だからおれは眠らない | ナノ


だからおれは眠らない
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ここは世界でもっとも偉大な海…“偉大なる航路(グランドライン)”、その海中を文字盤の無い特殊な羅針儀“記録指針(ログポース)”に従って次の島へと進む潜水艦型海賊船。

一般の善良な市民から見れば海賊といえば、その存在が極悪で世界的な凶悪犯である(と実際世界政府によって認定されている)。
特に何か問題をおこすと世界政府の一組織である海軍によって懸賞金を懸けられ、指名手配される。
賞金首の懸賞金額や経緯は様々だが、一般的には海軍が所属する世界政府に対する危険度が高いと判断される事によって、たいそう高額な賞金がつけられる。あまり力を持たない一般市民は高額な賞金首に怯える事が殆どだが、金額をつけられた海賊達の間では賞金が上がれば喜びもするし、他の賞金首の力量を大まかに知る方法として重要視されている。
また賞金首の中でも、若くして懸賞金が高額な賞金首を“大型新人(ルーキー)”と呼ぶが、その中でも懸賞金が一億を超えた“新人”達のことはその危険人物っぷりに恐ろしさや憧れを込めて、“超新星(スーパールーキー)”と呼ばれている。

ちなみに今海中を漂っている潜水艦型海賊船は、ハートの海賊団と言われる海賊の船である。
この船の持ち主…もとい船長は、懸賞金が億超え……つまり超新星の一角である、トラファルガー・ロー。
懸賞金は二億ベリー、“北の海(ノースブルー)”の出身で、通称は“死の外科医”という相手を助けるのか殺すのかよく判らない何とも物騒な通り名を持っている。
彼自身のジョリーロジャーが入った黄色いパーカーにその細身を包み、モコモコとした帽子をかぶっている所為かより一層目元の陰鬱さの増した不健康そうな隈と、身の丈ほどある長刀が特徴の海賊である。
これは、そんな男が率いるハートの海賊団での、ローの濃い隈の話。



ぱらりぱらり、とおれは先日立ち寄った島で購入した医学書の一冊を夜通し読み耽っていた。
現在時刻、午前5時……もちろん一睡もしていない…というか眠くならない。

「(これはまあまあだったな…)」

ひとつ読み終わった達成感からか不意に眠気に襲われ、大きな欠伸で乾いた瞳を生理的な涙で潤し、まだ読んでいない本が読みたいが為に眠気覚ましのコーヒーを求めて早朝の静かな艦内を歩いていた。
するとクルー達の大部屋の扉からオレンジのツナギを着た白くてモコモコしたもの……おれが可愛がっている白熊のベポが、夢でも見ていたのだろう、何かから逃げるようにすごい勢いでごろんっと飛び出し、その勢いのまま壁に激突した。
なかなかに鈍い音がした。
流石に痛かったのだろう、むくりと起き上がり強打した頭を押さえていた。

「…何をしてる、ベポ」
「いてて…あ、キャプテンおはよー!潜水してると暑くて……ってキャプテンまた隈濃くなってる!!」

ベポの非難じみた声が、早朝の静かな船内に響く。まだ寝ているヤツも居るだろうに。
ベポの言う通り、おれは普段から目の下に濃い隈を乗せているのだが(もはやこれは体質と言っても過言ではない)、今おれが目の下にかっている隈はきっといつもよりあきらかに酷い事になっているだろう。

「…そんな事はねぇ、気のせいだろ」

白々しくそう言ったが、もちろんそれは分かり切った真っ赤な嘘であるという事にこの船のクルーならば直ぐに気づくだろう。
ただでさえおれの睡眠時間は極端に少ない(軽く不眠症のレベルを通り越している)、仮に寝たとしてもその睡眠は些細な物音や気配で目が覚めるほどに浅く短い。
それでもなかなか自主的に睡眠をとろうとしないため、クルー達はとても手を焼いているようだ。(全く、他人事じゃないですよ!Byシャチ)
またおれが眠りに落ちるときはいつも唐突で、極限状態の身体が睡眠不足により限界をむかえてぶっ倒れるように場所を問わず(それはもはや気絶に近い)眠りにおちる。
以前もそうやってぶっ倒れるように眠り始めた直後に運悪く海上にいたために敵船(この時はたしか同業者だった)に襲撃され、その騒々しさに直ぐに目を覚ましたのは、言うまでもない。
しかしこの時、敵船の海賊を能力でからかっていたら、おれがうっかり海に落ちるという全く笑えない事件が起こった。
もちろん悪魔の実の能力者であるおれは浮力は言うまでもなく藻掻く力すら海に奪われ、ただただ海の底へ意識を失い沈んでいくだけ……、それに真っ先に気がついたらしいペンギンが海底へと沈んでいくおれを追い掛けるように慌てて海へ飛び込み、船までおれを引き上げ、連れて戻ってきたというのが事の顛末ならしいが…あいにくおれは海に落ちてから甲板に帰って来るまで意識が無かったのだ、つまり覚えていない。
それ以来クルー達はおれの睡眠不足分だけ濃くなった隈を見ては、定期的かつおれが抵抗すれば強制的に(医療設備の調ったこの船ならではの方法で)寝かせてくる。
ガキじゃねぇんだから、そんな事するなとはおれは船長なのに言えなかった(ペンギンの纏う覇気が、怒りに満ちていたのが怖かったとは口が裂けても絶対に言えない)。
またこれも聞いた話だが、おれが眠っている間は他海賊や海軍の襲撃を避けるように、海中へ潜水するようになったらしい。



ちなみにローが知ったら発案者を間違いなくバラすだろうが、ハートの海賊団のクルー達はこの時間を“ロー船長オヤスミTIME”(通称LCOT(ロコット))と呼んでいる。
クルー達は思う、我らがキャプテン――トラファルガー・ローは実際とても腕のいい優秀な外科医であると同時に“死の外科医”という医者としては少々…いやかなり物騒な海賊としての通り名を持っている。
しかし専門は外科にしろ、医療に携わるのだから睡眠の大切さくらい十分に学び、知っているだろうに、何故普段から自主的に睡眠をとろうとしないのだろうかという心配や疑問を余所に、ローは眠らなかった。



おれがなかなか眠らないのには理由がある、不眠症である事もそのひとつだがもっともっと別の理由がある。
仲間のあいつら(“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”の存在や海賊王の夢を笑わないおれのクルー達)に限って馬鹿らしいと笑うような事は無いだろうが、その理由は教えていない。

さて、どうやって未だこちらを見たままキッチンへの道を塞いでいるベポの視線から逃れようか…と思案していると、今度は後ろから声をかけられる。

「船長、今キッチンの方へ行こうとしていましたね……また寝ていないのか?」

振り向くまでも無い、この声はペンギンの声だ。というかどうしておれの行き先を知っている、お前は一体いつから見ていた。

「…小言は嫌だぞ、ペンギン」
「それなら、眠気覚ましのコーヒーなんて飲まずに、今すぐベッドに行ってくれ…」

おれに命令するな、と言いながら、ペンギンの方へ振り返れば、腕を組んで仁王立ちしているのが見えた。
あ、これはマズい…しかも挟まれたから、退路を塞がれてしまった。
ペンギンはクルーの中でもおれに意見したり、おれを(唯一)諫めたりできる数少ない超古株の一人だ。
ヤツとの付き合いはハートの海賊団結成前のガキの頃から続いていて、所謂幼なじみという間柄である。

「命令じゃない、幼なじみとしてローを心配しているから言うんだ」

こう言われてはさすがに命令されるのが死ぬほど嫌いなおれも、ペンギンが心配な理由も、己に非がある事も理解しているだけに強くは反論できない。
というか以前こういった時に反論したら、くどくどといかにみんなが心配しているか小一時間くらい説教され、麻酔の一本や二本打たれて無理やり眠らされたという前科がある。手術の時は頼れる優秀な麻酔医でもあるが……なんて恐ろしい奴なんだ、ペンギン。
普段のようにおれを『船長』とではなく、『ロー』と名前で呼んでいるあたり、どうやら今回は本気らしい…隠し持っているであろう麻酔の注射器ケースが見えているぞ、どうしたんだ、随分と気が立っているなお前。

「…分かった、分かったからそれしまえ」
「……船長室のベッドに入るまで見届けたらな」
「今日のペンギンはなんだか強いねー」

なに暢気な事言ってんだベポ!まあかわいいから許すけどな!
これがシャチならバラしてシャンブルスだが…。
ペンギンが、さっさと船長室に戻らなければ強制連行するぞ、と言わんばかりの鋭い視線を向けてくるので、おれは降参だと両手を肩口まであげて元来た通路へと戻る。
部屋に戻ったからといって、もちろん寝るつもりはない、ただベッドに寝転ぶだけだ。
おれが歩くその後を当たり前のようについてくるペンギンが、こんな時のおれをいかに信用していないかが改めてよく分かった。

「(寝る気が無いのをバレてるな、こりゃ)」

これからどうしようか、きっとコイツはおれが寝るまで貼りついている気がする。
おれは後ろを歩くペンギンに気づかれないように、そっと息を吐いた。



結局何のアクションもおこすことなく、おれはペンギンにベッドへと押し込まれた。

「ほら、三時間でもいいから寝て下さい…今日は8時に浮上する予定ですから」
「しつこいぞ、ペン」

もう寝るから出てけ、と布団に潜り込み手で追い払えば、本は読まないで下さいね、と念を押された。お前はおれのかあちゃんか。
こんな状況で寝れる気がしねぇ。

「心配しなくも大丈夫だから」

アンタが寝ている間はおれに任せておけ、そう言い残したペンギンは、ぱたんと音をたてて部屋から出ていった。
本を読むなと釘を刺されたので、本を読んでいるのがバレて部屋に乗り込まれては適わないため、(すごく不本意だが)いい加減寝ようと、もぞもぞと寝心地のいい体勢を探しながら、先程妙に引っ掛かったペンギンの言葉を反芻する。

心配しなくても大丈夫だから。

まるでおれが眠ることに心配をしている、もしくは眠る事に不安を抱いていると確信してるんじゃあないのか、アイツは。
あの野郎、何食わぬ顔していながら気づいてやがるな。
おれが寝ることを拒む理由を、まるですべて知っているかのようなあの口振り。

「……ちくしょう、無駄に鋭いヤツめ」

おれが眠らない、寝ることを拒むその理由。

目を瞑っていては、助けるべき患者(なかま)の居場所が判らない。
いざというときに何も見えなければ、大事なものを守れない。
おれの手が届くかぎり、動くかぎり、助けたいんだ。


目を瞑っていいのは眠る時だけだ
(だから、それまではたとえどんな事があろうとも、目を瞑る事は赦されない)

おまけ

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120414

長い間ほってたら話がややこしくなりました…。
彼の中では、寝る事と眠りにつくことはとても近い関係で、死ぬまで目をかっぴらいていないと、大事なものはとりこぼしてしまうかも…とかいう不安に駆られてるんです。っていう話が書きたかった。