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愛しの



ついこの間まで涼しくて過ごしやすい時期だったかと思えば、あっという間に雪がチラつき始める季節になった。この時期になると、名前は布団から出るのに相当時間を要するようになる。それは自他共に認める事である為、名前はいつもより早い時間にアラームをかけるし、阿部は彼女の家まで迎えに行く事が増えた。
例に漏れず本日も、阿部は名前の家の玄関で目的の人物が降りてくるのを今か今かと待ち構えていた。

「いつもごめんねぇ、もうすぐ降りて来ると思うけど…何かあったかい物でも持ってこようか?」
「いえ、大丈夫っす。ありがとうございます」

ごめんね、などと言ってはいるが名前の母親は基本放任主義だ。おそらく阿部が迎えに来ていなかったら学校に遅刻する時間になっても何も言わないだろう。もしかしたら遅刻どころか勝手に休んだりしても同様かもしれない。西浦自体も他の学校と比べたら自由である為、名前は家でも外でも自由に生活を送っているのだ。とは言え、彼女は非行に走っているというわけではなく、少々マイペースな所はあるが至って普通の高校生なのである。

「おはよー」

そうこうしているうちに、漸く名前が現れた。いつも通りもこもこ着込み、顔の半分が隠れるほどにしっかりとマフラーを巻きつけている。

「遅い」
「えへへ」
「えへへじゃねーよ」
「ごめんて。ほら、行こう」

悪びれる様子もなく、名前は靴を履いて阿部の背を押した。仕方なく阿部は一度振り返って母親に会釈をし、されるがまま玄関の外へと出る。名前も手を振って母親と二、三言交わし、扉を閉めて歩き出した。

「…寒い」

二人並んで歩き出したと同時に、名前はいつものようにそう呟いた。身体を縮こまらせ、両ポケットに手を入れて歩く姿は何度見ても面白い。

「だから私服で登校すればって毎回言ってんだろ」
「制服着れるの今だけなんだから極力したくないって私も毎回言ってる」

もう何度目かもわからないお馴染みの会話を今朝も行ってしまい、阿部は人知れず息を吐いた。
彼女が極度の寒がりであるというのは付き合い始めてすぐに気付かされた。そしてそれは今も尚、変わらない。過剰な厚着も初めこそ驚きはしたが、今となっては見慣れたものだ。

「お前、今日朝練は?」
「今月から月曜と木曜だけになった」
「他の日は」
「自由」

ふーん、と小さく零して阿部もポケットに手を突っ込んだ。そして中のホッカイロをシャカシャカと振り、もう片方のポケットに移す。

「あ、いーなー」
「お前持ってねぇの?」

いつもならホッカイロも二、三個常備している名前にしては珍しいな、と阿部は目を丸くした。しかし名前はすぐに首を横に振り、ダッフルコートの両ポケットから手を取り出す。

「持ってる」
「じゃあやらね」

両手にはしっかりとホッカイロが握られており、名前は満足気にそれをまた戻した。それならば何故彼女はいいなぁなどと口に出したのか、阿部は少しばかり悩んで見たが、恐らく暖を取る為の物はいくつあっても足りないという事なのだろうと勝手に結論付けた。

「…そういやお前、朝練週二日に減ったっつってたけど大会とかねぇのか?」
「んー…大きいコンクールとかはもう終わった。後は小さいのとかちょこちょこやる所もあるみたいだけど、うちは出る予定ないよ」
「じゃあ今は暇なのか」
「暇とは何よ暇とは。野球部だってシーズンオフだけど色々やる事あるでしょ?吹奏楽だって同じだよ。基礎練とか定期演奏会に向けての準備とか。あっ、野球部の応援来年も行くからね。それも練習始めてるよ」
「おう、さんきゅー。人は増えたのか?」
「んー…ぼちぼち」

少し笑って、名前は肩を竦めてみせた。
今年の夏は浜田が声をかける前に自分から応援に行きたいと言い出し、張り切って練習を
始めていた。そして吹奏楽部が動く事が名前にとっては最終目標であったがそれは叶わず、結局有志の人数人で演奏を行う事となってしまった。だが阿部的にはそれで良かったと思っている。初戦で浜田が二百人ほど人を集めてきた時に三橋が随分と畏縮してしまっていたからだ。それなのに更に吹奏楽部が揃って応援席に構えていたりなんかしたら、あまり良い方向には転がらなかっただろうというのが阿部の見解であった。

「後輩に声を掛けたら二人位引き受けてくれたよ。あ、あと同学年のトランペットの子が一人捕まった」
「この調子で少しずつ増えて行くといいな」
「そうなんだけど…部として動けない以上マイ楽器を持ってないと厳しいからなぁ」
「殆どの奴が借りてるって事か」
「そうそう。楽器なんてそうポンポン買える物じゃないからね」

気付けば、学校の前の坂を登り始めていた。名前の要望で今日は自転車ではない為、坂が普段よりも辛く感じない。そのせいか自分と並んで歩いていた名前と距離ができてしまっている事に気付き、阿部は足を止めて振り返った。

