The field outside | ナノ


Charming girl
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「姉さん、いつも言うけど、ヘマしないでね」

毎朝、雪男は俺に釘を刺す。
青焔魔の子っていう事もだけど、俺が女だっていう事は、俺と雪男とメフィストだけの秘密だ。
もともと悪魔の尻尾を隠すために、男子生徒用の制服を面白がって着せたメフィストの発言が、この秘密の始まりだった。

「…しつけぇな、言われなくてもわかってるよ」

気を付けてくれてるのに、悪いな雪男…もう一人だけ、俺が女だって知っているヤツがいる。
俺はそいつとある秘密を共有しているのだ。
雪男ですら知らない秘密だ。



「…さっぱり分かんねぇ」

塾の授業が始まる前、高等部の方で出された課題を一生懸命やっていたのだが、シャーペンが止まってしまった。
元々中学校もまともに通っていなかったうえ、正十字学園は頭のいい進学校だ、正規に試験をパスしていない燐に課題は難しすぎた。
燐はキョロキョロと教室を見回して、課題のプリントを持って立ち上がった。

「勝呂ぉ」

勉強に集中している勝呂に声をかければ、キリのいいところまで書き終えてから、なんや?と顔を上げた。
勉強の邪魔をするのは大変申し訳ないが課題が終わらずに困るのも事実で、勉強教えて…、と頼む。

「……何処や?」
「これなんだけど、」
「ここ座りぃ」

勝呂は燐のプリントを見た後、ぱしぱしと自分の隣を叩き、燐に座るように促した。
燐が持っていたのは簡単な英語のプリントで、単語の日本語訳を問う問題であった。
英和辞典さえ有れば簡単に撃破出来るが、もちろん燐は辞書を持っておらず、勝呂も手持ちには古語辞典しか持ち合わせていなかった。
まあ、勝呂にはこのプリントに載っている単語など辞書が無くとも分かるのだが。

「まずは…village、やな…人が居るで、なんやと思う?」

素晴らしい発音で英単語を読んだ勝呂の隣に座った燐は、むぅ、と唸りながら答えた。

「……まち、か?」
「…近いけど、それやったらtownとかcityや」
「じゃあ…市?」
「それもcityや」

意味的にはなかなか惜しいところまで来ているのだが、正解には届かない。
勝呂は長期戦に備えて、広げていた自分の勉強道具を片付けた。

「……あ、国?」
「それはcountryや、遠ざかってんで」

誤答を繰り返し、なかなか正解にたどり着かない燐を後ろの席から黙って見ていた志摩が、失礼な事に突然ぶふぉ!と吹き出した。

「…何笑ってんだよ」
「ふく、いやぁ…奥村くんの答え、どんどん遠くなるんやもん」
「だったらお前は分かるのかよ?」

燐の言葉に、当たり前や、と志摩は胸を張って答えた。

「villageやろ?分かるで、野菜や」
「っお前はアホか、野菜はvegetableや!villageは村や村!」

どや顔で答えられた志摩のおバカ解答に勝呂の鉄拳が飛んだ。
かなり痛い。

「坊、酷い!何で同じ男の子やのに、奥村くんと扱いがちゃうの!?」
「志摩、奥村に間違い教えんな、そんで邪魔をすな!…ほら奥村、次いくえ」

志摩の訴えを無視し、逆に邪魔をするな、と凄んでから、プリントにある次の単語を指差す。
college、と流暢に読み、行く人も居れば行かない人も居る、というヒントを燐に与える。
しばらく悩んだ素振りを見せた燐は、珍解答をした。

「行くやつと行かないやつが居るのか……トイレか?」

何がどうなればそのような答えが出るのか分からないが、違う、と勝呂は否定する。

「トイレは皆行くやろ?」
「あ、分かった!車庫だ!」
「…ちゃう、車庫はgarage」
「……勝呂ぉ、ヒント教えてくれよ」

ぶぅ、と頬を膨らました燐は、ヒントを勝呂にせがむ。
そういうリアクションを男子高校生がするのには、少し薄ら寒いものを感じるのだが…。
勝呂にどつかれ、沈黙を保っていた志摩は不思議なものを見るように眺めていた。

