幸村武闘即興円舞曲 | ナノ


真田武闘曲―即興円舞曲
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※危険な黒幸村居ます

そなたにもして差し上げようか?
いやいや、遠慮など要らぬ某がしてやろう。
にやり、と妖しく笑うのその姿はまさに赤鬼の虎若子。
其処に響くは、恐れる悲鳴。
周りは酷く騒々しい―悲鳴、雄叫びといった喧騒に包まれていた。
それは何故か、答えは至極簡単である…此処が戦場であるからだ。
ある者は死の恐怖に恐れを抱きその身体を震わせ、またある者は己の名をあげるため勇ましく敵を討ち取る、また少しばかり腕に自信がある強者は雄々しく、また朗々と名乗りをあげ、眼前の紅い若武者の首を求めて斬り掛かった。
紅い若武者に向かっていったその男は意気込んでいた、なぜならこの若武者を討ち取れば、自身の名は日ノ本に轟くだけでなく、主君に取り立ててもらえるのだ、それも確実に。
名乗りをあげるのは戦場ではさして珍しい光景ではない、しかし長々と名乗るのは得策とは言えないだろう。
結局男は若武者首を取るどころか、一太刀も浴びせる事なく若武者によってもの言わぬ骸として地に沈められてしまった。

「某は真田源二郎幸村!名をあげたい者、死を恐れぬ者からかかってこい!!」

若武者―真田幸村は先ほど己が地に沈めた男を見向きもせず、声高にそれでいて手短に名乗り周りの敵を其の手に持った二本の真っ赤な十字槍で屠った。
ごろり、と足下に転がった敵だったものを見下しながら「この日ノ本に強者はもう現われないのだな…」と呟き、槍を振るい、振るう。

「全くもって片腹痛い、雑魚兵なぞには用などないわ。俺が求めるのは、より激昂な殺し合い(やりあい)だけだというに…」

普段は影に潜む己の嗜虐心が、戦場では顔を出す…真田幸村は戦場では、残虐な紅蓮の鬼となる。
今回はそれがいささか過度であったようだ。
ふと目についた敵兵を見て、普段は太陽のような明るい笑顔を浮かべる精悍な面に黄泉の冷気を纏った笑みを浮かべて、口を開いた。

「…お前は何処を斬られたいのだ?」
「ひっ」
「胴体か?足か?それとも……ココか?」

槍の穂先であげていった部位を指せば、雑魚兵の顔が恐怖でいびつに歪む。
それを見て、幸村は愉快な心持ちになるのを感じた。
どうやら目の前の雑魚兵は恐怖のあまり、声が出ないらしくカタカタと震え答えない。
結局幸村は雑魚兵が身に纏う硬い甲冑の奥にある心の臓目がけて鋭い突きを繰り出した。
普通の者には真似できない甲冑を砕くといった芸当も、剛腕をほこる幸村だからこそできるのであろう。
人の生を奪い飛び散る赤に思わず悦った笑みが零れる。
自分は気付いたのだ、

「ふ、死を恐れる顔のなんと美しいものか…実に愉しい!いとおしい!」

この戦場で恐怖や苦痛に歪む顔は美しく、自分にとって興奮剤となり、あがる断末魔は子守唄よりも心地好いものであることに。
楽しげな表情をしたまま、敵兵をばっさばっさ斬り殺していく幸村の姿を、ある男は何とも言えない微妙な顔で見ていた。

「いい加減落ち着かせないと、戻れなくなっちまう…まるでどこかのだれかさんみたいに」

それは孤独の諫言、この喧騒の中で紡がれたこの言葉は誰の耳にも入らなかった。
男は再び己の武器を振りかざし幸村を追いかけた。



ブォォォォ
法螺貝が戦場に響き、戦の終わりを告げる。
どうやら勝ったみたいだ。
男は自分の主を鎮めるために跳ぶ、あの後見失ってしまった主を見つければ、己の属性である炎をその身に纏い立って居た。
積み上げられた屍の上に立っていた幸村はそこから降りて、指先から燃え出る地獄の業火を十字槍の穂先に纏いその山に投げつけた。

