悪癖を詰め込んだ箱庭 | ナノ


悪癖を詰め込んだ箱庭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※ヘッドフォンアクターぱろ

その日は随分と平凡で、どこにでもあるような雲が少ない天気の良い休日だった。
もう一月もしたら定期テストがあるし、赤点補講を免れるならば少しは勉強しないとな、と思いながら机に向かうものの、やはりと言うべきか、いつもと同じように集中出来ずにいたおれは、少し前人気だった巨大モンスターを狩る、ハンティングアクションゲームをやりながら呑気にラジオを聴いていた。
まったくいつもと変わらぬ休日である。
ゲームのステージボスであるモンスターをあと少しで倒すとこまで追い詰めたその時、信じられないような言葉が電波に乗っておれの耳に飛び込んできた。
ただならぬ気配を持ったそれは、全国ならぬ時差をも無視した全世界同時の臨時ニュースで、どこかの先進国の白髪混じりのいい年したオッサンな大統領が盛大に鼻を啜り、今にも泣き崩れそうな酷い涙声でこう言っていた。

『全世界のみなさん、この唐突でかなしいニュースをどうか落ち着いて、最後まで聞いてください。』

と言葉の合間にしゃくりあげ、鼻を啜りながら喋るその様は、まるで世界に大変な危機が迫った映画などで見るようなありきたりな出だしで、まずお前が落ち着けよ、激しく聞き取りづれぇ…と不信感と不安を僅かばかり胸に抱えながらも、半笑いでおれはゲーム機のボタンを連打していた。
しかし少し長い前置きのその後に続いた信じられない内容の言葉を聞いて、せっかくクリア画面の出たゲーム機をおれは見事に落としてしまった。
ガシャン。
何かが壊れる音がした。

『…非常に残念な事ですが、本日この我々の住む地球は終わります――――。』

がん、と鈍器で頭を殴られた時のような目眩がした、あまりに唐突であり得ない内容だったそのニュースを耳にしてから、ラジオはとうとう泣き崩れもはや聞き取れない大統領の酷い声や、どこか慌てたようなパーソナリティが話していたであろう何事かを、まだ放送していたみたいだが残念な事に内容なんておれの頭には一つも入ってこない。

だって、今日は何の変哲もないただの休日だったハズだろう?
現に珍しく勉強をやろうとしたが、ほぼ手付かずの参考書はいつものように机に開かれたままの状態で放置され、ラジオを聞きながらプレイしていたあのゲームはセーブをする前に床に落とした衝撃でディスプレイに闇を写しながらおれの足近くに転がっている。
エイプリルフールはもう随分と前に過ぎただろ、質の悪い嘘だろう、と未だ信じられない思いで部屋の窓の外を覗いても空は相変わらず気持ち良いまでの晴天で、……強いておかしい点を上げるならば、先程まで居なかったはずのこの辺では見たことのない大きな鳥がこの空を覆うように飛んでいる事くらいだけだ。
混乱した頭はいいしれぬ恐怖を生み出し、カタカタと身体を震わせはじめたおれは、手近にあった気に入りの音楽プレイヤーの電源を入れた。
するとヘッドフォンから流れはじめたのは、聞き覚えも、入れた記憶もない――不明なアーティスト項目のタイトル不明のナンバーで(普段おれは曲を入れるときにアーティスト名とタイトルを必ず書き込むようにしているから、そんなものが入っている事はまずありえない)、それは途端に耳元でおれに語り掛けた。

「生き残りたいだろ?」

おれは弾かれたように家を飛び出した。



のどかだったはずの休日の街は、パニック状態に陥り、慌てふためく世界を嘲笑うかのように、高くそびえ建った摩天楼達がゆらゆらと陽炎のように揺れて見えて気持ちが悪くなる。
落ち着け、このままじゃあ流されて、きっと逃げられねぇだろ……どこに行けばいい?
ぶんぶんと赤い頭を振り、プレイヤーのボリュームを上げる。
ヘッドフォンが語り掛けてきたあの声は、紛れもなく知らない口調(こえ)なのに何故か自分のもののように聞こえて、こいつの言うことだけは信じても良いと、不思議と根拠もなしに思った。

「ユースタス屋、お前が知ってるあの丘を越えたら20秒で、あの『地球が終わる』という言葉の本当の意味をお前は嫌でも知ることになる。……おれを疑うな、耳を澄ましてよく聞いて20秒先へ、お前の足ならまだ間に合う…だから……走れ」

