虎月04 | ナノ


#04来襲
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『某、真田源次郎幸村由あって退軍願い申し候。

某は今、奇病に侵されておりまする。
先の戦で某は既に一度死しておりました、そしてもう人ではない身にござりまする。
ただ、この身は武田へ捧げしものなれば、この幸村…窮地にはそっと馳せ参じ、影よりお館様をお助け申し上げまする。

この事をどうか佐助には伝えないで下され、お館様。また文は送らせていただきまするゆえ、直接お会いする事はなくなりまするが、またお会いできれば、身に余る幸福にございます。

お館様
真田源次郎幸村』

カサリ、と信玄は手紙を戻して、天を仰いだ。

「帰ってくるよな…幸村よ」

手の中の手紙はもうなかった。



「旦那っ!!」

がばりと身を起こして、目覚めた佐助は素早く状況把握を行った。
昨日ひっぱり込まれた幸村のふかふかな蒲団、寝る前と同じ服、何もかもが同じだった。
ただ、そこに残る温度が一人分であるのと、深夜の山での記憶が幸村がここにいない事を物語る。

「なんなんだよ…わけ、わかんない…」

病み上がりのくせに、何一つ告げずに、一人でなんで旦那は出ていった?
それに止めるなら殺す、とか態度でそう言っておきながら、何故あんな事を?
疑問は浮かぶばかりで、佐助は何か手掛かりが無いかと部屋を見回す、すると文机の上に白い紙がぽつんと置いてあった。佐助は直ぐ様、それに飛び付いた。

「なにこれ?」

どうやら手紙のようだ。宛名は書いていない、ただ幸村、とだけ記された外側に佐助はがさがさと手紙を開いた。
そこにはこう記されていた。

『お前を傷つけるような酷い事を言ってすまなんだな、俺は―――いや、すまなかった』

と短く書かれていた。
俺は、の後に何か書いたようだが、生憎上から墨で塗り潰されており、しかも透かして読めないようにと、ご丁寧に裏からも墨で塗り潰されていて読むことは出来なかった。
佐助はもう一度手紙を読み返し、手紙を持って出ていった。



「大将ー!!!」

佐助は大声でそう叫びながら、主の主である武田信玄の元へ飛び込んだ。

「佐助、如何した?」
「旦那がっ!!」

普段冷静な佐助が珍しく取り乱しているのを見て、信玄は目を丸くした。
まあ、原因には見当が付いているのだが、訊ねる。

「旦那が、どっかに消えちゃった!大将、俺、俺…止めようとしたけど、止められなくて!」

混乱のあまり言葉がどこかに行ってしまった佐助を宥めるように信玄は、温かく大きな手で、ぽんぽんとその背中を叩いてやる。

「落ち着け佐助、先ずは状況を話してみよ」
「……すんません、大将」

信玄の言葉に正気に戻った佐助はしょんぼりと肩を落とし、手の中にあった手紙を渡し、己が任務を終え帰城してからの出来事を説明する。

「あの人、まだ本調子じゃあないのに…どこに行ったんだろ…」
「ふむ、つまりあやつは追っかけてきたお主を振り切って行ってしもうたのか…」
「大将ォ、おれ、旦那を探しに行って「まあ、待て」大将!」

無策に進むは愚かよ、と佐助を諭し己の策を伝える。

「佐助、奴はワシにも文を残して行っておったのじゃ…」
「!!」
「その文には、定期的に文を送ると書いておった…まずはその文が届くのを待ち、そこから出発せよ」
「…っ、その手紙はっ」
「不思議な事に読み終えたとたんに灰になってしもうたわ」

僅かな希望を打ち砕かれた表情で沈んでいく佐助に、信玄は胸が痛みながら慰め、思う。

(幸村と佐助は主従とはいえ本当に仲がよかったからのぅ…互いが互いにどこか依存していると、知ってはおったが…まさか冷静な佐助がこれほどまでとは…。これは早急に手を打たねばならぬな)

まずは幸村からの手紙を待つばかりである。
すっかり静かになってしまったこの空間の静寂を破る者が現れた。

「伝令!館に奥州の竜・伊達政宗が単騎で接近中との事!いかがなされます、お館様?」
「伊達の小倅が、一体何用じゃ…ふむ、手出しされぬなら何もするな」
「承知っ!!」

ばたばたと伝令役が去って行けば、信玄は佐助に命を下した。
大方伊達の目当ては幸村である…早急に彼奴を呼んでこい、と。

信玄が佐助に呼び出させた男は、紅い鉢巻きとライダースジャケット、草摺を身につけ、背に六文銭を背負っていた。
彼は幸村と全く同じ格好した、幸村そっくりの小柄な青年だった。

