拍手文ログ3 | ナノ
拍手文ログ3 指に触れる愛が5題(by確かに恋だった)
1.指だけ、そっと(蠍女神)
「ミロの、指…」
とても、綺麗なんですねと。にっこり微笑んで出された紅茶に口付けながら、女神は言って。
対して、ミロは何とも形容し難い表情を浮かべ称賛を受けた自らの指先を眺めた。
「そのように…言われたのは初めてです」
技を繰り出す瞬間に、形を変える我が武器。その時は冷酷なモノへと変化する。
「少しだけ…触っても良いかしら?」
女神のたっての願い、拒む理由等有るものか。けれども、守護の為なら少しも躊躇うことのないその行為は。何故か禁忌の色を帯びて行く。
「女、神…!」
触れた瞬間、心臓が踊り出して。その震えが伝わるのではないかと、心配が重なって益々ミロは緊張してしまう。
温かな小宇宙とは裏腹に、多少冷たい沙織の指先と。自身の熱さの差によって、初めて気付く。彼女は女神でもあり…女性でも有ることを。
「有難うございます、ミロ。…どうしたの…?」
“耳迄赤いですよ、大変!熱があるのかしら?”
天然さは時に残酷な結果を生む。しかし、それでもミロは口許に不敵な笑みを作る。
(何時か、貴女の心臓を貫かせて頂きますから…)
情熱の蠍座が恋に堕ちる、瞬間だった。
2.触れた指先にうずく熱(山羊女神)
「…女、神……?」
ふうわり、と。花の良い香りが鼻を擽って、ゆっくりと重い瞼を開けると其処には。
願っていた、ずっと。あれ程に、護りたかった女神が。慈悲深い微笑みを浮かべていた。
「気分は…如何ですか?」
夢か現か、それとも幻か。上手く世界を映す事が出来ない己の頭より、素早く動いたのは一番の武器である腕と。
白く浮かぶ細腕に、目を奪われて。衝動に駆られたまま、触れてしまった。
「…!…シュラ…?」
沙織は、この男を知らない。知る前にその機会は奪われてしまった。けれども、同じ仲間の話によると忠実で実直な者と聞き及んでいる。
だから、今の行動に一瞬眸を見開いてしまった。しかし、今にも崩れてしまいそうな…危うい表情を見せられてしまったら。
「――――ただいま、…そしておかえりなさい」
「……!?」
英雄である、彼を殺して。聖闘士でありながら、その運命を歪めてしまったのは。例え真実を知らなくても、許されるべきではなかったのに。
女神の指先は、とても細くて白く。想像してた以上に華奢で儚くて、そして美しかった。無性に彼は泣きたくなる。
「これから、一緒に…この地上を守って頂けるかしら?」
「女神……!」
この手を離さない、離すものか。俺は、貴女を護り続ける。
その決意は、長い間夢見てた使命から来るものか。それとも、新たに芽生えた沙織への情愛なのかは…本人のみぞ知る。
3.唇に指を這わせ (双子兄女神)
……パラリ。
決裁箱に収まりきらない膨大な、分厚い塊。側にある書物を捲る音が、この空間を無機質なものに変えて。
目の前の書類を、目映い速さで黙々と処理していく。早急な事案ばかりで、彼の集中は最大へと上昇しつつあった。
だから、扉を叩く音も。鈴が鳴るような美しい声音も、耳に入ってくる事は無かった。
「……サガ?」
「――――!?」
女神の、艶髪が触れる程の距離にて。吐息と共に運ばれた自分の名を呼ぶ音色に、心臓が飛び出そうな位驚いて。
手にしていた筆は滑り落ち、慌てて席を立とうとした男は。指先を軽く刺激する痛みには一切気も止めず。
「し、失礼致しました!女神…」
酷く狼狽し、謝罪する双子座に対して。気に病んだのは沙織の方も一緒。
「此方こそ、ごめんなさい…!仕事の邪魔をする気は無かったの」
そう詫びて、手にしていた紅茶茶碗を置く。疲れ切った身体に、癒しの香りが沁み込んで来る。
「サガは働き詰めですから…少し休んで貰おうと思って…」
この沙織という女性は、神で在りながら驕ることも無く。聖闘士は元より文官、雑兵までも慈悲の心を向ける。
だからこそ、この女神をずっと護り続けようと。そう誓った想いは、接する事が多くなってからより一層強く。
「すみません…そんな心遣いまで」
「ふふ、今日は私の好きな茶葉にしてみたんです。…あら?」
彼女はふと、男の指先へと視線を落として。そこに微かに滲む赤色を見つけると。
「…サガ、怪我をしてます…!」
その言葉に、本人は初めて痛みの記憶を呼び戻した。沙織の指摘が無ければ、とっくに消去されているであろう些細な傷。
「ああ、これは先程紙で切ってしまったのです。大したことは……ッ!」
本当に、小さなものだったのだ。だから、サガはその行為に目を見開いて驚いた。
女神の、白い御手が。自分の指を優しく取ったと思った瞬間に、ちりりと陽炎が揺らめいた。
「女、神……!」
紅色の舌が酷く艶麗に映る、柔らかい感触にぞくりと鳥肌が立つ。
「――――、あッ」
咄嗟にしてしまった治療に、沙織は思わず声を上げてしまう。
「ご、ごめんなさい…!つい、癖で……サガ?」
真面で女神の姿を捉える事が出来ない双子座は。顔を伏せたままであった。
何故なら…彼の心には、もう。女神を護る聖闘士としての誇りや忠誠は影となり、新たな想いが芽生えてしまったのだから。
城戸沙織という、一人の女性に全て奪われて。
4.薬指にくちづけを(魚女神)