また語り掛けてきたヘッドフォンの声に、とにかく早くあの丘へ行かねばならないとおれは必死で地面を蹴り付けた。
しかしパニック状態に陥っている街中はもちろん、交差点は信号なんて誰もが無視して大事故、そのせいで身動きがとれなくなって大渋滞を引き起こし、老若男女関係なしに先程のニュースを聞いた奴らは、みんな我先に逃げようとあわあわしている。
どけっ、おれが先だ!!お前邪魔なんだよっ!!といったような自分勝手な怒号や、この異様な空気を敏感に肌で感じ取ったらしい赤ん坊の泣き声が響いて、混乱はさらに加速していく。
とうとう自分ばかりは助かろうと前方にいる人を殴るは蹴るはで押し退けかき分け暴れだすヤツが現れたら、次いで乱闘に巻き込まれたらしい少女の耳にくる劈く悲鳴のような甲高い泣き声が結構なボリュームのヘッドフォン越しに聞こえた。
おれはただ一人どうにか逃れようとする奴らの流れに逆らいながら、赤い髪の毛を振り乱しあの丘を目指して走る。
その途中でもはや逃げることを諦めたらしい神父が、道の端で一心不乱に神よ……と祈り始めたのを視界の隅でちらりと見た気がした。

一刻も早くあの丘の向こうへ――。
ヘッドフォンからは依然声がして、おれを急かすように告げる。

「おい、ペースダウンするな、もう少し急げ、あと12分だ」

そういえば何が原因で地球は終わるのだろう、とおれは走りながら漠然と思った。
ラジオの声は明確な理由を言ってなかったような気がする、……もしかしたらおれが聞き逃したのかもしれないが、明確な原因も分からずに逃げるのは無駄な努力だと思う。
いやでも、自然現象なら逃れる術はないだろう?…ヘッドフォンの声は、あの丘の向こうへ行けばその理由を嫌でも知る事になるとか言っていた。
一体どういう事だ?

「おい、ユースタス屋…今は考え事をするな、全力で走れ」

ヘッドフォンをつけて、相当なスピードで駆けているはずなのに、合唱にしては酷すぎる大音量の悲鳴たちはおれの耳に届く。
だんだん視界がぼやけるのを感じた。
走りすぎで、胸が苦しい。

「さあ駆け抜けろ、もう残り1分だ」

ヘッドフォンの声がまた何かを言っていたような気がしたが、何を言っているのかは分からなかった、聞く余裕がないのだ。
だが分かることは目指していた丘の向こうはもうすぐ目の前に迫っているという事だ。

息も絶え絶えたどり着いた丘の向こうで、あがり切った呼吸を整えようと深く息を吸って顔を上げた瞬間、信じられない物をおれは見た。
晴天だとばかり思っていた無限の空には、何故か不自然な継ぎ目があって、この空が壁に映し出された偽物であることを示すかのように上の方には小窓がついていた。
その窓の向こうで白衣を着た科学者らしき人物たちが、何やら手を叩きあいながら嬉しそうにしている。

「素晴らしい!!」

愕然とした、一体どういう事だ。

くるりと自分が駆けてきた方を振り返れば、街の風景はまるで精巧で(例えるならラットの代わりに人間を飼育実験するような)手の込んだジオラマ生体実験施設のように見えて。
訳が分からず再び窓の向こうを見ていたら、不意に…もう不必要だ、とかいう物騒な声が聞こえたかと思えば、科学者は片手間に何かを小さなものを投げた。
まさか――。
おれの背後で盛大に派手な爆発音がしたかと思えば、おれが走ってきた方……つまり街の方から凄まじい熱風がおれに吹き付けて、おそるおそる振り返れば、派手に燃え上がる炎が目についた。

「……は、何だよ」

おれは、おれたちはこの箱の中の小さな世界で、いままでずっとあいつらに観察されながら生きてきたんだ…。
全部造られてた、偽物。
世界が広大であることも、この空の向こうには無限の宇宙が広がっていることも、何もかも……。
この燃え尽きていく街だったものを見ていれば、分かる。

「…全部、何もかも、嘘だったんだ」

ガクンと膝が地に着けば、また耳元から声がした。

「…ごめん、」





衝撃カタストロフ
(疑心ばかりが、この胸にうずまいて)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

120503

ごちゃっとしすぎた……、これ元々は動画作りたいなとか無謀な事を考えてただけなんで、ちょっとムリがあったかもしれない…。