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抜け出せない





ああもう、どうしてこんなに好きになっちゃったんだろう。





上陸した島のカフェで、束の間の休憩。
欲しかった服も買えたし、良さそうな楽譜も見つけた。



(帰ったらみんなと一緒に演奏しようっと)



コップに入れられた紅茶と氷が、穏やかな陽射しにキラキラと輝いていて心が癒された。

ふと顔を上げると目の前には知らない女の人と腕を組み歩く恋人の姿。
見た瞬間ピシリと時間が止まった気がした。
そしてため息と共に、いつもの事だと思ってしまう。
私にヤキモチを妬いて欲しいからだと本人は言うけれど本当かどうか。

ストローをくわえながら頬杖をついてその人達を見つめる。
綺麗な綺麗な女の人。ブロンドの髪がふわりと揺れて、透き通るような白い肌に赤い唇が弧を描く。
風に揺れる髪と、彼の緑のコートが怖いくらいに合っていて、思わずフッと笑ってしまった。
自分とは比べ物にならないくらい素敵な人。



(……そういう人が良いのなら、そう言ってくれればいいのに)



ストローに息を吹き込めば、止めてくれというように氷と紅茶が悲鳴をあげる。

きっと彼は知らないんだろう。こんなにも私が傷ついているなんて。────こんなにも、あなたが好きだなんて。

締め付けられる胸に手を当てて、荷物を持って立ち上がる。
するとよく知った声が私の名前を呼んだ。
……誰か、なんて振り向かなくても分かる。




「お前こんなとこにいたのかよ!探したんだぜ?」




渋々振り返れば先程と何も変わらない状況。



(女の人の腕組んで、探してたって言われてもねぇ…)



一瞬目の前が真っ白になったけれど、なんとか持ちこたえる。
本当だったら怒ってもいいところだろう。
だけど……なんだかもう悲しすぎてどうでもいい。




「ねぇねぇヨーキ、この人は?」




ヨーキの腕を軽く引っ張る声は本当に鈴がころがるような声。
ああ、もう。私なんて隣に立っちゃいけないんじゃないか?
その声の主に「ああ、こいつはな」と続ける彼の言葉を遮るように声を出した。




「―――ただの知り合いです」




俯いてそう言えばその場の空気が凍り付くのが分かる。
見上げる事なんて出来る訳が無い。
ヨーキがどんな顔してるかなんて知った事じゃ無い。
この胸が裂けてしまうんじゃないかっていうくらい痛いのなんて……どうだっていい。

目頭が痛くなって、涙が出そうになった。
だけど、ここで泣くなんてなんだかとても悔しくて。
ヨーキが私の名前を呼ぶ前にその場から走り出した。





*******






(今、あいつはなんて言った…?)




思考が停止した。
愛しい恋人から発せられた言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
震える彼女の声が発したのは、間違えなく恋人とはかけ離れている言葉。



(ただの、知り合い……だと?)



隣の女が腕を引っ張りおれの名前を呼ぶが、その声が遠くに聞こえる。
同時に俯く恋人に、やってしまったという気持ちがキシりと胸を締め付けた。
きっと、もの凄く傷つけてしまったと。
きっと、今頃一人で泣いているのだと。




「……悪ィ……」

「え?あ、ちょっと!」




腕を掴んでいた女の手を振り払い、恋人が走った方へ走り出す。
後ろから女の声がおれの名前を呼んだが、その声は耳へ響かなかった。

あいつの声で、呼ばれなければ意味が無い。
心に響くのは音楽よりも綺麗なあいつの声なのだから。





*********






「あああー…もう……やんなっちゃう」


寝ころんだベッドが自分の胸と同じようにキシりと鳴いた。
普段と違う天井が、雰囲気が、軋む心を少しだけ癒してくれる。
本当は船に戻って何事も無かったかのようにみんなと過ごしたかった。
が、今の気分は最悪。帰ってもみんなに迷惑をかけるだけだ。


(……ブルックさんに多めにお小遣いもらっといて良かった)


一人で宿に泊まるのは初めて。
今まで外で寝ることなんて無かったし……ずっと彼の腕の中で寝てたから。

じわりと視界が揺らぐ。
思い出さなきゃよかったと思うのに、一度視界を揺らがせたその雫は目尻からこぼれ落ちる。




「…っ、く……ヨー、キ…ッ」




恋人の名前を口にすれば、それだけで愛しさが込み上げるというのに。
愛しさと比例して切なさも胸をいっぱいにさせた。
ぽろぽろとこぼれる涙を止める事なんて出来るわけない。

しゃくりあげる声を我慢しようと枕に顔を埋めた。
じわりじわりと涙を吸い込む枕に更に涙が溢れ出す。


するとダンダンッ!!といきなり響くその音に驚き体が跳ねた。
そして同時に響く自分の名前。恋人の声。




「おい、居るんだろ?!開けろ…ッ!」

「──ッ!」




息を荒げるヨーキの声にまた涙が出てくる。
お願いだから、これ以上泣かせないで。

探してくれていたんだと、嬉しい気持ち。
心配してくれたんだと、高鳴る気持ち。
まだ好きでいてくれてる、なんて思ってしまう。



(…諦めるなんて、出来なくなっちゃう……ッ)



ドアを叩く音が止まり、次の瞬間盛大な音と共にドアが吹っ飛んだ。
ドアだった板を踏みつけてヨーキが私を捉える。
その目は確実に怒っていて、その視線が耐えられず目線を逸らした。


「……ッ」




それが気に食わなかったのか軽い舌打ちをすると、足音がどんどん近づいて来てベッドの側でピタリと止まる。

頭の中がパニックに陥って、逃げだそうと考えるのに考える事が出来ない。
ギシリと軋むベッドに心拍数はピークに達した。
そっと私の頬に手を伸ばし名前を呼ばれると、ビクッと異常に体が跳ねる。




「…ぁ…」




思わず顔を上げれば驚いた顔をした恋人の表情。
そしてその伸ばした手を見て握り拳を作り目を閉じた。




「……悪かった……」




そう呟くと腕を引かれ、そのままぎゅうっと抱きしめられる。
暖かい体温に、ヨーキの匂いに再び涙が視界を歪ませた。




「もうしない。もう、しないから……おれを拒むのは止めてくれ…ッ」




どうにかなっちまいそうだ…ッとキツくキツく力を込める。
首筋に顔を埋めて言う彼がこんなに必死なのは初めて見た。
自分の名前を繰り返し呟くヨーキが愛しくて仕方ない。
頬につたう涙に気づいた彼がその涙を唇で拭えば、そこには温もりが残る。


「ほんとに、もぅ…しない…?」




ヨーキ、と続ければ「…ッ!約束する」と言葉と共に、甘くて優しいキスが落ちてきた。




















抜け出せない

(ねぇヨーキ)
(ん?)
(ヨーキが思ってるよりも、私はヨーキの事が好きなんだよ?)
(――――ッ?!!)
(だから…あんまりいじめないで?)
(おま…ッ!!!!)



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またまた素敵な企画、ありがとうございました^^*









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