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HAKKA CANDY



たまに連絡を取って、予定が合えば会って、やって。食事をするわけでもなくどこかに行くわけでもなく。ただ会って気持ちのいい事をするだけ。




「…あんた、そんな人生でいいわけ?」

とある休みのお昼過ぎ。高校からの友人と久しぶりにカフェで新作のドリンクとケーキを堪能しながらお互いの近況を報告していた。近況といっても会うのが二年ぶりとあっては、互いの話も中々尽きない。大抵は職場の話や恋人の話になるのだが、私のここ数年の恋愛話は、無いに等しかった。代わりにと言っては何だが一年程前から関係を持ち始めた男の話をしてみれば、友人は意外にもその話にガッツリと食いついてきたのだ。

「そう言われましても…」
「いやあたしもね、アンタの人生なんだからとやかく言うつもりは無いんだけど…大丈夫なの?やな事されたりしてない?」

俗に言う「セフレ」がいるという事に対して呆れるでも無く純粋に心配してくれる友人に、私は嬉しさと申し訳なさが同時に襲ってきて少し泣きそうになった。

「えっ、ちょっと泣きそうな程追い詰められてんの!?」
「あ、違う違う。ごめんね、ありがと。心配してくれてんのかなーって思ったら嬉しくて」
「当たり前でしょ、友達なんだから心配もするよ」
「阿部さんとはそんなんじゃないから、安心して。普通に優しい人だよ。口は悪いけど」

そう言って残り僅かになったドリンクをストローで吸い上げると、水滴が落ちて濡れたテーブルを乾きかけたおしぼりで拭った。そのまま綺麗にそれを畳み、トレーの上を整理していく。
そんな私のいつもの動作を見つめながら、目の前に座る友人が急に名前を呼んできた。

「名前、明日仕事早番?」
「ううん、明日は午後出勤」
「じゃあ、夜も付き合って。あたし明日夜勤だから。詳しく話聞きたいから個室予約するわ」
「りょ、りょーかい…」

友人の勢いに飲まれてしまい、私は二つ返事で引き受けてしまった。






「はい、まず出会いから!大学の先輩だっけ?」

ビールで乾杯した後すぐに、尋問が始まった。

「そう。でも大学時代はそんなに関わりなかったんだよね。お互い顔は知ってるけどレベル」
「それがどうしてセフレになんの?」
「うーん…成り行き?」

お通しを箸で摘みながら、僅かに首を傾げて見せると友人は態とらしく眉を顰めた。とは言え本当に気付けばこうなっていたのだ。
大学の別の先輩から紹介されて、知り合って、今に至る。初めは付き合うつもりもあったのだが、何故だかそういう事には発展せず、だらだらとたまに会って身体を重ねるだけの間柄となってしまった。

「…一年経つんだっけ?そのアベさんって人と関係持ち始めて」
「そうだね、そのくらいは経つかも」
「名前にしては長いよね。いっつも続かないもんね、彼氏と」
「まぁね。多分恋人じゃないからなんだと思う」
「そっかぁ…あたしセフレって実際持った事ないからわかんないんだけど、やっぱり色々決め事とかしてんの?」
「決め事…んー、まぁルールはあるよ」

向かいの友人の吐き出される煙草の煙をぼんやり眺めながら、約一年前に定めた、互いのルールを思い返した。

一、互いの生活を尊重する
二、束縛や嫉妬はしない
三、電話は極力しない
四、互いのプライベートには踏み込まない

「…へぇ、いいね。特に一番」
「でしょ。殆ど阿部さんが考えたの。四つめまで考えた所で、四だとなんかキリが悪いから本当は五個出したかったらしいんだけど、結局浮かばなくて四つになったままなの」
「なにそれウケる」

煙草を灰皿に押し付け、ビールを煽る。そんな彼女を見ながらそう言えば阿部さんと同じ銘柄だなぁ、などと少し嬉しく思い、私も続けてビールを流し込んだ。

「ね、写真とか無いの?カッコいい?」
「写真なんか無いよ…顔は…まぁ多分カッコいい部類。背は高いよ。180近いと思う」
「仕事は?」
「さぁ?」
「下の名前は?」
「さぁ?」
「ちょっと…」