「なあ、雪男はそこに行くのか?」
「…若先生って確か医者志望やったよな?」

雪男の進路を確認した勝呂に、燐はこくりと頷いたので、それやったら行くで、と答えた。
それからしばらくしても、結局燐は答えを出せぬまま塾の授業が始まった。
微笑ましいくらい穏やかな空気を作っていた二人は、志摩の何かを探るような視線には、気付かなかった。



「ねぇ、…兄さん学校の課題は終わりそう?」

授業が終わって直ぐ雪男は燐の元へやってきて、そう尋ねた。
普段なら寮で燐の課題を見ている雪男だが、今夜は任務で居ないため、自分が居なくとも燐が課題を無事終えられるのか心配しているのだ。

「…勝呂に訊いてるから、終わるし」

実はこの会話、一度や二度ではない。
雪男が夜に任務へ向かう時のお約束みたいなものなのだ、そんな奥村ツインズの会話とは別のところで、志摩が勝呂に質問をしていた。
内容は勉強の事ではなく、燐の事。

「ちょっとええですか、坊」
「どしたんや?」
「俺、気になる事があるんですけど…」

またエロ本のお姉さんの妄想とかいったしょーもない事だろうか、と思ったけれど、志摩がいつになく深刻そうな表情でそんな台詞を吐いたため、勝呂は真面目に、何や、と返した。

「さっき、奥村くんに英語教えてはったやない」
「…せやな」
「で、俺がおかしな事言うたらどつきはったやん」
「お前がアホな事言うたからな」

だから何が言いたいんや?と少しイラついたように、勝呂は眉間に皺を寄せる。
志摩はちらりと燐達の方を見て、口を開いた。

「最近妙に奥村くんに優しない?」
「は、…っ別に普通や!」

焦ったような反応では、言葉がいくら否定していても肯定しているようにしか見えない。
心なしか、頬が赤くなっている。
嫌な予感がした。
いや、元々思い当たるような節はいくつもあったのだ。
確実に燐に対する態度が軟化していたから、先ほどの珍解答だって、以前ならアホォ!の怒声とともに拳を飛ばしていてもおかしくはない。
いや気付かなかったのではない、認めたくなかっただけなのかもしれない。
意を決して言葉を吐き出そうとしたが、

「もしかして坊はほぶぉっ」
「すぐろー!さっきの続き教えてくれっ!!」

強烈な膝によるタックルを背中に食らった志摩は、最後まで言いきれず、床とお友達になった。

「コラ、兄さん!…志摩くん、大丈夫ですか?」
「…若先生、も少しお兄さんなんとかなりません?…今から、核心に迫る予定やったのに…」

核心?と首を捻る雪男をスルーし、まあええ!調度役者は揃うてんねん、このまま聞いたるわ!!と起き上がった志摩は、ビシィ、と勝呂と燐を指差して言った。

「坊は、ホモなんどすかっ?」

志摩の一言で、その場の空気が一瞬で凍った。
我関せずを通していた他の塾生達も、志摩のホモ発言に何事かと視線をやる。
ホモ発言された勝呂は、握った拳をふるふると震わせていた。

「…志摩ァ、それなりの覚悟があって言うたんやろうな?俺の納得できる理由を言うてみぃ」
「ひっ、や、やって…喧嘩ばっかしょうた奥村くん相手に、あないに優しゅう勉強教えとったし…、奥村くんにだけなんか態度がちゃうねんもん…せ、せやから奥村くんの事好きなんちゃうかなて」

