癒しの旋律 下 | ナノ


癒しの旋律 下
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「えっと…君は幸村、て言うの?」
「そうでござる、たった今そう申しましたぞ、猿飛佐助殿?」
「ああ、そうだった…ごめんね幸村」
「お気になさいますな、佐助殿」

動揺のあまり、歯切れが悪く情けない応対しかとれなかったが、佐助は深呼吸してなんとか自分を落ち着かせることに成功した。
それにしても物凄く堅苦しい武士言葉である。
一体どんな設定だ、と思ったがボーカロイドは個性豊かとCMで言っていたので、気にはしないが。

「幸村はボーカロイドでいいんだよね?」
「そうでござる」
「女の子タイプじゃないんだよね」
「某はよく間違えられるが、男でござる!!」
「(やっぱ間違えられるんだ…)」

と幸村は歎く様な雰囲気で反論した。
それを聞いて佐助はがっくりとうなだれた、本日二回目である。

「……佐助殿は、『い』……『かすが』のようなすっきりと通る澄んだ声が良かったんでござるか?」
「(い?)……そりゃあね、アンタもなかなか可愛い顔と声してるけどさ、こう言っちゃ悪いと思うけど、俺様女の子タイプが欲しかったんだもん…目の前で売り切れちゃったけど…その帰りがけに幸村を見つけたんだけどね」

くすん、と鼻をすすって泣き真似をして、仕方ないと言うように佐助は肩を竦めた。
その姿を見た幸村はしばらく黙り込み何かを決心した様な神妙な面持ちで言葉を発した。

「…っ、佐助殿は、俺のような声でなく、女子のような愛らしい声がよかったのでござるか!」
「まあ…ね、でもアンタも十分可愛いよ」
「そうか…」

幸村は己の荷物から佐助にすっ、と一枚のROMを差し出した。
それは『Option』と書かれたCDで、先ほど佐助が使ったものとはまた違う物である。

「何これ?『Option』?」
「これを某にインストールしてくだされ」
「いいけど…」

そう言って佐助はROMを受け取り、幸村にヘッドホンを被せてUSBで繋いだ。

「いくよ?」
「はい」

幸村がデータを受信するべく瞼をとじたのを見て、佐助は実行ボタンをクリックした。
数分後――インストールは滞りなく終わった。
佐助が幸村の方を見れば、目を閉じていた彼は自分でUSBを引っこ抜いていた。
佐助は幸村を見て妙な違和感を感じた。

「……あれ?」
「?」

くりくりとした瞳と視線が交わると、起動した時のようににこりとふんわりとした笑顔でこちらを見た。
何かインストールしたら、微笑むように設定されてでもいるのだろうか。
その微笑みはまるで、愛らしい撫子の様で。
先ほどまでの凛々しさとは違い、愛らしい雰囲気で再び佐助の前に立つ。
佐助はここで違和感の理由を確信した。
幸村の身長が低くなった気がするのだ、先程はつむじがそこまで見えなかったが、今ははっきりと見える。
幸村は佐助の服の裾を軽く握って、ぽってりとしている可愛らしい唇から音を発した。

「さすけどの」
「!!」
「こんな感じはどうでござるか?」

この声はお気に召しましたか?
いつの時代だ、と突っ込みたくなるござる口調は相変わらず堅苦しかったが、佐助は内心悶絶した、原因は言わずもがな幸村の声である。
先ほどの凛々しい声も佐助は好きであったが、こちらの声は佐助の好みのど真ん中にきたようで(俺様、今まで生きてて本当によかった!!)と脳内で大騒ぎし乱舞していた。

「さすけどのぉ、某を無視しないでくだされぇ」
「っ、ごめん幸村!………でもアンタ可愛すぎるんだよ、もう襲っちゃダメ?」

無言になった佐助に心配したらしい幸村が裾を引けば、佐助ががばりと幸村を抱き締め、それに今度は幸村が面白いくらい狼狽える。

「な、ななな何を申されるか、佐助殿!!そ、そのようなはれ、破廉恥な事を言うのは止めてくだされぇ!!そ、それに某はボーカロイドでござるぅぅぅ」

半泣きで、「某は歌うのが仕事で破廉恥な事をするのは仕事ではありませぬっ!」とボーカロイドでありダッチワイフではないと強く主張する。

「吃りすぎー、あーかわいーねぇ」

もう冗談に決まってるでしょー、と佐助は幸村を宥め、それからしばらく幸村は佐助にさんざんかまい倒された。
少々ぐったりとした幸村に、やっと落ち着いた佐助がごめんと幸村に謝り、話を仕切りなおした。

「とりあえず、取り扱い説明をさせてくだされ」
「ん、どうぞ」
「ゆきますぞ、取り扱い説明をさせていただきまする」

ス、と幸村の目が真剣なものに変わり、朗々と語りだした。

「この度は伊達コーポレーション及び株式会社土佐……独眼社の商品“シンガーヒューマノイド”をお買い上げいただきありがとうございます。本品『真田幸村』は…ガガッ、『幸村』は……」
「どしたの?」
「……すみませぬ、データが消されて残っていないみたいでござる…」

だんだんと声だけ最初のように低くなりながら、恐らく初期化されている、としょんぼりと眉をハの字にして、幸村は詫びる。
そんな幸村を見て、佐助は慰めようと口を開いた。

「…じゃあ変わりに、幸村がボーカロイドの事で知ってる事を教えてよ、俺様ボーカロイド初心者だからさ」
「承知!それでは、それぞれの特性を申し上げまする。
まず佐助殿が欲しかった『かすが』はツン8テレ2の意地っ張りの感情豊かな女子タイプでござる。
次は『元就』殿、あの方は株式土佐の元親社長曰く『女王様気質』のツンデレで冷静沈着、しかし予想外の事態に陥るとその仮面が剥がれ少し騒々しくなる男子タイプでござる。
この二つが今商品の中でそれぞれ人気を誇っておりまする。
他にも人懐こいのが売りの『いつき』殿や、某には理解しかねますが電波で那由多の先まで見通せるという巫女の『鶴姫』殿、…某は苦手でござるが、いつも恋せよー!と桜を纏う『慶次』殿、あと某が知っているのは、『小十郎』殿…たしかあの方は非売品で伊達コーポの政宗社長の秘書を勤めておられたはず…。」
「……あれ?幸村は?」

佐助が疑問を口にすると幸村は丁寧に答える。

「某の型番は現在店に存在しておりませぬ、むしろ某の型番は某のみとなっております」
「非売品とかそういう訳じゃなくて?」
「自信はありませぬが…某は多分、新機種の試作品か何かでござるよ」

酷く曖昧な返事に、佐助はさらに首を傾げた。

「所々でデータが余り残っていないのだが…、ただ破棄処分に成り掛けたのような気がするのでござる…たぶん、それで某は逃げたのだと思うのだが……」
「ものすごく曖昧だね」

佐助がそう言えばしゅん、と幸村は肩を落とした。

「それで、某佐助殿に頼みたいことが有るのですが…」
「なーに?」
「某をここに住まわせて下され」
「うん、いいよ」

もともとそのつもりだったし、となんともあっさりとした返事である。
幸村が目を丸くしていると、佐助は言葉を続ける。

「破棄されかけて所々データがぶっ飛んでいても、幸村が歌ってくれるんならいいんだ。もうマスター登録もしちゃったし、途中で見放すような薄情者でもないさ」

それに、いつか足りないデータなら俺様がプログラミングしてあげるよ。と佐助は笑う。

「ありがとうございまする!某、佐助殿のために精一杯歌わせてもらいまする!!佐助殿は如何様な歌がお好きか?某歌を覚えまする!」

すると佐助は、拳を握り熱く叫ぶ幸村を引っ張ってふかふかするソファーに座らせる。
幸村は疑問符を飛ばしつつもそれに従い腰を下ろすとと、佐助は幸村の膝に頭を乗せた。
所謂、膝枕という状態である。

「佐助どの?」
「…すー」
「…まずは安眠のできる子守唄でござるな」


疲れた貴方僅かばかり癒しの歌届けましょう
(ありがとうでござる佐助殿)

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120212