#00全ての始まり
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ヒューヒューと喉が力なく鳴き、口からはげほごほ、と咳き込むたびに真っ赤な血が溢れた。

力が欲しかった、誰にも負けない強い力が、ただ欲しかった。
だのに、なぜ俺は今此処で、戦の途中で果てようとしているのだ?
重く、槍すら持つことのままならぬ両の腕は、ぴくりとも動かない。
俺では甲斐の虎にはなれぬのか、虎若子のまま此処で死ぬのか。
噎かえるような濃い血の匂いはこの辺り一帯に霧のように漂っているのだろう。
まだ俺の願いは何一つ叶ってはいないのに。
俺にはまだ、やらねばならぬ事も、伝えなければならない事もあるのに。
不惜身命を掲げ、六文銭を背負い、鳴らして。
戦の中で散る覚悟はいつだって出来ていた筈だった。
ああ血が、止まらない。
未来があるという若さ故に、自分はどうしようもない失敗をしてしまったのだ。
後悔ばかりが俺の思考を埋め尽くしていく、血が流れていくたびに熱を失って冷えていくこの体をどうすることもできずに、黒くなって何も見えなくなった世界を見えぬ眸でぎらりと睨み付けた。
俺はまだ、死にたくないというのに!!!

「…ら、…ゆ…むら、真田幸村」

誰かが己を呼んでいる、何処だ一体誰が何処からどんな目的で。
ぱち、と沈みかけた意識を目醒めさせるように、勢い良く開いた。

「…ここは、」

むくりと上体を起こしてみれば、先程まであんなにも重く感じられた体は不思議と軽く、光を失ったと思われた眸に先程まで戦っていた戦場ではなく、真白の世界が映る。
何処だ、此処は。

「幸村」

そして未だ己を呼ぶ声のする方へと駆け出した。

「幸村、こちらだ。疾く、疾くと参れ」
「そなたは誰ぞ、なぜ俺を知っている?」

立ち止まって、姿を見せぬその声に吼えた。
己の意志のままに動く体はどこまでも軽いがどこか違和感を覚えた、何というか眠るときに見る夢の中と似ている。
もしかして、これは夢なのか…それとも自分はもう…………。

「やれやれ、まこと短気な男よ…。とにかくこちらに参れ、話はそれからよ」
「……」
「はようせぬと、うぬは死んでしまうぞ?」
「!!」

それでもよいのか?
声とともに目の前に光る玉が降ってきて、目の高さで止まった。
しばらく見つめていると、それはよく見知った人物――佐助に変化した。

「…佐助?」
「姿を借りたまでよ、そなたが愛する男ならばそう殺気のこもった目で見られぬだろう、とな」
「何故俺の事を知っている?そなたは何者だ?」
「今はそのような事どうでもよい、我の話をまずは聞け、そして考えよ」

そう言って目の前の佐助もどきが座り、その正面に座れと催促するように石一つ転がっていない真白の地面を叩くので大人しく従った。
なんだかすごく妙な気分だ。

「まず…我はうぬの生きたいという強い願いに喚ばれたのじゃ、そこはわかるな?」
「?」
「じゃからな、うぬに喚ばれた我は、主を助けねばならぬのよ…まあ、義務みたいなものじゃ」
「つまりそなたが、某を助けて下さるのか…?俺はまだ生きられるのか!?」
「まあ、そういうことじゃが……」

見えてきた希望に喜び若干興奮し、拳を固く握った幸村に目の前の男は曖昧に言葉を濁す。
なぜ、言葉を濁すのか理由を尋ねれば、すんなりと答えてくれた。

「道理を曲げることになる、つまり主はそのための代償を払わねばならぬ…等価交換というやつじゃ、うぬにそれができるか?幸村」
「今此処で何も成し遂げることなくこのまま死すよりも、俺は為すことをなしたい」

真っ直ぐと目を見て、己の意志を言の葉にのせる。
言葉は、言霊だ。口にすれば簡単には覆せない。
目の前の男は、僅かに微笑んだ。

「……主には治癒の力をやろう、その代わり…そうじゃな常なら寿命なり光なり音なりを頂くのじゃが…それでは主は自決してしまうのじゃろうな…」
「…(よく分かっておられる、それでは何もなせぬ)」
「…よし、主からは“人である事”を捨ててもらうかの」
「“人である事”を“捨てる”?」

自分の理解を軽く超えた、“人である事を捨てる”というぶっ飛んだ内容に首をかしげる。
人であることを捨てればどうなるのか、鬼となるのか、既に己は日ノ本一の兵で虎若子で紅蓮の鬼と呼ばれてはいるが…。
一体どういう事であろうか?

「全てとは言わぬ、とりあえず2、3割いただこう、主にそれが飼い馴らせたならば、きっと力になるじゃろうて」
「(答えてはくれぬのか)そうでござるか」

そう返せば、男は立ち上がって右手を差し出した。

「我の手に主のその手を重ねよ」

と言ったので、素直に従う。
己の左手が差し出された右手に触れた瞬間、ぞわり、と己の中から何かが抜けていく喪失感の後から、己が普段操る炎よりも熱く激しい熱が体内を這うように暴れていく感覚が、幸村を襲った。体の内側から焼かれるような、と言えばわかるだろうか。
目の裏がチカチカとし、平衡感覚がぐちゃぐちゃになっている。
熱い。

「うっ、…ああ……あっ、うぁっ!!」

暫くして一番強い衝撃が去ったのを最後に、熱は緩やかに引いていったが、己の足は自力で体を支えられなくなり、がくり、と崩れ落ちる。
倒れる直前に佐助の姿をした目の前の男に抱き留められた。
息が整わない、が…指の先から髪の先まで何かが行き渡っていく感覚……何だこれは。

「ふむ、なんとか持ち堪えたの…上々じゃ、気分はどうじゃ?」
「はー、はー……訳がわからない、が、悪くはない」

と思う、と小さく付け足して己の手を見つめる。
そして息を整え、鼓動を正常な状態へと戻した。
息が整うのを見計らっていたのか、目の前の男は真面目な顔つきで言った。

「幸村、これだけは忘れてはならぬぞ、主は今、人ではなくなり始めておる」
「それが…?」
「いいか気を付けることじゃ、変に体内のバランスを崩すと大事に至る事になるからの」
「…分かり申した」

力強く頷けば、目の前の男はふ、と小さく笑って、さあ、主のあるべき場所へ帰るがよい、さらばじゃと言って光になった。
そして、強い光に目を焼かれ瞬間のうちに目の前が真っ暗になり次第に一点の光が見えてきた。
あれがきっと出口だろう、と決めつけた幸村は、その出口のようにも見える光の方へと肩で風を切って駆け出した。
今後どうなるかも知らずに、後ろ髪と赤い鉢巻を風に靡かせて、あの戦場へと駆けていった。


揺れる炎と
(この先にあるのは、幸か不幸か)
(月が動き始める)
(これが全てのはじまり)

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110620


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