ジトっとした目を向けられる。そんな顔しないで欲しい。プライベートに関する事には踏み込まない約束なんだから。

「あ、でも多分彼女さんはいるよ」
「えっ、嘘…マジ?」
「マジ。だからね…ちょっと申し訳ないというかいけない事してるなぁって自覚はしてるよ。早めに終わらせなきゃとも思ってるんだけど…どうにもあっちの関係が上手くいってないみたいでね。阿部さんの方から連絡くるから断るに断れなくて」
「すっごぉい。ドラマみたい」

やや興奮気味に私の話に耳を傾ける友人。そういえば阿部さんの話を他人にするのは初めてだ。別に阿部さんにも阿部さんとの関係にも不満がある訳じゃ無かったけど、それでも人に相談出来たのは正直少し楽になった。信頼している友達だからこそ、何も偽る事なく自分の気持ちを語ることが出来る。

「しっかしねぇ…高校の頃からクールビューティーと持て囃されていた名前がセフレとは…人生って色々あんのね」
「やめてよ、クールビューティーとか。恥ずかしい」
「ホントのことじゃん。久々に会ったけど、相変わらずあんたの美人はなんか頭一つ抜けてんのよね。羨ましいったら。その透明感どうやって出せんの?」

あまりにも真剣に尋ねてくるものだから、私はうっかり笑ってしまった。まずは煙草を辞める所からかな。そう言うとまた「わかってるわよ」なんてちょっと不機嫌になるんだろうけど。

そうしてお酒もどんどん進んでいた所で、テーブルの上に伏せていた私のスマホが短く震えた。チラリと差出人だけ確認すると、まさかの「阿部さん」からのメッセージ。いつも通り短い文章で、名前だけを確認するつもりが内容まで読めてしまった。

『今夜、空いてる?』

うわ、とうっかり声に出してしまい、友人に怪訝そうな顔をされてしまった。

「何?職場から?」
「ううん、阿部さん」
「めっちゃタイムリーじゃん」
「今晩逢えるかって」
「急だね。いつもそんな感じ?」
「当日は初めてかも。いつも余裕持って連絡来るから」
「それじゃあ、何かあったんだろうね。行ってあげたら?あたしは大丈夫だよ」
「いいよ、また今度にしてもらう。中々会えないんだし、私は友達を大切にしたい」

そう言って私は『今夜は用事があって難しいです』
と返信した。すると間を置かずに了承の旨返事があった。ここまではいつも通りだ。しかし、やはり今日の阿部さんは何か様子がおかしくて『明日は?』と続けてメッセージが飛んできたのだ。慌てて『遅番なので、21時からだったら大丈夫です』と送ると『じゃあ21時に○○ホテルにいるから』と地図と共に返事が送られてきた。
普段冷静な彼らしからぬ責付き様に私も気にならない訳ではなかったが、友人との時間を割いてまで行くのはまた違う気がして、わかりましたと短く返事をしてからスマホを鞄の中へ仕舞った。




翌日の退勤後、ロッカールームで着替えをしながら先日送られてきた地図でホテルの場所を確認していた。地下鉄で四駅の距離だ。駅からは徒歩で五分程で、タクシーは使わずに私は歩いていく事にした。

着いた先は所謂ラブホではなく普通のビジネスホテル。阿部さんとはこうしたビジネスホテルで逢う事もままあった為、そんなに驚くべきことでは無い。
フロントで予約者の名前を告げるとすぐに八階です、とカードキーを一枚渡された。
エレベーターを降りて、一応ノックをしてからルームキーを翳すと、机にパソコンを広げて何やら難しい顔をしている阿部さんの姿が映った。仕事だろうか。ジャケットは脱いでいるがいまだにネクタイもしたままでワイシャツの袖を捲っている。

「阿部さん…?」

パソコンの画面を見ないように気を付けながら後ろからそっと声をかけると、阿部さんはゆっくりと振り返った。

「おー、悪いな。急に呼び出して」
「いえ…昨日はすみませんでした」
「突然連絡した俺が悪いんだし、気にすんな。風呂、入ってくるか?」
「先にいいんですか?」
「ちょっと仕事残ってんだわ」
「わかりました」

