しずおの日に静雄に会わせない

臨也総愛。
恋人未満の関係で、お互いの気持ちに気付いているが全く素直になれてない二人のお話。
あーでもないこーでもないと考えて大人しい臨也と意地悪な新羅と、やっぱり優しいけどちょっと意地悪なドタチン。




「今日はご馳走様でした。」
 バタン。車から降りてドアを閉めた。
一度は背を向けた車に再度向き直り、今まで隣に座っていた相手ににっこりと笑いかけて御礼を言う。
時間は午後2時。
確かランチのお誘いの連絡があったのは午前11時だった。
まあ急なことだったが、都合が空いてれば…とのことだったし、事務所兼自宅に車で送り迎えをしてくれたし。
特に用事も無くて暇つぶしに出かけようとしていた俺はお言葉に甘えて今後部座席の…俺から見て奥に座っているその人に高級イタリアン料理をご馳走になった。
…その人――つまり俺が仕事でお世話になっている人である四木さんはてっきり俺に何かしら仕事について重要な話やご忠告があると思っていたのだが、今日は特に何もなく…本当にただのランチだった。
「(まあ、何かしらの計画がバレたり身に覚えの無いことについて言われたりするよりはいいんだけどね。)」
それでも、逆にただごはんを一緒に食べただけで何も言われないとなると、まるで世間一般的に言う友人や恋人関係のようで妙に落ち着かないと言うかなんと言うか…。
四木さんが運転手に何やら指示をしている一瞬、俺は気付かれないように顔に僅かに苦い笑みを浮かべた。
「いえ、急にすいませんでした。次からは前日には連絡を入れるようにします。」
「――…、はい。」
――それは、またこんなお誘いがあるということなのだろうか。
四木さんが言ったその言葉を頭の中で繰り返しつつどこか高級感を感じられるエンジン音を耳にし、次第に小さくなってゆく車の後姿を俺は、首を傾げながら見送った。


午後2時半。
事務所兼自宅のソファーにて。

「ひとらぁーぶ。」
 ゴロゴロ
「おれはーにんげんがぁー…す――」
 ゴロゴロ ―どたんっ!
「う、わっ!――ってて…」
仰向けに寝転んだ黒いソファーの上で、左右に揺れていた俺は、勢いを付けすぎたせいでソファーから見事に落っこちた。
床と熱烈な口付けを交わす。
立ち上がろうと、床に両手を付き両膝も床に付く。
「――…。」
そこでピタリと動きを止める。
――そして、そんなお尻だけ上げた状態で暫く凍結。

カチ カチ カチ カチ
時計の秒針の音だけが自分一人しかいないこの広い部屋の中に響く。
「――……。」
ゆっくりと、顔を横に向け床に右頬を付けると床とのアツイちゅーに終わりを告げた。
時計を見ると、さっきまで30を指していた長針が45を少し過ぎた辺りを指していた。
秒針の動きをただ目で追いながら、うっすらと口を開く。
「…池袋行こう」
だって、今日は――


午後3時。

 pipipipipi
「…ん?」
池袋駅の東口から一歩外へ出た瞬間、携帯が鳴った。
音からして、プライベート用の携帯だろう。
電話かな?
 pipipipi
「えーっと、これかな?」
ゴソゴソ
コートのポケットの中を探り、鳴っている携帯を探す。
プライベート用の携帯はコートの右ポケットに入れたはずだ。
「…あれ、違う。」
右ポケットに入れていたプライベート用の携帯を取り出したが、着信中ではなかった。
あれぇー…これじゃないとなると、確かもう一個今日は持って来てたけど…。
ああ、左ポケットか。
「じゃあー…――あれー、違うなあ…。」
取り出した携帯を元通り右ポケットへと戻し、左ポケットを親指で開いて中を確認。
あれ?どれも光ってない…。
「んー…?」
顎に手を当てて記憶を辿る。
どこ、入れたっけ。
無意識の内に左に傾いた頭を真っ直ぐに直し、掌で体を服の上からぺたぺたと触り、別の携帯を探す。
「――あ。…これか」
ズボンの後ろポケットに右手が触れた瞬間、硬い感触があった。
これだと思い取り出して見るとその携帯は、けたたましい音を鳴らしながらピカピカとランプが点滅していた。
これだ。
…あはは、ここに入れてたの忘れてた。
「…新羅?」
真っ黒な携帯の画面に映された『岸谷新羅』という文字と着信中の文字に、頭上に疑問符が浮かぶ。
はて、何の用件だろうか。