「まったくにおいが酷いな…、某の炎で灰になれば、少しはマシになるだろうか」

にや、と笑う幸村に戦慄し咽喉が引きつる。
何故こんなにも彼に恐怖を感じるのか、「帰ろう」の言葉が紡げない、声が出ない。
だがいつまでも此処に居させたら、きっと旦那は……。

「いつまでそこに居るつもりだ、佐助」
「っ」

不意に声をかけられて、小さく跳ねてしまった肩を宥めながら、アンタが怖かったなんて言える筈もなく、いや、ちょっと…と言葉を濁すしかできなかった。
そうやって誤魔化す事しかできなかった。

「…旦那、帰ろ」
「ああ」
「もう戻ろう」
「……分かった」

動かない幸村を促すのとは別の暗に含んだ意味を汲み取ったのか、佐助が差し出した手を取り幸村は己の主君であり師でもある信玄の待つ本陣へと帰っていった。

これで大丈夫、もう還ってきた。俺様の大好きな旦那だ。
ああ、まだ戦場だというのに心安らぐのは彼を慕っているから。
しかし佐助はこの時、狂気に染まる紅がおかしくなっている事に気づけなかった。

(それは愛なんかじゃないよ、だから早く戻っておいで)

繋がれた先の体温を信じるばかりに。



あの時どうすべきだったのか、拒めば良かったのか、逃げれば良かったのか、佐助には何もわからない。
先日の戦から数日―漸く戦後処理を終えた幸村は、未だに戦で感じたあの歪んだ快楽を忘れられずにいた。
その欲はきちんと昇華されることもなく、熱を持て余してしまっている。

(死と隣合わせの戦場で、恐怖に歪む敵の顔を見るのは実に心地よかった、また見たいものだが…生憎戦は暫らく無い)

「どうしたものか…」

文机の前を陣取り、腕を組み唸る。うんうんと唸りながら己の欲を満たす術を考えていれば、ある閃きが脳裏を過った。
その閃きとは…。

「味方にすれば、いい。そうすればきっと戦場より満たされる」

きっと戦場では得られぬ背徳感のある快楽が味わえるだろうと、彼は嬉しそうに笑うが、それを実行するには問題があった。
手当たり次第で実行すれば、謀反または裏切りとみなされる上にその後に悪影響が生じてしまう。
それでは意味が無い。

「さて、誰にするか…」

条件は普段そんな表情をせず、なおかつ耐え性があり、その上で口が固く俺が好印象を持つ者。
お館様はありえない、条件は満たしているが主君だ。それこそ謀反で打首または切腹ものだ。
まあ、する気も起きぬが。
あの御方は駄目だ。

「あ!」

居るではないか、一番身近に適任者が。
何故気付かなかったのだろう。
耐え性があり、普段は飄々としていて、俺が唯一愛していると言える男が居ることに。

「ふふふ、実に楽しみだ。あやつは一体どのような顔を見せてくれるのだろうか」

と一言述べ、支度に取り掛かるために立ち上がったが、無性に団子が食べたくなった。
おそらく戦続きでのんびりと団子を食べる機会がなかったためだろう。
団子を頼むついでに、夜部屋に来る約束を取り付けようか。

「佐助ぇ、」

腹が、減った。



そして団子も夕餉も食べ、湯浴みも済まして部屋で寛いでいたらあやつは漸く部屋の前に現れた。

「佐助か随分と遅かったな、待ちくたびれたぞ」
「仕事片して来たからねえ、それじゃ失礼しますよっと」

両手が塞がっているため、行儀悪く足で障子を開けそして閉めた。
器用な奴だ。
ふと独特の香りが鼻腔を擽る。

「む、酒か」
「あったりー、これから暫らく戦は無いから旦那も落ち着けるかなって」
「ふむ、早う座れお前も疲れたであろう」

ぽんぽんと自分の隣を叩けば、少し間を開けお邪魔しますよと言いながら大人しく座った。
まことにかわいらしい。



昼間に団子の用意ついでに夜に部屋に来いと言われた時は何事かと訝しんでいたが、実際に酒を持ち込んで行けば何事もないように、酒を飲み話をするくらいで安心していた。
その上城の警備も全部指示を出してきたし、緊急時は才蔵に押しつけるように任せてきたから気も抜いていた。
仕事の心配もなく、気を張る必要もなかったから、まさかあの旦那が突然暴挙に出るなんてこれっぽっちも思っていなかったから、反応できずになすがままこの状況を理解しようと佐助の頭はくるくると回転していく。