何だか疲れ気味の阿部さんが気になるところではあったが、これ以上尋ねたらルール違反だ。私は黙って言われるがまま、先に入浴を済ませる事にした。

全てを綺麗にした後、私は出て行く格好に少し迷いが生じた。普段ならすぐ脱がされるからとタオル一枚で出たりするのだが、まだ仕事が終わっていない可能性もあるし、そもそも阿部さんはまだお風呂に入っていない。その間タオル一枚で待つのは何だが間抜けだなと考えた末に、私はホテル備え付けの館内着に袖を通した。

「お待たせしました」

そっと扉を開けて部屋の中を覗くと、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠めた。このホテル喫煙室あるんだ、とその匂いで気付かされ、私は仕事終わりの一服中であろう阿部さんの背中に軽く手をついた。

「お疲れ。何で服着てんだ?」
「だってまだお仕事終わってなかったら恥ずかしいし」
「何だそりゃ。まぁいいわ、俺もパッと入ってくるから待ってろよ」
「はい」

微かに触れた唇から、ふわりと煙草の苦味が伝わってきた。





セックス中は至って普通だった。
普段と違うなと感じたのはフェラをお願いされた事くらいで、別段荒っぽかったとか、イラついてる感じでも無い。私の考えすぎだったかな…とお掃除フェラの為に阿部さんの足の間に体を埋めた。

「…私、あんまり上手く出来ないですけど大丈夫ですか?」
「知ってるよ。口、小せぇもんな。無理しない程度でいいから」

そう言ってくしゃりと前髪を撫でられ、私は口が小さいは余計です、という言葉を飲み込んでしまった。そのくらい、私の頭に乗せられている手には何か暖かいものが詰まっている。
射精後の力の抜けかけた竿を両手で掴んで、カプリと頭から咥えた。尿道から残った精液を搾り取るように吸いながら、出来る限り口を開けて包み込む。入りきらない部分は舌を使って丁寧に舐めていくと、頭上から阿部さんの満足そうな声が降ってきた。

「はい、綺麗にお掃除出来ました」
「サンキューな」

ちゅぽ、と音を立てて口から男根を離すと、薄く笑った阿部さんからご褒美とばかりのキスを貰った。一瞬苦そうな顔をされてしまい、それ殆ど自分の精液ですからね、と笑って返す。
サイドテーブルに置かれた煙草に手を伸ばし、いつものようにベッドに腰掛けて火を灯す。そんな阿部さんの様子をボンヤリ眺めていると、珍しく不意に視線が絡み合った。

「…、どうかしました…?」
「いや…」

ふー、と私の顔とは反対側に煙を吐き出しながら苦虫を噛み潰したような顔をする。普段の私なら「そうですか」と適当に流して深入りを避けるが、友人と話して少し情が移ったのか、踏み込んではいけない一歩を、一線を、超えてしまった。

「何かありました?やっぱり少し、様子が変ですよ」

布団から這い出して四つん這いになり、そっと顔色を伺う。阿部さんはまだ十分に残っている煙草を灰皿で押し潰して、私にガウンを被せた。

「着てろ。目の毒だ」
「阿部さん」
「……ルール違反だろ」

わざと話を逸らそうとした阿部さんを咎めるように名前を呼べば、抑揚のない声で現実を突きつけられてしまった。
そうだ。そんな事わかっている。私だって適切な距離を取ろうとしているし、逆の立場だったら私も同じ事を言っただろう。それなのになぜ、踏み込もうとしてしまったのか、私にだってよく分からないのだ。

「すみませんでした…」

うっかり涙声になってしまい、思っていた以上にショックを受けていた自分に驚いた。泣くな。泣くと面倒くさがられる。縁を切られてしまうくらいなら、こんな関係でもいいから繋がっていたい。
そこまで考えて、昨日の自分の発言は一体何だったんだと心の中で自嘲した。終わりにしなければならない、こんな関係を続けていてはいけない。そう理解をしているフリをして、結局のところこの居心地のいい場所に居座り続けたいのだ。聞き分けのいい子を演じる、自分に酔っているだけなのだ。

「すみません…私、帰ります」
「え、」

まるで子供だ、と思いながら私はベッドから足を下ろした。今日はこれ以上ここに居たくない。一度帰って頭を冷やし、またいつも通りの関係に戻りたい。
必死に泣くのを堪えながら新しい下着を身につけようと鞄を漁っていると、急に強い力で腕を引っ張られ、ベッドに押し倒された。薄暗い照明の中、見上げた阿部さんの顔は柄にもなく焦っている。