 pipi―ピッ
「もしも『ああ、やっと出た!』…。」
『おーい?臨也ー?』
「ああ、うんごめん何でもないよ。」
そうー?
新羅の、少し間の抜けた声が携帯越しに聞こえる。
なんだか、機嫌が良いようだ。
「それで?どうしたんだ?」
『あぁ、うん。それがねーセルティが依頼人から良い紅茶をおすそ分けしてもらってね。それに合わせてケーキも買ってきたから、一緒にお茶しないかなーと思ってさ。』
「…おすそわけ…?」
果たしてそれは安全なものなのだろうか。
相変わらず楽しそうに話す新羅には悪いがその紅茶とそのおすそ分けしてくれた人が信用できるのか俺にはわからず、返事を渋った。
『因みに俺はもうその紅茶飲んだから、毒とかの心配は無いよ。』
「…そう。」
付き合いが長いお陰か、新羅は俺の考えを読み取ったようだった。
すぐに返ってきたその言葉に、相手には見えないとわかっていたがつい頷いてしまう。
「なら、ご馳走になろうかなあ。」
どうせ、暇だしね。
そう付け足して俺は、嬉しそうな声で『待ってるね』と言った新羅の声を聞きながら、地面に転がっていた小さな石を蹴った。
どうせ、約束なんて無いしね。
ぽつりと呟いた声は周りの人間の楽しそうな話し声の中に消えていく。
転がった石は道を行き来する人の波に飲まれ、俺とは違う他の人の足に当たって、また転がっていった。
右ポケットに突っ込んでいる手が触れた無機質なそれは、ひんやりとして冷たかった。


午後4時。
岸谷新羅と首無しの妖精が共に済むマンションの一室にて。

「それでね?セルティったら…」
【新羅!もういいだろうっ!】
「あはは、は…」
ゆっくりと時間が進んでゆく。
ここに来てからは、お茶をしながら惚気ともとれる新羅の話を聞かせられていた。
首無しの方も、話の内容には不満があったりするようだが…この時間を満喫しているようだった。
俺の――…折原臨也の過ごす日常とは懸け離れた穏やかな時間を過ごしていた。
――有意義な時間だと思う。
何だかんだ言って俺のことを大切に思って気にかけてくれている友人と、その想い人。
その二人が俺にくれる温かい時間。
それがあるからこそ、きっと俺は俺でいれる。
「(――…でも…)」
それだけじゃ――
ちらりと、時計を見た。
4時か。
もう、仕事――
「あ、臨也紅茶無くなってるね。おかわりするかい?」
「――っあ。…あ、ああ…もう十分かな?ありがとう。」
他の場所へ飛びかけた思考が、戻ってくる。
目の前の新羅の目が優しく細められるのを見て、罪悪感や嫌悪感から胸の内が濁る。
…でも、そろそろ御暇しようか。
この二人がこんな時間から家に一緒にいれるなんて、滅多にないことだろうから。
邪魔は、いけないよね。
「しん――」
「あ、そうだ臨也!」
「!」
話しかける段階で失敗してしまった。
しかも新羅はきらきらとした笑顔でこっちを見て、新しい話題を振って来ようとしている。
……帰るなんて…言えない…
「なに?新羅」
「こないだ、本棚を整理してたら中学の時の卒業アルバム見つけてさ。すごい懐かしくて…今、持ってくるから一緒に見ようよ」
「…うん」
――まあ、いっか。
もうちょっと、ここに居よう。