例会に出席していた城戸沙織は夜風に長い髪を靡かせて、待機していた聖闘士と目が合った。
今回の日本での護衛を任されたのは。
「お待たせ致しました…アフロディーテ」
「―――いえ、しかし。随分と早い御帰りですね」
過去に任務に就いた彼等に聞いた話によれば、女神が予定の時間を過ぎるのは確定事項だから覚悟しておけと。
その有難いような忠告を、羨望の眼差しと共に受け取っていたのだが。
その意味する所を、瞬時に理解した女神は悪戯っぽく笑って言った。
「学んだんです…このような場面で如何に目的だけを忠実に遂行出来るか、を」
「……ほう?」
しかし、その秘密を明かすつもりは無いようで。そのままするりと、迎えの車に視線を移すのだが。
細く嫋やかな手首を取ると、魚座の男は自らの口元へ引き寄せた。
「――――成程」
そう呟くと、自然な流れのまま甲に口付けを落とす。
「これが、貴女の示す策ですか」
「あら…よく気付きましたね」
左手の薬指に、闇の中でも光を絶やさない輝く宝石。
一瞬で分かる、高貴でいて彼女の美しさを引き立たせる指輪を。そして、それが意味するものも。
「これだけ明らさまであれば。誰でも気付きましょう?」
「雑言に邪魔されるのは、もう懲り懲りですもの」
その身に浴びせられる、御曹司達からの魅惑的な申出を“雑言”の一言で片付けるとは…。
アフロディーテは腹の底から沸々と笑いが込み上げて来た。
(―――面白い、本当に)
聖域で見せる慈愛で溢れた女神様。しかし、その重責を一旦脱げばこんなにも変化する。
何色にも感じる、表情はどれも新鮮で少しも眼を離せない。
「…でも、可能なら。初めては本物を填めたかったです」
車の中で、独り言のようにか細く放たれた科白は。これもまたアフロディーテが初めて出逢う、普通の女性で。
自然に湧き上がる、聖闘士としての義務と責任。女神を護るという純粋な気持ち。
「貴女様でも、そのような夢を見るのですね」
「―――まぁ!私だって歴とした女ですのよ?」
眉を吊り上げて、責め立てる表情すら。可愛くて、愛しいならば。
それなら、いっそ。また罪を重ねるのも良いかもしれない。
(まぁ、今度は女神に対する反逆ではないからな)
アフロディーテは、口許に極上の笑みを浮かべて。この先起こる様々な問題すら、歓喜に変え。
「…いいえ?では、」
もう一度、男は女の手首を取り。ゆっくりと互いの指を絡めながら。
縛り付けていた輝石を外し、身体を屈めながら顔を近づける。
「あ……ッ」
柔肌に、這う感覚は。敬愛を表す類とは明らかに違う。他人が覗いていれば、それらは間違いなく。
愛が交差する、行為に見えるのだろう。
(もっと…貴女を知りたくなりましたよ)
また一人、罠に落ちた。
6.指と指、離れる瞬間(羊女神)
都会の雑沓に迷い込んだ二人の男女。
明らかに誰からも注目を浴びそうな容姿であるのに、この人混みの中ではそれすら困難であった。
それは当人達からすれば願ったり叶ったり。
エスコートしていた筈の右手は少々の詫びを入れ、握り締められる形に変化していた。
息を吐く暇も与えられない連日のハードスケジュール。車内で溢れた彼女の溜息を合図に、彼は手を取り飛び出した。
計画された逃避行では無かったが今日の予定を完遂させてから、とは深読みすれば狙った上での犯行か。
いずれにせよ、その心意を追求する気持ちは持っていない。沙織が心の片隅で待ち望んでいた夢物語だから。
「彼は今頃大騒ぎでしょうね」
「やだ…ムウ。貴方がそれを言うの?」
ドアを開けた時の運転手の顔が、一瞬だけ伺えた。それは今起きた出来事を現実と認めていない、何とも奇妙な面持ちだったのが可笑しくて。
永遠に続けるつもりのない逃亡劇の為、その罪の意識は互いに薄かった。だからこそ、純粋に懸命になれる。
夜の繁華街は様々な者が行き交う。その流れに逆らうには、経験が圧倒的に足りない女神は飲み込まれて。
「きゃ…っ」
命綱である掌が裂かれる。
ゆっくりと、指と指が離れて行くのが見えた瞬間。
「―――ッ、沙織!」
飛び込んできた言葉と表情に、沙織はただ驚いて追い掛けようとした指先は止まる。
それと同時にムウは自身が伸ばした腕の中に、彼女をしっかりと包み込む。
牡羊座が安堵の息を吐くが、胸中に大人しく収まっている愛しい存在を不思議に思って。
「……どうなさいました?」
「―――今、沙織って」
聖域を護る黄金聖闘士達は皆、沙織を女神(アテナ)と呼ぶ。いくら彼女が人間らしくとも、それは沙織自身の優しさであって神とは対等になれないと。
今回日本に赴く直前にも、女神の些細な願いは彼等を悩ませて。しかし、誰もが欲している望みは総て同じだとその一人であるムウも気付いている。
「………いけませんか?」
「いいえ!凄く、嬉しいです…!」
照れたように、はにかむ笑顔は宵の中でも眩しく映る。その美しさに何時も冷静な彼の鼓動も速くなっていく。
(本当に、貴女には敵いませんね……)
遠く感じていたのは寧ろ自分達の方。その一歩を踏み出せば容易に、そして確実に距離は縮まるのだ。
同僚達から一歩も二歩も進んだムウは密かに笑って。目的を果たさんとばかりに再び駆け出せば、沙織の羽衣はふわりと舞う。
微笑み合った二人の指先はしっかりと絡ませて、二度と解けぬように。