again(フリリク) | ナノ


again(番外)
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今日は日曜日。
学校が無ければ、珍しく祓魔師としての仕事も入っていない完全な休日。
レポートや課題は既に済ませたので、今日は食料品を含めた生活用品と祓魔屋へ買い物に行こうと考えている。
それぞれ買う物のリストを作ったのはいいが、祓魔屋とスーパー、どちらから済ませるべきか。
腕を組み、一番効率のよい方法を考えていると、携帯電話がメロディにあわせて震え始めた。
燐からの電話だ。

「…もしもし」

通話ボタンを押して電話に出れば、勝呂今日暇か?今家か?と矢継ぎ早に燐が尋ねる。

「なんやねん朝っぱらから、ちょっと落ち着きい」
『…頼みがあるんだ』

頼みってなんや、と聞き返そうとしたが、言う前にアパートのチャイムが鳴った。

「…誰か来たからちょお待ってや」

ぱたぱた、と短い廊下とも言えないような道を通り、玄関へ向かう。
ガチャン、という音を立てて、無用心にも覗き穴で誰が来たのか確認せずに扉を開ければ、そこには携帯電話を耳にあてたままの燐が居た。
今日は常服ではなく普通の私服にニット帽を被り、カバンを肩にかけている。
左手をあげて、おはよー勝呂!と朝の挨拶も忘れずに。
勝呂はとりあえず携帯電話の通話状態を切り、少し眉間に皺を刻んだ。

「…お前は何しとるんや、奥村」
「ちょっと勝呂に会いたくて、来ちゃった」
「来ちゃった、ちゃうわ!今何時やと思とるねん!!」

俺は起きとるからええけど、余所でやったらアカンやろ!と燐を叱る勝呂はまるで母親のようだ。
ちなみに現在時刻は朝の7時26分である。
他人の家を訪ねるのには、ちょっと…いやかなり早い時間と言えよう。
これ以上玄関先で騒いでいても、近所迷惑にしかならないので、勝呂は燐を部屋に通した。

「で、何しに来たんや?」

小さなちゃぶ台を挟んで座り、燐の前にお茶の入ったコップを置いた。
なんだかんだ言いながら追い返さないのは、単に勝呂が優しいのか、それとも燐が相手だからなのかは分からない。
前者も考えられるが、以前志摩が、坊も男なんやからご入り用かと…、とニヤニヤしながらエロ本を持ってきた時に、しばいて追い返した後、数日無視するという行動に出ているところから、後者だろうと考えられる。

「あのな、勝呂に頼みがあるんだ」
「…なん?」

勝呂にしか頼めないんだ!と言う燐の表情は真剣だ。
あまりの真剣さに気圧されたのか、勝呂は無意識のうちに口内に溜まった唾を飲み込む。
燐の頼みとは何なのだろうか。

「…俺の髪の毛を切ってくれ!!」
「………、もっと大変な事かと思えば…散髪かい!床屋で切って来い!!」
「金かかるだろ!!」

いくら費用がかからないといっても、ド素人に普通頼むだろうか…いや頼まない。

「なら自分で切りぃ、自分器用やろ」
「後ろは上手に切れねぇんだよ!」

見てくれよ!!と燐は被っていたニット帽を脱いだ。
ばさり、と音を立てて青みを帯びた漆黒の長い髪が落ちた。
肩甲骨辺りまである長い髪が、だ。

「…どしたんやソレ?こないだ会うた時は短かったやんけ」
「悪魔の血なのか分かんねぇけど、爪とか髪とかは異常に早く伸びるんだよ」

くりん、とした毛先をつまみ軽く引く。
ふわふわとした燐の髪は、丁寧に手入れすれば、そこら辺の女にも負けないだろう。
さらにかわいらしさを残す顔立ちの為、髪の毛がこのように長いと女の子と間違えられてもなんら不思議はない。
そこまで考えて、はた、と思考を振り返る。

(俺は、なんちゅう事を考えとるんや…!!いくらかいらし言うても、奥村は男やぞ!!)

志摩やないんやから…、と勝呂は煩悩を振り払うように頭を左右に振った。

「髪は二週間でこんなだから散髪代バカになんねぇし、爪なんて毎日……って、どうしたんだ勝呂?」
「…い、いや、何でもあらへん、そないに困っとるんやったら、俺が切ったるわ」

ああ、のせられてしまった。
髪を切りおわったら、買い物に付き合わせてやる、と勝呂は一人決意し道具の準備を始めた。
つくづく燐には甘い男である。



しゃきしゃき、と鋏が鳴るたびに、重力に従って漆黒が落ちていく。
他人の髪の毛を切るという事は案外難しいものだ。
勝呂は櫛を使いながら、丁寧にそして慎重に燐の髪に鋏を入れていく。
しゃきん。

「…奥村、こんなもんか?」

んー、と返事をしながら、燐が後ろ髪を手のひらで確認する。
もふもふとした触り心地に満足したらしい燐は、こちらへ向き直った。

「ばっちりだ、ありがとな勝呂!」

にぱっ、という効果音をつけたくなるような笑顔で、礼を言う燐に照れつつも、どういたしまして、と返した。

「…奥村、」
「何だ?」
「さっきお前の頼みを聞いたったやん、」
「うん」
「今度は俺の頼みも聞いてくれへんか?」

そう尋ねれば、燐はこくりと頭を立てに振った。
勝呂は何を頼みたいんだ?と首を傾げる燐に、買い物に付き合うてくれ、と返す。
時間的にもちょうどスーパーが朝市をやっている頃で、手早く道具を片付け、財布と気に入りのエコバッグと奥村の手を引っ掴んで、勝呂はアパートを飛び出した。

