しょっぱくて、甘い。


お互いの葛藤。





「ただあーいまあ!」
バンッ!と豪快な音を立てて、ドアが開かれた。
そこから現れたのは妙に呂律の回ってない声と、ここ――デイバンのとあるアパートの一室の住民の一人である、金髪の成年男性の姿だった。
「るっきーのぉーダーリンが帰ったわよーんっ」
「ん?ああ、ジャン。遅かったな――…ってお前酒くせぇぞ…」
バタバタと慌しい足音、そしてフラフラと危なっかしい足取りで目当ての人物がいるだろう寝室へと向かうと、そこにはやはり、探していた人物である同じくこのアパートの一室の住民の、赤毛の大柄な成人男性がいた。
ベッドサイドの灯かりが点いており、手には本があった。
どうやら、読書に集中していたらしい。
「へへへへ…るきーのっ」
ジャンと呼ばれた男は相手を見つけた瞬間から物凄く嬉しそうに、緩みに緩みきった顔でへらへらと笑っていた。
「…はぁ…お前どれだけベルナルドに飲まされたんだ」
呆れたように、困ったようにルキーノと呼ばれた男はそう言った。
だがジャンはその言葉を見事に右から左に受け流し、ルキーノの言った通りアルコール臭を盛大に放ちながらいそいそと靴を脱ぎ始めると、よいっこいせよっこいせとベッドに上がり、ぴょーっんと跳ねてルキーノへと抱きついた。
ルキーノよりは小柄だとは言え、立派な成人男性のジャンが乱暴に上がったためベッドは大きく悲鳴を上げた。
「おい、コラじゃれ付くな。ああそれに、ダーリンは俺の方だろう?」
「んー」
 ―ちゅっ
「…あのなあ…」
完璧な酔っ払い、ジャンはルキーノの言葉など全く聞いておらず、自分がやりたいこと――つまりはルキーノへのキス攻撃を繰り返す。
そんなジャンに、ルキーノは再び『はあ…』と溜息をつく。
「ん、んっ」
 ―ちゅ、っちゅ
頬、目尻、額、鼻…顔中に口付けていく。
そうしながらも時折、ルキーノの目をちらちらと見てくるジャンの言いたいことを、したいことをルキーノはちゃんと理解していた。
「――ジャン。明日も早いだろ。風呂は明日朝で許してやるから、着替えて寝ろ。」
「――…、…ン。」
目を泳がせて暫く黙り込んだ後、ジャンはゆっくりと頷き、ゆっくりとルキーノから身を離した。
「…、……。」
でも暫くはその場から動かなかった。
シーツを見て、ルキーノを見て、目を逸らして――
そうしてやっと、ジャンは座り込んでた体を起こし、ベッドから降りる。
しょぼくれてむすっとしながら、ルキーノに背を向けて部屋から出ていく。
 ―バタン
ドアが閉まる。
静かになった部屋に、布ずれの音だけが響く。
「――ふう…」
ジャンのいなくなった部屋で、ルキーノが安堵したような、どこか悩ましげな息をつく。
「ったくジャンのやつ…人の気も知らねーで――」
『俺も明日は早いんだ』
そう自分に言い聞かせながら本を閉じ、テーブルへと置くとそっとバスローブ越しに、反応してしまっている自分自身に手を添え、頭の中で念仏を唱えた。


 ガチャリ
再び寝室のドアが開き、スーツからラフな服へと着替えたジャンが戻ってきた。
ルキーノが布団をめくり、掌でダブルベッドの空いている場所をぽんぽんっと叩く。
「――…ん。」
ジャンが頷き、ベッドに滑り込むとルキーノに背を向けて丸まった。
かちりと音を立てて灯かりを消すと、部屋は真っ暗になった。
「――…ジャン。」
自分に背を向けたまま眠ろうとしているジャンを背中から包み込み、耳元でそっと呼びかける。
「…なんだよう」
少し間を空けて、ジャンは返事をした。
その声色は、先程までのように甘くはなく――ジャンは明らかに拗ねていた。
「機嫌直せ。」
「…俺、今日は一人で寝るからな。」
ちゃっかり同じベッドに入っておいて、そしてルキーノの体温を感じられるこのベッドから出て行く気などないくせに、ジャンはそう言い放つ。
「すまん。悪かった。」
「……。」
ルキーノはと言うと、そんなジャンの心境も、きちんと理解していた。
そして、敢えて自分が悪いと認め、謝った。
ジャンは、別に喧嘩じみたことがしたいわけではなかった。
ただ、カポである自分の多忙さに気を使って体を重ねる回数を減らして…そして我慢してくれてる優しい恋人に、申し訳ない思いや苛立ちや――不安を感じていた。
自分のことを愛してくれているのは分かっている。
でも、元々女性が好きだったルキーノが、いつ我に帰って…自分から離れていくか、わからない。
ジャンは、不安だったのだ。
それはもう、長い付き合いで今は自分の右腕的存在のベルナルドとの酒の席でぐでんぐでんに酔っ払ってしまう程、悩んでいた。
そんな最中。
酒の勢いに乗せてだが情事に誘い、そして遠まわしにやんわりと断られた。
ジャンはそのせいで自分のことを酷く浅ましい存在に思えて仕方がなかった。