「佐助」

えーと、何が起こったのかな…さっきまで話ながら酒飲んでて、旦那が突然俺を押し倒して、馬乗りになって……る?
そんでもって、こっちを見つめて…る、のか?
一体全体どういうつもりなのか…。

「だ、ん…な?」
「佐助」

上を見れば目が合う、当たり前だ彼は今自分の上に乗ってるんだから。
乗るのは別に構わないさ、本当はあんまりよろしくないけどね。
でもさ、その目は何?そんな目で俺を見ないでくれよ、なあ、いやだ。
まるで、

「なあ佐助、俺の頼みを聞いてくれないか」
「…拒否権はあるの?」

ああ、その目はまるで

「頼みを聞いてくれないなら、命令に切り替えるが」

そう言って口角をあげる。
喉が渇いて、声が出ない。
その目はまるで、あの時の戦で見た冷たい鬼の目。
こわい、旦那がこわい。
佐助はいやな汗が服に滲むのを、ただ耐えることしか出来なかった。
逃げることもできずにいると突然息が苦しくなった、原因は言わずもがな幸村なのだが…佐助には分からなかった、何故幸村がこんなことをするのか。
理解できなかった。
苦しくて涙が、こぼれた。
ね、それには愛があるっていうの?



「佐助」

隙をついて押し倒し、起き上がれぬよう、抵抗できぬように馬乗りになった。
佐助はどうやら混乱しているらしい、早く美しい表情を見せてくれ。

「だ、ん…な?」
「佐助」

おずおずとこちらを伺う佐助の表情には、困惑がありありと書かれていた。
そして目が合った。
困惑の表情にちらりと恐怖が覗きはじめる。

「なあ佐助、俺の頼みを聞いてくれないか」
「…拒否権はあるの?」
「頼みを聞いてくれないなら、命令に切り替えるが」

口角が上がるのを感じる。
滲みだした恐怖の感情が広がって、俺はつい先日に感じた以上の快楽が生まれるのに気付いた。
少し心苦しいが気持ちよい。
だが、まだ足りぬ。

それは、行動として現れた。無意識に手が佐助の首にかけられていた、締め付ける、息ができなくて苦しいのだろう、佐助は顔を赤くしてぽろぽろと泣いていた。
実に美しい、しかとこの目に焼き付けておかねばならねば。

「なんと愛しい、やはりアレらとは違う…お前は美しい」
「…ぁ、ひゅっ」
「佐助、」

金魚のように口をぱくぱくとさせる佐助に気がついた幸村は、すまなんだなと言って手を離した。
するとぜひゅぜひゅと音をさせながら不足した酸素を佐助は取り込んだ。
しばらくして落ち着いたのか、困惑と疑問といろんな感情がごちゃごちゃと混ざった表情で

「な、んで…こんな、事すんの…?…アレらって、なに?」

と絞りだした。
彼は答えた、軽く…まるで団子を強請る時のような雰囲気で。

「…ただ恐れる表情(かお)を見たかっただけだ、俺は先日の戦場で気がついたのだ“人とは恐怖に顔を歪めた時が美しい”と」
「……」
「その表情をみるとな、憎らしい敵ですらいとおしく思えるのだ、不思議だろう?そこでな…愛しい者のそんな顔をこの手で生み出したら、どれほどにまでいとおしく、感じるのか気になってな」
「…っ」
「だが佐助、泣く必要などないぞ。別にお前が殺したいとか、お前を殺そうなどとは全く考えておらぬ。佐助が嫌なら別の策を考えよう、なにも俺はお前を喪いたくはないのだから」

饒舌な幸村に恐怖、彼はもっと口下手ではなかったか?いや、これが彼の性質だったのか。
猪突猛進の戦馬鹿な面に隠され、普段滅多にお目にかかる事のない智将が前面にでたのか。
ただひとつ言えること、


もう、戻れない
(なあ、もう一度よいか?)
(アンタの愛があるなら、好きなだけ)

彼はそっと首に手を這わせ、唇を合わせた。

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120207