午後5時半過ぎ。
池袋某所。

「あれっイザイザじゃん。」
「…狩沢か」
予定より遥かに遅く新羅のもとを離れて池袋の街の中を歩いていた俺は、偶然ばったりと狩沢に遭遇した。
今日は、本当に知り合いに良く会う日だな。
こっちに気付くなりにこにこ笑いながら近づいて来た華奢な女性にどこか上の空な状態で視線を向けながら、そう思った。
「珍しいねー単品で池袋にいるのってさ。」
「は?」
狩沢が言った言葉に、目を丸くする。
…俺が、常に誰かと行動を共にしているようなイメージがあるのだろうか…?
どういう意味なのかわからず、自分より下にあるその瞳を見つめる。
「ほらイザイザが池袋にいると、シズシズがすぐ駆けつけるでしょ?いーざーやー!って。」
「――ああ…」
なるほど、そういう意味か。
遠くへと据わった目を向けながら、妙に納得した俺は数回頷く。
そのままぼんやりと街並みを見ながらポケットに突っ込んだ手でそこに入っている携帯を撫でる。
「そうなんだよね。会いたくない時でも、勝手に俺のこと見つけて襲い掛かってくるんだ。」
「愛の力だよね。」
「どうしてそうなるのさ。意味わからないよ。」
はあ…
少し大袈裟に溜息をついて、相変わらずにこにことした笑みをこちらに向けている狩沢の隣を通り過ぎる。
「あ、イザイザ待った!」
「っ!、わっ」
 ―グイッ
話が終わり、言い方は悪いが開放されたと思っていた俺は擦れ違いざまに左手を強く引っ張られてバランスを崩す。
「わ、っとと」
「……。」
上手くバランスを取ることができないまま狩沢へと倒れこんでしまった俺は――
自分より小さくて、か弱い女の子である狩沢によろめきながらも受け止められてしまった。
…えぇー……。
「…イザイザさ、軽すぎ。ちゃんとごはん食べてる?」
「食べて…る…」
カロリーメイトとかで済ませることも多いけど。
――最近忙しくて、たまに食事忘れてたりするけど。
いや、でもこれは流石にショックが大きい。
狩沢に抱きとめられた状態で項垂れた。
ぽんぽん、と狩沢が慰めなのかなんなのか俺の背中を軽く叩いて…なんとも言えない微妙な気持ちになった。
「まあまあそんなに気にしないでさ。聞きたいことあるし、あそこのカフェ入らない?」
「聞きたいこと…?」
その言葉にやっとくっついていた体を離して、狩沢が指差しているそのカフェに視線を向ける。
「(あ、イザイザ離れちゃった。可愛かったのになー。ちぇー。)」
それから狩沢に視線を戻すと何故か狩沢は不服そうな顔をしていて、それがどうしてなのか分からず首を傾げる。
「!!」
それと同時にみるみる見開かれていくその瞳。
そしてゆっくりと動く右腕。
 ―グッ!
「もえッッ!!!」
「ッ!?」
 ビクッ!
力強いガッツポーズと高らかに叫ばれた言葉。
すぐ傍で発せられた大きな声と予想外な動きのせいで驚き、ビクリッと体が跳ねてしまった。
心臓がドクドク煩い。
だが俺は冷静を装い、話を本題に戻す。
――悔しいことに、狩沢の叫びに対応できなかったことこそ、冷静になれてない証拠なんだけどね。
「えーっと、聞きたいことがあるんだったよね?――特に予定無いし、いいよ。」
「ホント!?ありがとうイザイザ!これでネタが…」
「ネタ?」
「いやいや何でもないよ!」
かなり分かりやすく隠し事をされたが俺はそれが何なのかを突き止める気にはなれず、ただ黙ってカフェへと向かって行く狩沢の後について行った。
「――……」
店に入る直前に見上げた空は、薄暗くなりはじめていた。


午後7時前。
ロシア寿司店内にて。

「でも嬉しいなあ。ドタチンから晩御飯に誘ってもらえるなんて」
「まあ、たまにはな。」
店内には、平日でもごはん時のお陰なのか結構人がいた。
その人達に紛れて、俺達は男二人でカウンターに座っている。
狩沢とカフェに入った後。
何故か俺は狩沢から新羅、ドタチン、シズちゃんとの間で最近あった事を聞かれた。
だから俺は新羅と今日お茶しただとか、こないだドタチンとお酒を飲んだとか大まかに話したのだが…
それではまるで納得してもらえず、どこでどんな感じで飲んでどんな話をしたのか…等。思い出しながら話をしなきゃならなくなって、結局開放されたのは一時間以上経ってからだった。
「…はあ…。」
「…?」
…俺が話した内容を事細かくメモに書き込んでいたがそれが何故なのか、正直考えたくない。
狩沢が言った『門臨と静臨と新臨どれがいいかな!?やっぱり静臨かなっ?』という言葉は、忘れたい。いや、忘れた。

それはそうと。
何故俺が今ドタチンとこうやって二人でお寿司を食べているのかというと、
狩沢から開放された後池袋の街をぶらぶらしていた俺はばったりとドタチンに会い、そして晩御飯に誘われた。
丁度晩御飯の時間だったし特に予定は無かったしで、俺は二つ返事で誘いに乗った。
「大トロうまー」
「お前はホント、大トロ好きだな。」
「だって美味しいし、それに高級だろ?」
「――安くて美味いもんだってあるぞ?」
「それは知ってるけどさぁー俺にはちょっとねー」
そう言ってネタに醤油をつけた大トロを一巻、口の中に放り込んだ。
新鮮で高級である大トロが、口内で蕩けてなくなってゆく。
その美味しさに、頬の筋肉が緩むのが分かった。
「――…、…。」
ちらり、視線を向けた時計の長針は、丁度午後7時を指していた。
 ―カラン
また大トロの握りを一巻手に取って何となく、コップの中の水に浮かんでいる溶けて小さくなった氷を見つめた。
それから目を離して大トロを口に放り込むとやっぱり美味しくて、俺は大トロが好きだと再確認した。


 
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