くようにキスをした。ハルが目をまるくしたのが見えた。その細いながらにしっかりと筋肉のついた濡れた体を撫でる。「おい、マコ、ト」さっきよりすこし大きい声でハルが俺の名を呼ぶ。その声に我に返って、ハルの顔を見れぬまま「ごめん」と呟いてその腕を離して家を飛び出した。学校まで走って、走って、息が切れるまで走って、自嘲の笑みを浮かべた。もう笑いしか出て来ない。俺の初恋はこんな感じで幕を閉じるのかとおもうと胸が締め付けられるのを感じた。あこがれ続けたハルのくちびるはやわらかかった、それだけが俺の思い出になるだろう。俺はその日学校をサボることにして昔通ったスイミングスクールの、壊された跡地に向かった。

日が暮れるまでスイミングスクールの前でぼんやりとしていた。夕日が住宅街の向こうに沈んでいくのが見える。泣きたいな、そう考えていると「マコト」と耳に慣れた声で呼ばれた気がした。ばっ、と振り返るとそこにはハルが立っていた。「鞄、忘れていってたぞ」と2人分の荷物を抱えて何事もないような顔でそこにいる。
「なんでここ…」
「マコト、昔から落ち込んだらここ来てたから」
「そう…」
「…」
「…」
「…」
「…あの、さ」
「…」
「今朝は、ごめん」
「べつに。気にするなって言うんだったら気にしない」
「…じゃあ、気にして欲しいって言ったらハル、どうするの」
「気にする」
「それ…なんか脱力するなあ。ほんとに気にしてくれるの?」
「ほんとはもう気にしてる」
「へ?」
「けど、マコトが気にするなって言うなら気にしない」
「それは、もう付き合ってるひとがいるから?」
「そうじゃない」
「じゃあなんで」
「マコトだから」
マコトだから、気にする。そう言ってハルは俺の隣のポールにもたれかかった。まっすぐな瞳が俺を射抜く。
「マコトが言いたくないならどうしてとかそんなこと俺は聞かない。でもマコトは意味のないことはしない。だから俺はマコトが気にするなと言わない限り気にする」
「それ…すごいプレッシャー」
そう言うとハルはすこし笑った。
「ハルのこと、好きなんだ」
その言葉はおもったよりするりと俺のくちびるから出て行った。
「ずっと前、はじめて会ったときからだよ。…ハルは憶えてないかもしれないけど」
「憶えてる。おまえが手を差し出してくれたときだろ」
「…憶えてたの」
「ああ。おまえはいっつも俺に手を差し出すよな」
おまえと付き合ったりとかそういうのは想像できないし、他のヤツと付き合うことも想像できないけど、おまえさえいいならこれまでどおりでいてほしい。そうハルは言った。リンちゃんとはするくせに、そうなじると、あれはムリヤリ…とすこし眉根を寄せて言った後で、おまえはするなよ、とこちらを向いてハルは言った。その瞳が夕日を映してはじめて会ったときとおなじにきらきらしていたから俺は「ハルがそう言うなら」と返してもう一度ごめん、と謝って、帰ろう、と右手を差し出した。ハルは笑ってその手を握り返して「明日はちゃんと学校来いよ」と言った。






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