「え、なに…」
「それこっちのセリフなんですけど。何、急に」
「何が…」
「何でそんな泣きそうなんだよ」
「…ぁ…ごめんなさい…気にしないで」
「気にするっつーの。俺泣くような事言ったか?」
「言ってないです…すみません」

ああ、これは完全にしくじった。完全に面倒くさい女として認識されてしまった。阿部さんのため息が耳を掠め、余計に泣きたくなる。ルールを破ったのは私だ。それを咎められて勝手に傷付いているのも私の方だ。意味がわからないのも当然だろう。

「あのさ、すみませんすみませんって、謝るだけじゃわかんねぇよ」
「ごめ、」
「ほらまた」

こんなに低い声も出せるんだ、と頭の片隅で冷静な事を考えてしまう。現実逃避でもしたいのか、それとも新たな一面を見られてこんな時でも嬉しいと思ってしまったのか。

「……ハァ…違う、謝んのは俺の方だ」
「?」
「普段と様子が違ったら、そりゃあ少しは気になるモンだよな」
「そう、ですけど…でも」
「…お前がさ、珍しく俺に興味示してくれたからつい勘違いしそうになって、自分に言い聞かせる為にもあんな言い方したんだよ。悪かったな」

先程とは打って変わって急に萎らしくなった阿部さんに私は口をぽかんと開けてしまった。言われた意味が、あまりよくわからなかった。

「お前はただ、単純に様子のおかしい俺を心配してくれただけなのにな」
「え、いや…そうですけど…そうじゃなくて…」

両手をシーツに縫いつけられていて、私は必死に足をばたつかせてかぶりを振った。すると漸く阿部さんは体を起き上がらせて、私の手首から手を離してくれた。しかし、また逃げようとするのを阻止する為か、あろう事かベッドの上に胡座をかいた阿部さんの上に座らされてしまったのだ。幸いにも背中を向けて座らされたが、腹の前には逞しい腕が回り込み、ガッツリホールドされている。

「…俺に女がいる事は知ってるだろーけど、実はその女、会社の社長の娘でさ。よくある話なのかわかんねぇけど、その娘が俺の事気に入って、親父の力使って無理矢理俺とくっ付こうとした訳。んで、断るのも社会人としてどうかと思ったし、もしかしたら付き合っていくうちに好きになれるかもしんねーと思って付き合ってはみたんだけど、もう酷くてさ。なんつーの、わがまま放題だし自分の事は棚に上げて人を貶しまくるし。その上俺が昇進する度、社長令嬢と付き合ってるからだとかくだらねぇ噂は蔓延するしで…」

唐突に始まった自分語りに、私は何も言えずにただ聞き手に回った。急にどうしたというんだ。嬉しいけど、今までの阿部さんらしくない。

「だから俺、今の彼女とも縁切って、会社も辞めようと思って。また一からのスタートにはなるけど知り合いの伝で次の就職先もほぼほぼ決まりだから」
「…もう辞めるって伝えたんですか?」
「ああ、昨日退職願出してきた。そしたらまぁ、キレられるはごねられるわ」

そんな大変な時期に私と逢って良かったんだろうか。そうふと心配になったが、何も考えず欲を吐き出したい気持ちにでもなったんだろうな、と思い直す。
私は不意に阿部さんの顔を見たくなり、後ろを振り返ろうとした。しかしそれは、お腹に回った手と反対の手で静止されてしまった。

「見るな。顔見たらまたヤリたくなるだろ」
「そんなの…別に気にしなくていいのに。私は大丈夫ですよ」
「ダメだ。お前と会うのは今日で最後になるんだから、これ以上溺れたくない」
「えっ…」

思わぬ言葉に私は一瞬耳を疑った。今日で最後とはどういう事なのか。やはり私がルールを破って一線を越えようとしたから?それならば何故、自分の話をあんなに沢山してくれたのか。

「なん、で…もう、逢えないんですか…?」
「会いたくねぇだろ、こんなルール違反野郎とは」
「…ごめんなさい、本当に…私が軽率でした。だから…そんな事言わないで…」

私は必死に縋るように頭を下げた。今の状況を恐らく半分も理解できていないが、それでも自分が悪かった事だけは理解している。みっともないと頭ではわかっていたが、それでも捨てられたく無い一心で、私は謝り続けた。

