恋ひ願はくは、月 | ナノ


恋ひ願はくは、月
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※流血

それはとても美しい夜だった。
―――――夜だった。
星の瞬く夜空に浮かぶ下弦の月に、蒼き君を乞う。

「――――――、」

ぱくぱくと懸命に口と声帯を動かしたが、その声が音になることはなかった。



その強さと勇猛さから“日ノ本一の兵”や“紅蓮の鬼”、また甲斐の虎・信玄の愛弟子であるから“虎若子”などと呼ばれたりする紅い武人・真田幸村と、奥州を統べる“独眼竜”と呼ばれる蒼い武人・伊達政宗の邂逅は、幸村の人生の師である“甲斐の虎”武田信玄とその好敵手である“軍神”上杉謙信が相対している、混戦した川中島の戦場だった。
どこから来たのか、蒼きその男は、自分の見たことの無い派手な馬装の馬に乗って、颯爽とこの川中島の戦場に単騎で現れた。
天よりも海よりも鮮やかな蒼の陣羽織に、一度見たら忘れない刀の鐔で作られた眼帯と鋭く光った眼差し、腰に脇差はなく6つの長刀を下げた男――奥州の独眼竜・伊達政宗その人である。
第一印象は蒼がよく似合う強そうで、(自分の知らない言葉を若干早口で話すため)わけの分からない男だった。
しかし弦月を模した派手な鍬形をつけている兜の下から覗く鋭い眼光は本物で、視線を合わせただけで相手に威圧感を与え、そこらにいる兵が思わず竦み上がらせるほどに恐ろしかったが、自分は身体の内から何かが燃え上がるのを感じた。
この蒼き武人ならば―――。
纏う気配を言葉で表現するならば、蒼い雷のような……二つ名の通り竜のような男だった。
彼は、何度も何度もぶつかり合っては引き分ける主君と軍神の戦いに漁夫の利を狙ってこの戦場に現れたらしい……というか、声高にそう宣言していた。
まあ、もちろん自分がそのような邪魔をさせるわけもなく、即刻この戦場から追い出すべく戦い始めたのだが……昔話はこの辺で終わらせよう。
振り返ったって今の状況は好転しないし、むしろ悪転するばかりだ。
少し現在(いま)に戻そう。
時刻は星と月が静かに輝く夜、この場の状況はまさしく最悪、一騎討ちの勝負に敗れたのは……。

一騎討ちの事の発端は、乱れに乱れた世の流れ。
元よりあの川中島での邂逅から自分と彼は好敵手どうしだったから、敵対するのは必然。
そんなどこもかしこも緊張状態にあるこの戦況に、彼は突然自分に文を送ってきた。
内容は、一騎討ちの申し込み。
いつ散ってしまうか分からぬこの戦乱に、この申し込みは彼の本音がかいまみえた。
ようは、己以外に倒されてしまう前に己の手で決着をつけてしまおうという魂胆だ。
互いにそうそう死ぬようなことは無いだろうと思っていたが、俺はこの申し出を快諾した。
――そして、約束の日。
互いに自分の特物と愛馬しかつれていない。
誰にも邪魔されないであろう、広い荒野に居るのは己と相手のみ……、政宗は口を開いた。

「…真田幸村」
「なんでござるか?伊達政宗、殿…」
「漸く決着がつけれるな」
「…そうでござるな、やっと――でござる」

カチャッ
政宗はおもむろに腰の六爪に手をかけた、同時に幸村は背負っていた二槍の柄を強く握り締める――。

「Are you ready?真田幸村ぁ! 俺たちの戦いに決着をつけようぜっ!!」

政宗はヂャキンと素早く抜いた六爪の切っ先を幸村に向けて、一撃目を構える。

「――無論、貴殿の御首、某が頂戴いたすっ!いざ尋常に勝負ぅ政宗殿ぉぉ!!」

ザッと初撃で飛び出すべく、幸村は二槍を上下に構え、地面を力強く踏みしめた。

「奥州筆頭 伊達政宗 推して参る………Let's last party!!」
「天!覇!絶槍! 真田源次郎幸村 我此処に見参!!」

ドッ、ガキィン!!
こうして蒼紅の誰にも邪魔されない一騎討ちの激しい撃ち合いの火蓋は切って落とされた。



撃ち合いを始めてから、どのくらいの時間が経っただろうか、今地に倒れているのは…、血で真っ赤に染まっているのは………“紅蓮の鬼”真田幸村だった。
両者ともギリギリの戦いだった、ただ今日は幸村に運がなく、政宗の運が良かったのだ。
運も実力のうち、と言うが…両者が拮抗している場合はいかなものか。

「Rest in peace. ……楽しかったぜ、やっぱり、お前以上に俺を熱くさせてくれる奴はいねぇ…だからよ、お前の首はまだ獲らねぇ。もし生き延びたなら…また俺を倒しにこい、真田幸村……」
「政、む…ね殿…」
「じゃあな、真田幸村……俺の勝ちだ」

そう最後に告げて、血をポタポタと滴らせながら、フラフラとしながら政宗はあのいつもの派手な馬に乗って宵の明星が輝き始めた夕闇の中奥州の方へ消えていった。
一人その場に取り残された幸村は、腹から大量の血を流しながら折れた二槍を握り締め、懸命に地を這い愛馬の元へむかう。
自身の紅い鉢巻で腹の止血を試みたが、血の赤が鉢巻の紅を侵食していく。
幸村が馬の元へ辿り着きその上になんとか乗った頃には、辺りは真っ暗な闇に包まれていた。
優秀な白馬は真っ赤に染まった主をその美しい背に乗せ、風のごとく地を駆けた。
ただただ上田を目指して、傷ついた幸村を振り落とさぬよう細心の注意を払って、上田へと続く夜の獣道を駆けた。
血を流しすぎたのか、朦朧とする意識の中で馬にしがみつきながら幸村は天を仰いだ。

満月ではないが、月の美しい夜だ。
下弦の月の夜だった。
星の瞬く夜空で一際輝く下弦の月に、蒼き君を請う。

「――――――、」

口を動かしたが、その声が音になることはなかった。
ドサッと何かが落ちる、音がした。





蒼き君よ、キミに恋う
(ゆっくりと消えていく意識の中で、美しい月が目に焼き付いていた)

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120612
当初は死表現がっつりの予定だったけど、匂わす表現に変更
リメイク作品