勝呂のアパートから一番近いニコニコスーパー正十字学園店は、朝市を目的に集まった主婦達で賑わっていた。

(アカン、心が折れそうや…)
「あーあ、出遅れたなぁ…ってどうした?」
「いや、今から此処に乗り込まなアカンと思うたら……」

価格破壊のバーゲンセールなどに繰り出してくる主婦達の強さや、正十字学園の高価格な学食ではやりくりしていけない学生の執念は恐ろしい。
斯く言う自分も奨学生で苦学生だから、当てはまるのだが。
この場に乗り込んで商品をかっさらっていく人たちは、そんじょそこらの悪魔よりも厄介だと勝呂は思っている。
どうしたものか、と頭を悩ませていると、アパートから繋いだままだった手が下に引かれる。

「…勝呂、」

差し出された燐の手の意味を理解できず、凝視していたら、軽く小突かれた。

「違えよ、リスト!」
「…これか?」

ポケットから取り出した買い物リストをまじまじと見た燐は、勝呂の手からエコバッグをひったくり、言った。

「俺の髪切ってくれたから、買ってきてやるよ!高校のときスーパーのタイムサービスで培った、俺の技を見せてやる」
「おい、っ奥村!」

勝呂が引き止めるよりも早く、燐は人波に突入し、その姿はあっという間に見えなくなった。
待て、と伸ばした勝呂の右手は、むなしくも空を掴み、ひっこめられる事となった。



燐が突入してから30分が過ぎた頃、店内に設けられているこぢんまりとした休憩スペースに勝呂は居た。

「おーい、すーぐーろぉー!」
「無事やったんか、奥村!」

声のする方を見れば、大量の荷物を持った燐が、こちらに向かって歩いていた。
持ちきれなかったらしい、5キロの米は何故か頭の上で器用に鎮座している。

「当たり前だろ、ほら戦利品!!」

じゃーん、という効果音をつけて燐は見せ付けるように荷物まみれの両腕を突き出した。
ついつい勢いに押されて少し仰け反る。

「取り敢えず帰ろうぜ」
「お、おん」

すたすたと自分の前を足取り軽く歩く燐が馬鹿力なのは知っているが、自分の買い物だったのに自分が手ぶらとは人として何事だろうか。
そう考えた勝呂は無言でまず燐の頭から米を回収し右腕で抱え、残った左手で今度は燐の右手から荷物を攫う。
突然頭上と右手が軽くなった事にびっくりして固まった燐は、しぱしぱとまばたきを繰り返した後、自分の右手と前を歩いている勝呂を交互に見てから、置いていかれまいと慌てて追い掛けた。
それから帰宅すればもう昼で、何故か燐が、ついでに昼飯作ってやる!と勝呂の部屋の台所に立ったため、勝呂は昼食が出来るまでの時間でフツマヤに買い出しに行くことにした。
その旨を燐に伝え、玄関の鍵穴に用品店の鍵を差し込みひねる。
店に入れば、今日は杜山さんが店番をしていて、商品を包んでもらっている間少しだけ話した。

「竜騎士の雪ちゃんはよく店に来るから会うんだけど、燐は騎士だからかあんまり来ないの…」
「アイツも忙しいみたいやで、南十字の神父やっとるて…その割りには最近よう会うな」
「そうなんだ、…はい、品物はこれで全部です、またね勝呂くん」
「おおきにな、杜山さん」

店を出て、自宅への道を歩きながら勝呂は考える。
洞窟での鬼の駆除任務から、勝呂が教えてもいない休みの日に限って、燐が自分の前に現われているような気がする。
電話やメールも増えた。
それも高校の時以上に。
確か…前来たときは、菓子を作ったから言うて晩飯も作っていきおった。

「…ただいま」
「遅ぇぞ勝呂、早く手ぇ洗って座れ」
「今日は炒飯か、ええ匂いや」

燐に言われた通り荷物を置き、手を洗ってちゃぶ台の前に座れば、美味しそうな炒飯とスープがほこほこと湯気をたてている。
いただきます、と二人で食べ始めた昼食は、もちろん美味しかった。
勝呂は食べ終わった食器を鼻歌まじりに洗う燐を見ながら、先程からごちゃごちゃと考えていた事に結論を出した。

(もしかしたら、奥村はこうやって…思い出を作っとるんかもしれん)

ならば、自分にできる事は何があるだろうか…。

「…終わったぁー、どうした勝呂?」
「…、っなんや?」
「眉間にしわ寄ってるぞ」

皿を洗い終えた燐が勝呂の隣に座り、彼の眉間のしわをほぐすようにをぐりぐりとし始めた。
地味に痛いので、右手で燐の手首を掴んで引き寄せた。

「うわっ!?」
「お前、自分力強いん忘れなや…痛いやろ」

仕返しとばかりに、ぎゅうぎゅうと腕の中に閉じ込めてやった。
抵抗するか?と思っていたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
大人しくすっぽりと勝呂の腕の中におさまった燐に、少し驚きながら勝呂は言った。

「今度から俺が髪切ったるし、何もなくても来てええ……やからいつでも好きん時電話し」
「…?」
「俺がたくさんの思い出を、作ったるわ…燐」

突然すぎるこの状況に頭の処理が追い付かないらしい燐は、勝呂の目を見つめる。
そこには、優しげな色があった。



不器用Messenger
(君の願いを受信しました)
(さあ日常を思い出に変えましょうか)

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燈華さま、いかがでしたか?
againで勝燐の日常でした('∀'●)
押し掛け通い妻な燐に分かってなかった勝呂みたいな…感じにしてみました。
企画参加ありがとうございました。
お持ち帰りは燈華さまのみでお願いします(^^)
110905