「うぇぇっ!?小介が独眼竜のお相手を、ですか?お館様!?」
「そうじゃ、しかと任せたぞ」
「うぅぅ…承知」

そう幸村の替えの衣裳に身を包み頭を下げているのは、幸村の影武者で真田十勇士にその名を連ねる、穴山小介と言う忍である。
彼は影武者として非常に優秀で、彼ほど幸村を模写することは(佐助もできない事はないが、独眼竜相手だと怪しまれるだろう)できない程なのだ。
そんな小介は突如失踪した幸村の替え玉として、これから幸村が帰ってくるまで成り代わる。今でこそ見た目しか似ていないが、本気になればそこら辺を歩いている者には、見分けはつかなくなるほどの腕前だ。
小介は信玄の前で集中を始める、体内の空気を全て吐き出しゆっくりと深く呼吸をする。
小介の纏う空気が大きく変わった。

「…幸村、しっかりとな」
「承知」

頭を上げた彼は甲斐の若虎の顔をしていた。
今の彼は真田幸村で、穴山小介という意識はない。
幸村は脇に置いていた朱塗りの二槍を携え、御前失礼つかまつりまする、と退出の言葉を述べて部屋を後にした。

「伊達殿はあとどれくらいで、こちらに着く?」
「四半時もかからずに到着するよ、城門前での迎撃が上策だね」
「…わかった、行くぞ」
「りょーかい」

すたすた、と前を歩いていった幸村(小介)の後を追い掛けながら、佐助は珍しくいつもは陥ることのない錯覚に陥った。
今己の目の前を歩く男は間違いなく己の部下で、弟子なのだが、覇気や声の出し方が幸村だ。
流石影武者に選ばれることだけはある、その腕前は素晴らしい。
ここまで近くでこうもまじまじと見たのは初めてだったので、思わず感心する。

(でも、少し物足りない…)

佐助はぶんぶんと頭を振りその思考を消した。
己も小介を幸村と暗示をかけねばならないし、半端な演技は人の心の動きに機敏な独眼竜には直ぐに見抜かれてしまう。
ヤツはそういう男だ。
集中して、気持ちを入れ替えろ猿飛佐助、さあ……仕事だ。

城門前のど真ん中に陣取った幸村は槍を交差して背負い、腕を組んで立っていた。
どかかっどかかっ、馬の足音といななきが聞こえ、前方にちらりと青の陣羽織と派手な装備の馬が見えた。
伊達政宗が現れた。

「…旦那、来たよ」
「…うむ、見えておる」
「頑張ってね」
「分かっておる」

幸村は槍を構えて政宗を待つ、馬の速度を上げた政宗が馬から高く飛び上がり自慢の六爪を構え、幸村へと振り下ろす。
ガキィンッ、ガン、ガン、キンッ、ゴッ
始まった激しい打ち合いの中で、一際烈しい音に火花が飛び散る。
力が拮抗し、ぐぐぐ、と互いに押し合った状態で止まった。

「伊達殿!此度は如何様な理由にて武田に参られたか!!理由によっては某全力で追い返しまする!」
「Ha、俺ぁ戦を仕掛けに来たわけじゃねぇ…虎のオッサンと話をしに来ただけだ、そうかっかするんじやねぇよ」

そう言って、すっ、と力を抜き刀を下ろした政宗は鞘に六爪を収めた。

「お館様をオッサン呼ばわりとは失礼な!」
「っ、旦那っ!戦しないみたいなんだから、取り敢えず竜の旦那を案内したげなよ……大将も言ってたでしょ?」
「…む、む"ぅ…では、伊達殿此方へ」

敬愛する信玄をオッサンと呼ばれて吠えるが、佐助が止めに入り不請不請槍を収めた幸村は政宗を案内する。
政宗はおとなしくその後ろについて歩き、廊下で思い出したかのように口を開いた。

「Hey、…小十郎がもうすぐしたら来るかもしれねぇ、だから猿辺りに伝えといてくれねえか?」
「別に構わぬが……俺の佐助をそのように猿さると言うのはやめて頂きたい」
「Oh、そりゃ悪かったな…」

すると幸村がぴたり、とある障子の前で止まった。
一度膝をつき、声をかける。

「お館様、伊達殿がお館様に話が有ると、お出でになられておりまする…よろしいでござろうか?」
「…幸村か、そうかそのまま入ってもらえ」
「失礼つかまつります」

すっ、と静かに引かれた障子の向こう側で、信玄は上座に座っていた。
幸村が室内に足を踏みいれ、政宗が続く。政宗が座ると、幸村は茶を頼むついでに言伝をしてくると、席を立った。
ぱたん、と障子を閉めて廊下を音もなく歩いていく幸村を見ていた政宗は信玄に向き直った。

「して、独眼竜よ…話とは何ぞ?」
「……Ah…実は、な」





動き出す虎と嵐を呼ぶ竜
(確実にあやつを連れ戻す策を練らねばな…)
(その前に竜の小倅の相手をしてやろう)

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120524
第二幕開演
よろしくお願いします