「ちょ、えっ…おい、何か勘違いしてねぇか?」
「え…」
「俺が言ったのは、自分の事をベラベラ喋った自分に対しての事で、お前の事は一切責めちゃいねぇよ」

急に慌て出した阿部さんは、あれだけ嫌だと言った顔を合わせてくれた。

「えーと、ちょっと待てよ…俺達何か物凄いすれ違ってるのか…?もしかして」
「…?」
「一個ずつ行こう、一個ずつ。まずお前、もう俺とは会いたくねーんじゃねぇの?」
「そんな事ないですよ。何故そう思うんです?」
「俺が勝手にルール破っただろ。お前、今まで結構ルールに拘ってたからさ」
「勝手にじゃないでしょう。それは私が聞いてしまったからで…それよりも何で急に自分の事話し出したんです?私の事なんか無視して、流してくれても良かったのに」
「それは…」

少し言い辛そうに阿部さんは一瞬黙った。眉を寄せて低く唸っていたかと思えば、意を決したように私の肩を掴んできた。

「俺は、お前ともっと話したかったんだよ。だけどそれやっちまうと今の関係が崩れちまう。でもお前の泣きそうな顔見たら、なんかもう気持ちが吹っ切れたというか…それで話し終えた後に我に返って、今日でもう会えるのは最後なんだな、と」
「なに…それ」
「でもお前はまだこんな俺でも逢いたいって言ってくれた。スゲェ嬉しい。でも多分…俺、もうお前のことセフレとは見れねぇところまで来ちまってる。自分でルールとか決めておいて、勝手な話だけど」

これは、どう受け取っていいのだろうか。自分にとって良いように解釈してもいいのだろうか。私は震える手で、阿部さんの頬にそっと触れた。

「…私に情が移ったんですか」
「ごめん」
「なんで、謝るんです」
「お前は嫌だろうと思って」
「そんな事無いですよ…嬉しいです」
「……本当か」
「逆に私で本当にいいんですか?私、今まで本当に長く続いた事ないんです。多分私に何か問題があると思うから…阿部さんも嫌になってしまうかも」
「んなの、ただ相性が悪かっただけだろ。俺とはもう一年以上続いてるじゃねぇか」
「それは多分…セフレとしての付き合いだったから…」
「まぁ…それもあるんだろうが…多分さ、名前にとって自分の生活を尊重してくれねぇ奴は苦手なんじゃねぇか?」

そう言われて、私は暫し考え込んだ。他人と共存するということは、我慢をして、自分の時間を犠牲にする事だとは理解しているがそれでも相手の都合にばかり合わせたり、自分のタイミングと合わない事が続けばどうしても気が滅入ってしまっていた。

「確かに…でもそれってただ私の我儘というか」
「違ェって。嫌な事は嫌って言っていいんだよ。俺もどっちかっていうと自分の時間が無いとダメなタイプだし、マイペースな方だと学生の時から言われてるから。だからこそ相手の時間の流れも尊重したいと思ってるし、相手ばっかりに気を遣わせてんのもヤなんだよ」

なんだか凄く新鮮な、驚くような知見を得たようで目から鱗が落ちた気分だった。そんな考え方をしてくれる人が居たのかと、私は一瞬どうして良いかわからなくなった。ただ嬉しくて、どうしようも無く目の前の男が愛おしく感じた。

「おい…名前…?」
「どうしよう阿部さん…嬉しすぎて死にそう」
「死ぬなよ。まだこれからなんだから」
「はい…ふふ、私達凄く遠回りしましたね」
「ホント、この歳でこんな事になるなんてな…」

抱きついてみても良いだろうか、と恐る恐る腕を伸ばすと、阿部さんは力強く私を迎え入れてくれた。

「待ってろ、すぐに全部にカタつけて迎えに行く」
「あはは、待ってます」
「それから…一つ、いいか」
「はい」
「片付いたら…まず電話していいか」

思っていたよりも可愛らしいお願いに、私はまた面白くなって笑みを零した。そのくらい、なんて事無い。

「勿論です。私からも一ついいですか?」
「ああ」

ゴクリ、と唾を飲み込む気配がした。

「お名前、教えてください」



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