思たんどす、とこの後の制裁への恐怖に怯えつつ、そう言い切った志摩の耳に、ふひっ、と笑う声が飛び込んだ。

「っ俺はホモちゃう、ノンケや!!」
「……、」

ふざけんな!と志摩に向かって腕を振り上げる勝呂を尻目に、雪男は何が思い当たる事でも有ったのか、深刻な表情で燐を見た。

(勝呂くんはノーマルで兄さん…もとい姉さんが好き……まさか、ね)

本来なら講師の立場である雪男は、早急にこの喧嘩を止めるべきなのだろうが、それよりも大至急確認しなければならない事ができた。

「志摩くん、勝呂くん…ちょっといいですか?」

志摩に対する怒りをぶつけるその前に止められた勝呂は、不機嫌オーラ全開で雪男の方を向いた。
一方志摩はこれぞ仏の助けおおきに若先生!と拝まんばかりに目を輝かせている。

「…あと、兄さんにも聞きたいことがあるから、逃げないでね」

本能からか、こっそり逃げようとしていた燐に釘を刺す雪男は、抜け目無い。
恐ろしい男だ。
燐はチッと舌打ちをし、渋々勝呂の隣に並んだ。

「…聞きたい事って何です?」
「志摩くんが言った事は事実ですか?」

志摩が言っていた事…つまり燐が好きだという事なのだが、勝呂が答える前に燐が、何言っちゃってんの、このメガネ!?とありえないものを見るような目付きで雪男を見上げた。
そんな風に追究したら秘密がばれてしまうではないか。
燐は焦りながらも、今度は勝呂を見上げた。
勝呂と燐の目が合う。
どないすんねや?と目で訴えられて、燐は観念したとでも言うように息を吐いた。
この間僅か数秒、なかなかのコンビネーションである。

「…俺は、」



「なあ、勝呂ぉーcollegeって結局なんなんだ?」
「…辞書引いたんか?」
「俺、abcの順番覚えてねぇもん」

塾での騒動から一時間後、奥村ツインズの部屋―旧男子寮―にて、勝呂は燐に英語を教えていた。
もちろん、雪男は祓魔師の任務で居ない。
ただし任務に向かうのを珍しく渋った所を現れたシュラに引き摺られていたが。

「……アレでよかったのかなぁ?」
「塾の事か?」
「うん」

結局あの後、勝呂は男前に宣言したのだ。
俺はホモちゃうわっ、んで奥村と付き合うとる!この意味が分かるかっ?!と、頬を赤くさせながら拳を震わせて、大音声で言ったのだ。
そんなわけで燐の秘密は一気に二つもばれてしまったのだ。

「いつかはばれてまう事やったんや、しゃあない……ホンマに志摩だけはムカつくけどな」
「…ああ、ホモ発言な……てかさ、志摩ってエロ魔神とか呼ばれてたんだろ?」
「それは小学校の頃やな」
「女の子大好きなくせに、俺ん事は気付かなかったよなアイツ」

からからと笑いながら、引けもしない英和辞書を雪男の机から勝手に拝借する。

「…俺的には、気付かんかって良かったわ」
「何でだ?」

英和辞典のcのページを開きながら首をかしげて理由を問えば、そりゃお前…、と何かを言い掛けて勝呂は口を閉じた。

「………内緒や」
「…何赤くなってんだ?」
「っやかまし、さっさ引きぃ!」

何に照れたのか赤く染まった頬を隠すように、勝呂はそっぽを向いてしまった。


守備範囲外で、安心してた
(…なんて言えるわけないやろ)
(お前は魅力的だから)
(これから先が思いやられるわ)

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椿さま、どうでしょうか?
勝♀燐+塾生でお付き合いばれちゃう話、ちゃんと形になってますかね…?
無駄に志摩がかわいそうな事になってしまって…、後作中で燐が間違えた英単語は私と後輩の実話です←
お持ち帰りは椿さまのみ、お願いします(^^)
企画参加ありがとうございました

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