企画
サカナの背骨
サカナの骨が喉に刺さったような煩わしくてもどかしい感覚がしてどうにも息がしづらいので、毎夜自室を訪ねてくる夫の練紅炎を追い返すのが長年の私の日課である。

「また、お越しになられたのですか?私は眠たくてあなた様の相手などしてられないので他をあたってくださらない?」

「それが夫に対して言う台詞か。」

こんな真夜中に扉越しに押し問答する姿なんてほかの家臣に見られたら一生分の恥だろうに紅炎殿はじっと私が部屋の扉を開けるのを待っている。
毎回私が根負けするのを部屋の外でじっと待っているのだ。

「私のような年寄りのところになんか来なくても若くて綺麗な奥様が沢山居られるでしょう。」

私が彼の許に嫁いでからもう幾年も経つというのに彼は未だに自らを拒否し続ける私にこうして情をかけてくる。

「いつまでも正妻である私へ義理を立てる必要はございません。」

扉を指先で撫でて告げるとまだ喉の奥がじくじくと痛み出した。
今の彼に大切なことは一刻も早く世継ぎを作り練家の血筋が絶えぬようにすることでもある。それなのに肝心の第一皇太子が年増の正室の許に入り浸って居てはいけないだろう。
今なら私の父の後ろ楯など無くても確固とした地位を築いているのだから、

「扉を開けろ。かげろう。」

扉を隔てた向こう側から彼の怒気を孕んだ声が聞こえた。

「いいえ。」

「開けてくれ。」

「開けません。」

「頼む。」

ああ痛い。なんだってこう、喉の奥が痛むのだろう。まるでサカナの背骨でも刺さっているようだ。太くてえづいても中々出てこない何かが確かに私の喉を内側から傷付けているのに。


「かげろう。」

「ああ、もう。」

こうも年下の夫に名前を呼ばれてしまっては黙って居るわけにもいかない。痛くて痛くて仕方ないのだ。今にも取れてしまいそうなその原因はぐらぐらと左右に揺れてさらに私を傷つけるのだ。
扉を少しだけ開けると勢い良くこじ開けられ、寝台に押し倒され乱暴に口付けられた。

「っ、紅炎様。」

殴られるのだろうか、不敬罪で裁かれるだろうか?いっそのことそうしてくれた方が喉に刺さったありもしないサカナの背骨に悩むことなどなくなるのだから良いかもしれない。
しばらくの沈黙のあと、紅炎殿は小さな声で問いかけてきた。

「お前は、俺が嫌いか?」

上目遣いに切れ長の目が探るように私を見つめた。
私は、ええ、そうです。と答えることが出来なかった。

「いいえ。でもね、私の住む世界もあなたの住む世界も愛しいという感情だけではどうにもできないことがたくさんある。こどものこともそう。」

「俺にとってはどうでもいいことだ。」

「でもいずれそうはいかない時が来る。それを考える時、あなたと私を隔てる板一枚の距離が私には途方もなく遠く思える。」

少しだけ彼に向かって口角を上げると彼は苦しそうに眉根を寄せて痛いくらいに腕の力を強めた。

「私みたいな可愛くない女いつでも置いて行ってくれて良いのよ。」

「手の内にあるものを手放すほど俺は無欲じゃない。」


随分と奇特な男だ。こんなに冷たくしてるのに嫌われようと思うのにこの人は全部お見通しで私に向かってくる。人の気も知らないで、

好きよ。愛してるわ。と喉に刺さったままの言葉の代わりに出てくるのはみっともない嗚咽と涙ばかりで突然泣き出した私に慌てた年下の彼は、泣くなよ。と涙を掬い上げてくれた。














Atgk
かげろうさまへ
遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
キリ番リクエストありがとうございます!
かげろうさまのご期待に添えるような作品に出来たでしょうか?少し暗い話になってしまってすみません。
よろしければ今後とも宜しくお願い致します。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -