記憶喪失シズちゃん+俺

=報われない

流血や痛い表現があります。
注意。
突発的なSS。
二時間クオリティー注意。




 ―カチャ――
キングサイズのベッドが一つぽつんと置かれているその部屋の、たった一つのドアが開く。
「シズちゃん」
そこから現れたのは、二十代半ばの漆黒を身に纏った眉目秀麗な男性だった。
「シズちゃん、起きて。」
カーテンの日差しが差し込む広い部屋に、よく透き通る声が響く。
そしてそれに応えるかのように、キングサイズのベッドの上の膨らみがもぞりと蠢く。
布が擦れる小さな音と、膨らみの中から小さくぐずる声が反響して、漆黒の彼の耳に届く。
「ねえ、シズちゃん。もう9時だよ?ごはん食べようよ。お腹減ったでしょ?今日は、シズちゃんの大好きなフレンチトーストだよー?」
彼の言葉を耳にするなりピクリと動きを止めた膨らみから、毛先以外は茶色の頭が出てくる。
「フレンチ、トースト…」
毛先だけ金色の彼は、漆黒の彼が作ったフレンチトーストが好きなのだろうか?それとも好物なのだろうか。
彼がハッキリと言葉を作り上げたのはその一回だけで、その後はただ枕に顔を埋めてぶつぶつと小声で何かを呟いていた。
「…うん。」
そんな彼を、漆黒の彼は綺麗に綺麗に微笑んで見守る。
ギシ。ベッドに腰を下ろすと、スプリングが鳴った。
「シズちゃんフレンチトースト大好きだから俺、頑張ったんだ。」
漆黒の彼は右手を茶色の彼の頭へと伸ばした。
だが、何故だろうか。優しく優しく茶色を撫でる彼の右手には――

「ね?食べようよ。」
優しく優しく優しく囁いた彼は、そっと、茶髪の彼の旋毛へとくちづけを落とした。
優しく優しく優しく茶髪の彼の頭を撫でた彼の右手には、彼の右手の右端には、

あるべき筈の小指がなかった。





「いざや。」
茶髪の彼…静雄が、漆黒の彼…臨也を呼ぶ。
どろりとした声で、呼ぶ。
「うん。美味しい?よかった。頑張った甲斐があったよ。」
甘ったるく笑った臨也は、無表情で名前を呼んだだけだった静雄の言いたいことを全て理解しているようだった。
「いざや」
どろり、どろり――  
静雄が薄く口を開いて臨也を呼んで、何も映していない目で臨也を見る度。
その口から、その瞳から。まるで黒い粘着質な何かがあふれ出て、そして臨也に纏わり付いているように見えた。
「うん…。」
…しかし、その黒い何かに纏わり付かれている彼は、何故だかそれを甘受しているように見えた。
はまたもや名前を呼ばれただけで全てを理解した臨也はそっと、静雄の唇に自分の唇を合わせる。

「いざや、いざや…イザ…」
テーブルに向かって、イスに座って、ナイフとフォークを持ったまま。
静雄は顔だけ臨也に向けて、角度を変えながら何度も何度もくちづけを繰り返す。
ちゅっ、ちゅっ。と、部屋の中にリップ音が響いて、どろどろとした静雄の声と混ざり合わさる。
「イザヤ…いざや…」
うわ言のように名前を繰り返し口にして、絶えずくちづけを繰り返しながら静雄は、
フォークを持っている左手を動かした。
「ン"ッ…!、ぐ…」
フォークの先は臨也のあるべき物が無い場所へと、当てられた。ツルツルとした感触のある、その場所に。
「あ"、ア"…っ」
グイグイと押し付けられるフォークに臨也は悶えた。
だが、拒絶は愚か痛いとすらも言わない。
ただ、食い込むフォークの痛みに呻いて堪える。
痛みから開いた口に、静雄の熱くぬめった舌が入り込む。
「い"、う、…あ"ぁッ!」
ずぶり。
ついにフォークの切っ先が薄い皮膚を破って肉を裂く。
ビクリ、跳ねる臨也の体。
じわりと溢れて、床に落ちる赤い血。
「……」
「…あ」
気付いた時にはもう遅く。
背を反らした臨也の唇と静雄の唇は離れていた。
ほんの僅かに見開かれた茶色い瞳を、臨也は見てその倍以上目を見開いた。
「あ、あ、違う、違うんだシズちゃん…!違う、違うんだよ?今のは、そういうのじゃなくて、」
「………」
必死に取り繕る臨也を、静雄はただ見つめていた。
――そしてやがて、口を開く。
ぱかりと、まるでロボットのように。
「…………ゃ」
「…ひっ」

「いざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざや
 いざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざや
 いざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざやいざや」
「ぐ、う…っ!」
静雄は肉に埋め込んでいたフォークを乱暴に引き抜き、ナイフを投げ捨てた。
ストン。ナイフが壁に突き刺さる。
一瞬、臨也が震え上がる。
――だがそれは、本当に一瞬だけだった。
「イザヤ、いざや、臨也、いざや。」
「…ああ、ああ。大丈夫。大丈夫だよシズちゃん…」
狂ったようにただ「いざや」と繰り返して頭を抱え縮こまる静雄を、臨也は幸せそうに笑って抱きしめた。
「大丈夫…大丈夫だよ…」
シズちゃん…シズちゃん…
臨也は静雄の背中を優しく撫でながら何度も何度も静雄のことを呼ぶ。
「俺の」
静雄が「いざや」以外の言葉を口にする。
ぎゅ、と。臨也のことを抱きしめ返す。
「うん」
臨也は抱きしめた静雄の服を強く握ってやはり、幸せそうに微笑む。
「俺の…」
自分を包む臨也の首筋に、顔を摺り寄せる。
「おれの」
まるで覚えたての言葉を繰り返す赤子のように、その言葉を繰り返すと
ぱかり。再び口が開く。
「いざや、おれの…」
「…う"、あ"――あ"あ"あぁっ!!」
ずぶりと首筋に食い込む静雄の歯と、断続的に跳ね上がる臨也の体。
静雄の着ている服にぽたりぽたりと臨也の零した涙が落ちる。
臨也の着ている服に、じわりじわりと赤が広がっていく。
それでも臨也は、止めてくれとも痛いとも言わず、ただ小さく笑って静雄の頭を撫でた。
「大丈夫」
臨也が呟く。
「ほら…俺の小指は一つしかないからさ。」
右手を上げ、仰ぎ見る。
そして左手の小指を見て、三日月のように弧を描いている口を、動かす。


「君としか、約束できないよ。」


それは、
漆黒の彼が茶色の彼を裏切って他の人との約束を優先した、

報復。


(報復?いいや。褒美の間違いだろう?)




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