放課後に、正門のあたりに集合で。そう徳川と茉莉は約束をして、昼休みが終わる10分前に、入江、徳川、茉莉の3人は別れた。
そして、放課後になった。彼女は、正門に着いた。周りをきょろきょろと見渡してみるが、彼の姿は見あたらなかった。
−何だか、デートみたいだ。いやでも、相手は徳川くんだ。将来を期待されているテニスプレイヤーで、容姿もよくて、すごく優しい人。私なんかが釣り合うような相手じゃない。そういった期待をしては、いけないんだ。彼女は、雑念を払うかのように首を小さく振る。そんな時、彼女の名前を呼ぶ声が、彼女の上空から聞こえてきた。声がした方向を見ると、彼がいた。
「あ、徳川くん」
目を合わせようと、少し彼を見上げる。昼間は座っていたからそんなに身長差は感じなかったけど、彼は身長が高い。女子の中でも高いほうの私でも、こんなに差がある。今更ながら、そんな事実を彼女は認識した。
「どうかしたんですか?」
ああ、どうやら、首を振っていた所を見られていたようだ。彼女の中に、羞恥心が生まれた。しかし、理由を話したらこの羞恥心は更に色濃くなってしまう。ここは、誤魔化しておこう。彼女は、笑顔を作った。
「ううん、何でもないよ。それじゃ、行こっか」
徳川は怪訝そうな表情を浮かべたが、特にそれ以上触れてくることはなかった。こっちだよ、と言って、方角を指さすと、徳川は、はい、と答えて彼女の隣を歩いた。
確か彼は、今は身長が180センチを越えたくらいだと言っていた。すると彼と自分は、15センチも差があることになる。隣で、自分のペースに合わせて歩かせたら、少し歩きにくいかもしれない。少し、速めに歩こう。そんなことを思いながら、彼女は少しだけ歩くペースをあげた。
−男の子のペースって、こんな感じなんだ。そう思うと、やっぱり彼を異性として意識してしまう自分の頭を、彼女は少し憎らしく思った。
「徳川くんは6時からは何処に用事があるの?」
「緑が丘にあるテニスクラブで、練習があるんです」
その地名は、目的地のデパートから、バスでなら5分、歩けば20分はかからないような場所だった。
「それなら、これから行くところに近いね」
「そうですね」
少し歩くと、デパートに着いた。彼らは、高さのあるガラス戸を抜けて、中へと入った。3階だから、エレベーターを使うよりは、エスカレーターを使った方が早いだろう。そう判断して、彼らはエスカレーターへと向かった。
3階へと着き、彼らは、ショップのある方向へと向かう。少し歩くと、可愛らしい内装のブースが目に入ってきた。ここだね、と呟いて、彼女は入り口を通り抜けた。徳川は、その後を着いていく。すると、色々な匂いが混ざった香りが、ふわりと、彼らの嗅覚を刺激した。さほど大きい店内ではないが、沢山の種類のアロマが陳列されているようだ。
「徳川くんは、甘い匂いと、爽やかな匂いのどっちがいい?」
「甘すぎる匂いは、少し苦手ですね」
「じゃ、かなり甘めのものは避けていこっか。それでも、木の香りとか、柑橘系のとか、色々とあるみたい」
「こんなに種類があるんですね」
「うん。なんたって専門店だし。私も、探すの手伝うよ」
そう言って、彼女は、ある商品の前に置かれている小瓶を手に取った。テスター、と書かれているから、この瓶の蓋を開けて、臭いを試して選べと言うことなのだろう。ラベルの一つを手に取って、彼女はそれを徳川の鼻に近づけた。
「こんなの、どう?」
「ああ、ジャスミンですね」
そう即答した彼に、彼女は驚いた。確かにメジャーなものであるとは言え、答えられるとは予想してなかったためである。彼女はまた、また違うテスターを、彼に向けた。
「これは?」
「ナツメグ、でしょうか」
「これならどうだ」
「ベチバー、ですね」
一般的な男子学生とは思えない正当率に、彼女は驚愕した。
「何でそんなに知ってるの?」
「母が一時期、アロマに凝っていたんです。前は家のそこらに置いてあったんですが、今では興味がなくなったようで」
ああなるほど、と彼女は納得をした。
「よし、徳川くんが分からないようなヤツ探そっと」
少し腕をまくり、彼女はそう気合いを入れた。
「趣旨が変わってるじゃないですか」
彼の言葉を耳に入れているのかいないのか、それは不明だが、彼女は色々なアロマを手にとって、徳川に突きつけてきた。こんな些細なやりとりさえも楽しいと思えるのはきっと、この人とだからだろう。何かを特定の事ではない。彼女と過ごす時間は、包括的に楽しいものに分類されるのだろう。それが、恋というものなのだ。あらゆる作用をもたらすそれは、徳川にとって、何とも不思議なものだった。
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