▼世界の壊れる音がする
調子の外れた、何処かで聞いたことのあるようなメロディーが赤木しげるの鼓膜を揺らした。
「そんなことしてたら壊れちゃうよ。」
調子っ外れのその音は白いベッドの上の彼女が茶色の木箱の中のオルゴールをゼンマイも巻かずに白い指先で力まかせに動かす故に生まれる悲鳴であったようでアカギはオルゴールを彼女の手からそれを取り上げるとゼンマイを回してまた彼女の手元に戻してやる。
「今日はいつもより遅かった。」
「俺も暇じゃないんでね。」
あら、また来てくださったの?と微笑む看護婦に右手にぶら下げていた百合の花を手渡すといつも有り難うございます。と看護婦は花瓶にそれを移すため部屋から立ち去る。
「毎回律儀だね。」
みょうじは手元のオルゴールを見つめながら薄く微笑む。
アカギが毎回部屋の主であるみょうじの元を訪れる度こうして花束を持ち込んで来るのはただ単純に見舞いに来るのに手ぶらではなんだか居心地が悪いという理由で、そんな彼の考えを理解してる彼女はこうしてアカギが似合わない花束をぶら下げて自分の許を訪ねてくるのがおかしくて堪らないのだ。
「顔色が悪いよ。今回はちょっと厳しかった?」
「下手したら死ぬとこ。まあ、楽しかったけどね。」
アカギはみょうじのベッドの横に置いてある安っぽいパイプ椅子に腰掛け煙草を取り出そうとしたところで此処が禁煙だということを思いだしポケットの中の煙草を握りつぶした。
元々アカギは口数が多い男ではないし、みょうじもそれは同じであったから二人の時間はいつも途切れ途切れの言葉が紡がれるだけで緩やかに流れていく。
肩の傷はもういいの?君がこんなにも間を空けて来ることは無かったからとうとう死んでしまったかと思ったよとカラカラと笑うみょうじの白い喉が動く度アカギは賭け事してる時の高揚感とは違った安らぎを感じた。
「オルゴールをね、こうして力任せに動かすとまるで世界の壊れる音がするようなの。もうゼンマイが切れてるのに無理矢理動かす時に聞こえる音が好きなの。
もう音を紡げないのに無理矢理動かそうとしてる、なんだか自分みたいに思えてくるよ。」
もう、永くないけど怖くはないわ。
「今日は、よく喋る。」
みょうじの悲観的な発言にアカギは動揺することなく、呟いた。
「君の瞳から見える景色はとても美しいよ。世界がこんなに綺麗なものなら壊れる音もさぞ綺麗だろう。」
君の瞳から感じるたった一つの季節だけがそんな素晴らしい世界へ連れていってくれるのさ。
みょうじはアカギの頬に手を添えると遠慮がちに薄い唇に口付けた。
血と泥と欲にまみれた地獄を幾度も見てきた自分の瞳から覗き込む世界がこの女が言うような美しいものではない。彼女はこの瞳からどんな幻想を見つめ憧れているのかアカギには解らなかったし、理解するつもりも無かった。
けれど壊れかけた木箱から聞こえる世界が壊れる音を想像しながらこのまま世界が終わってしまえば良いのにと思った。
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