「――るき、の」
ゆっくりと振り返る。
「ん?なんだ、ジャン。」
するとすぐそこにはルキーノの顔があり、優し眼差しでジャンを見つめ、優しい声色でジャンの名前を呼んだ。
鼻の奥がツン、とする。
「――…。」
ゆったりとした動作で体の向きを変え、ルキーノの広く厚い胸板に額を当ててそこから聞こえてくる心地良い鼓動の音を聞いていると背中にルキーノの手が回ってきた。
暖かい。落ち着く。
寄っていた眉がだんだんと元通りになり、心の中を荒らしていた感情が、すう――と消えていく。
鼻の奥に感じていた痛みも気がつけばなくなっていた。
「おやすみ。」
耳元でルキーノが囁く。
「…おやすみ…。」
 スリ―
と、甘えるように胸板に額を押し付けるジャンの頭をルキーノの手が撫で、ジャンはルキーノの体温と甘い香りに包まれたまま、次第に眠りの世界へと旅立っていった。
「――お前はもう少し、俺に関することより自分のことを心配しろ…ファンクーロ。」
ジャンが眠りについたのを確認して、ルキーノが小さく呟いた。
どうやら全てお見通しの様子のルキーノも――表に出さないだけで日々やきもきして過ごしていたようだ。
すうすうと寝息を立てるジャンのつむじへとキスを落としながら、ルキーノはジャンとかなり親しい間柄の長髪眼鏡の男を脳裏に思い浮かべていた。
「…今日はベルナルドと『二人』で飲みに行って、俺と一緒でも滅多しない泥酔までしたんだろう?」
眠っているジャンの頭を優しく撫でながら、うっそりと問いかける。
正直なところ、ジャンが取り乱しているところや、弱っている状態を他の人間…ましてやジャンに想いを寄せてる人間に見られることを、大人気ないが嫌だと思い、阻止したいと思っている。
ジャンが他の人間に触れられるだけでも嫉妬してしまうのに、ジャンと自分の職場には少なくとも三人はジャンを狙っている男がいる。
飲みに誘う者、食事やスイーツを食べに行こうと誘う者、ドライブに誘う者。
何度ルキーノが強く睨み付けて、ジャンの肩を抱いて、自分の恋人だと主張してもコーサ・ノストラという変わった職業のせいか三者とも強敵で、なかなか諦めさせることができない。
その上、ジャンは同姓からの好意にはとてつもなく疎い。鈍い。
「…はあ…。」
これは、近い内にお仕置きをしてやらなければ。
それはもう、激しいやつを。
ルキーノはついつい緩んでしまった口元へと手を当て、少ししてその手を離し再びジャンの背へと回すとそこで考えるのを止め、目を瞑ってジャンの後を追うように眠りの世界へと旅立った。



「あの、ルキーノサン?」
翌日の夕方。同所にて。
ベッドに、昨日のアルコール多量摂取のせいで一日頭痛に悩まされたジャンが、両手を後ろ手に縛られて転がされていた。
もちろんそれをしたのは、ルキーノだ。
「なんだ?ジャン。」
「え、イヤー…なんだっていうか…ネ?」
「何もないならはじめるぞ。」
「っ!?ちょ、ちょっと待てって!」
「…あー?」
行為をはじめようとするルキーノをジャンが制止し、ピクリとルキーノが片方の眉を上げる。
ビクリ、とジャンが揺れておずおずとルキーノの顔色を伺いながら、言葉を続ける。
「…きゅ、急になんだよ…。……昨晩は断ったくせに。」
途中からごにょごにょと小さい声で呟くように言いながら、ちらりとルキーノを伺い見る。
「なんだ、まだ根に持ってるのか?」
「そ、そんなんじゃねえ!」
「じゃあ、何だ?」
「…う」
「何が不満なのか、言ってみろよ。」
言葉を濁すことを許さない、と言うようにルキーノの口調に、ジャンはベッドの上でみるみる縮こまっていく。
「…あ、たま痛ぇんだよ……」
「…じゃあ、それを上回る快楽を与えてやるよ」
やっとのことで出した言い訳をルキーノは綺麗に切り捨てた。
ルキーノの言葉がジャンの脳内に巡り、これからされるだろう事をジャンは想像してしまい、息を飲む。そしてすぐにハッとして頭を振る。
「っ…!こ、の変態…!」
「なーに言ってんだファンクーロ。男は皆、変態だろ。」
期待してしまったことを隠すように大きな声を出してしまったが、笑みを含みながらそう言うルキーノにジャンは、自然と体に入っていた力が抜けていくのに気付く。
その瞬間を見計らって、ベッドに転がったままのジャンにルキーノが覆い被さる。
「――ホントに、すんの?」
半目で自分に覆い被さったルキーノを見やりながら、ジャンが問いかける。
「ああ、する。お仕置き決定の翌日に二人とも仕事が早く終わったんだ。これは神がお仕置きをしろと言っているに違いない。」
「…激しく、すんの?」
瞬きを一つ。
「ああ、ぐちゃぐちゃにしてやる。」
「痕、付けるのけ?」
「――付けて、ほしいんだろ?」
大きな口で大きな弧を描きながらそう言ったルキーノにジャンも笑った。
そして――ジャンは言葉の無いまま、ゆっくりと頷いた。


例え、その日の仕事が早く終わったからって、夜通し…というか明け方までそんな、シちゃったらもちろん翌日俺はベッドから出ることがままならなくなり、結局ベルナルドの前髪が少し犠牲になった。
すまん、ベルナルド。


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