癒しの旋律 上 | ナノ


癒しの旋律 上
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時は群雄割拠の戦国時代…ではなく、文化文明が大いに進んだ現代。
かつて戦国の世の武士達は鎧兜をその身に纏い、国のため主君のため愛する誰かのために武器を手に取り戦っていた――今では男女問わず鎧の代わりにスーツに身を包み、ある者はさまざまな書類片手にオフィスや街を汗水流しながら駆けずりまわり、ある者はパソコンとにらめっこしながら眼精疲労と闘いながら仕事をする、またある者は己の持てる技術を駆使してこの不況の続く世を生き抜いていた。
そんなある意味ものすごく荒れたこの今の世に暮らす人々の心は酷く荒み、このままでは景気が回復しても何も変わらない、どうにかしなければ、と一念発起した男がここにいた。
それは東北に本拠地を置くまだ小さなプログラミング系の会社―伊達コーポレーションの若き社長、伊達政宗である。
しかし彼は自分一人の力だけではどうにもできない事に気付いていた、そこで絡繰り技術に長けているという当時四国――主に高知を中心に活動していた株式会社土佐の若社長、長曾我部元親に話をこう持ちかけた。
この不景気の世の中を引っ繰り返してみねぇか、と。

「俺はこれで今の荒んだ世の中をなんとかしたいと思っている、だがそれには俺に無いアンタの技術が必要なんだ」

パサリ、と纏められた書類を政宗は元親に見せる。

「ほぅ………なるほどいいぜ、アンタのその世界を引っ繰り返すってのに、俺も協力すらぁ!」
「Thanks!」

こうして彼らは協力し独眼社を立ち上げ、長い歳月をかけて“あるもの”を創りだした。
プロトタイプであったそれが市場に出て発売される事はなかったが、ある噂によると男女両方の歌声を持っていたらしい…それはもはや伝説だが。

「Finish!」
「ついに、やったな!」
「ああ、アンタの絡繰り技術のおかげだ、ありがとう西海の」
「アンタのプログラミング技術がなけりゃここまで出来なかったぜ、竜の兄さん」

がばり、と興奮気味に抱き合って喜びを表現した男たちは、出来上がったソレに名前をつけた。
それの名前は、荒んだ心を美しい歌声で癒す『シンガーヒューマノイド』通称『ボーカロイド』
ボーカロイド達は瞬く間に普及し、その整った顔と素晴らしい歌唱力で疲れた人々の心を癒し、世は不況から僅かに回復をした。
そんなボーカロイドシリーズの中でも群を抜いて人気の機種がある。
それは発売した当初から人気で、高く透明感のあるハイパークリアボイスを持つ女性タイプの『かすが』と鋭く伸びやかなで聞き心地の良い声を持つ男性タイプの『元就』という機種である。
そして今日もボーカロイドの軽快で明るい宣伝が流れ、世界は美しい癒しの音で溢れている。

〜♪
悲しんでいませんか?
傷ついていませんか?
辛くはありませんか?
疲れてはいませんか?
そんな貴方に癒しの歌声を届けましょう。
貴方へ福音を独眼社のボーカロイドがお届け致します。



今や大人気のボーカロイドはショッピングモールの一角で売られており、今日は人気商品の入荷が有るということで人一倍人で溢れている。
そしてその人混みの中に仕事に疲れ心が病んでしまった一人の男が、今大人気のボーカロイドの美声に心癒されようと買いに来た…のだが、悲しい事に自分が買いたかった機種は目の前で売り切れてしまったのだ。
この不幸な男の名は猿飛佐助という。

「次の入荷がわからないから予約も出来ないなんて…ホントに俺様ついてないや」

佐助はがっくりと心境とは正反対の明るい橙色の頭を下げ、しょんぼりというよりげんなりとした様子で店を後にした。
ちなみに佐助が欲しかったのは、大人気種の『かすが』で、最後の一体を宝塚風の人物が薔薇を撒き散らしながら踊るようにスマートに買い取っていったのである。

「…悲しいなァ、貯金をはたいて来たっていうのに」

重い息を吐き出しながら、とぼとぼと自宅に帰るべく街道を歩いていると、ふと路地に何かがあるのが目についた。
気になった佐助が路地に足を踏み込んでみたら、人が壁に寄り掛かるようにして倒れている。

「ちょっ、えぇ!?」

すらりとした細い体には少し大きいであろう赤いライダースから覗く肌は病的に白く、またさらりと水のように流れている色素が薄い茶髪は襟足だけが伸ばされ、赤い紐で結ばれている。
ともかく赤がよく似合うきれいな女である。
佐助はそんな見ず知らずの女を背負って「何で俺様こんなことしてるんだろー」と一人ぼやきながら、手当てくらいはしてあげようと家に連れ帰った。
決して疾しい気持ちがあった訳ではない。
ただ普段なら何事もなかったかのように見捨てる――そのせいで冷血だのと言われるのだが、今日は何故か助けようと体が勝手に動いたのだ。
佐助は女を背負い家へと帰って行った。



「それにしても全然起きないねぇ…女の子がこんなに無防備で大丈夫なのかねぇ?」

連れ帰って手当てをしたは良いが、声をかけても頬をつついても一向に目を覚ます気配はない。
悪いなと思いつつ、佐助は彼女が持っていた鞄の中を少しあさらせて貰った。
鞄の中に彼女の身分を証明をするようなものはなかったが、赤いパンプスを始めとした女物の赤い服や見覚えのある形のヘッドホン、USBケーブルなどが入っていた。

「このヘッドホン…あれ、まだ入ってる」

手とともに鞄から引っ張りだしたのはそれぞれに『Download it with a PC first』『Option』と油性ペンでケースにかかれた二枚のCD-ROMであった。
これを見た佐助は未だ目を覚まさない女を凝視する。

「…もしかしてこの子…ボーカロイド?」

この特殊なヘッドホンとUSBそしてCD-ROMが、何よりの証拠である。
そして佐助のこの予想は的中する、ただし若干のズレはあったが…。

「かわいーねぇ、一体どんな声なんだろ…俺様好みだといいな」

と、未だ眠ったままの彼女の頬をふにふにとつつき、佐助はパソコンのスイッチを入れた。
ボーカロイドを起動させるのは実に簡単だ。
各機体とパソコンをUSBとヘッドホンで繋ぎ、付属のROMをパソコンから機体にインストールするだけである。
パソコンの画面に「インストールが完了しました」という文面が表示され、続いて登録画面が現れた。
どうやらこれに自分の名前やらを登録することによって、所有者――マスターとしてボーカロイドに認識されるらしい。

「…猿飛佐助っと」

全てを打ち込み終え、Enterキーを押すと登録完了しましたと画面にうつる。
佐助はソファーに寝かされているボーカロイドを見つめた。

「…」

しばらくするとボーカロイドは目覚め、半身を起こして辺りを見回した。
ぱちり、佐助と目が合うとにこりと可愛らしく笑って、立ち上がった。
立つ姿は凛々しく先ほどまでと雰囲気が変わっているような気がするが、佐助はその事はさして気に留めなかった。
ボーカロイドの知識をあまり持っていなかったのと、起動して動いたからだと思ったからである。
そしてボーカロイドは佐助の前に立つ、身長は佐助よりわずかに低く、佐助の視線より少し高いくらいであった。
ゆっくりとボーカロイドは口を開いた。
佐助は期待に胸を高鳴らせる。

「…某、幸村と申す、貴殿が某のマスターでござるか?」
「!」

元気よく、ボーカロイド…幸村が言葉を発し、佐助を見つめたが、佐助本人はちょとしたショックで固まっていた。

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120212