「大丈夫かー」
「普通に歩くペースと変わらず登るんだもん、凄いね隆也」
「鍛え方が足りないんだよ、吹奏楽部さん」
「腹筋しか鍛えないんだってば」

なんとか追いついた名前に合わせて、今度はややゆっくり目に登って行く。校舎にまで入ってしまったら、クラスが違う為暫く離れ離れになってしまうので、丁度いいかと阿部は内心嬉しかったりもするのだが、名前の方はここまで歩いてきたにも関わらずいまだに寒そうに縮こまらせているだけであった。

「ほら、頑張れ」
「そんなにきつそうに見える?」
「いや、寒さにも打ち勝てって意味」
「あはは、そっか」

マフラーから少しだけ顔を出し、名前は苦笑した。釣られて阿部も笑みを返し、校舎へと入る。靴を履き替えて階段を上ると、すぐに別れがやってきた。廊下の途中で足を止め、それぞれの教室へと体を向けた所で、不意に阿部が名前を呼び止めた。

「名前」
「何?」
「今日一緒に帰れるか?」
「吹部は八時前には終わるから…待っとこうか?」
「いや、それならいいわ。先帰っといて。今日またメールする」
「わかった。じゃあね」

手を振り歩き出した彼女の後ろ姿をぼんやりと眺め、阿部も七組へと向かって足を進めた。






部活が終わって名前が携帯を開くと、朝阿部が言っていた通りメールが入っていた。内容としては「今日の夜家に行く」となんともシンプルなものであったが、名前は珍しいなという感想が一番に浮かんだ。どちらかの家で一緒にご飯を食べたり家族ぐるみで出かけたりというのはしょっちゅうであるが、夜に来る、しかも泊まりを匂わせるような内容をこんなど平日に申し出てくるなんて事は本当に稀であったのだ。金曜の夜か長期休みくらいにしかお互いに泊まったりなどしない為、理由としては名前は一つしか思い浮かばなかった。明日が、阿部の誕生日という事である。
だがここで名前はまたもや疑問が生まれた。彼が自分の誕生日の前日だからといってわざわざ泊まりに来るだろうか、と。今まで付き合ってきた名前としてはそれはまず無いだろうという考えに至るのだが、そうするとならば何故、と結局振り出しに戻ってしまうのだ。

「…まぁいいや」

ぐるぐると一人で考えを巡らせても答えが出る気がしない。名前はそうそうに考える事を辞め、部活仲間と帰路についた。


阿部が名前の家を訪れたのは、九時を少し回った頃だった。

「早かったね」
「今日予想以上に早く終わったんだよ」
「ご飯は?食べた?」
「ああ。風呂も済ませてきた」

自分の部屋に通しながら、名前は阿部の手荷物をチラリと盗み見た。それは明らかに学校と部活の道具で、やはり泊まる気でいるのだと推測できる。

「母親は?」
「友達とご飯だって。多分夜中にしか帰ってこないよ。お兄ちゃんはバイト」
「今はどこでやってんだっけ」
「居酒屋」

荷物を降ろしてその辺に腰を下ろした阿部を横目に、名前は自分のベッドに腰掛けた。

「相変わらずこの部屋寒いな」
「だって暖房ないもん。ストーブじゃ限界あるよ。あ、じゃあリビング行く?」
「や、俺は平気。つか宿題だけ済ませたら後は寝るだけだし」
「…宿題しに来たの?」

予想外の言葉が阿部の口から飛び出し、思わず名前は目を丸くして聞き返してしまった。

「ん?ああ、そうか不思議だよな急に泊まりになんか来て」
「うん」
「今日親父の野球繋がりで昔から仲良くしてる人達数人が家に来る事になっててさ。その内の一人に、すげー面倒くさいおっさんがいんだよ」
「…だからその人から逃げて来た、と」
「そういう事。俺にいっつも絡んでくんだけどさ、シラフで既に厄介なのに酒まで入るとより面倒くささが増すんだよ。だから関わらねぇでいいように急いで出てきた」
「珍しいね、隆也がそこまで言うなんて」
「そうか?」

首を傾げながら、阿部は早速鞄からノートと筆記具を取り出し始めた。本当に宿題に取り掛かるつもりらしい。

「…私さ、明日が隆也の誕生日だから今日泊まりに来るなんて言ったのかなって一瞬考えたよ」
「……あ、そうかそういやそうだな。もうそんな時期か」
「ほらね、そんな事だろうと思ったからすぐに考えを改めて正解だった」
「何だそれ」
「過度に期待なんかされても大した事出来ないから」
「そういうことか」

クスリと笑みを浮かべた阿部。その横に名前も腰を下ろし、一緒になって途中で止まっていた宿題を片付け始めた。



宿題を終え、暫くダラダラと過ごしていたらあっという間に十一時を回っていた。明日もお互いに朝練は無いが、早めに布団に入ってしまおうという名前の提案で一つのベッドの中に二人で潜り込んだ。まだひんやりとしている布団の中で名前が必死に丸くなっていると、頭上で微かに笑い声が聞こえて来た。

「ったく、そんなに着込んでるのにまだ寒いのかよ」
「布団ってあったまるまでに時間かかるでしょ」
「んじゃほら、ベタだけど運動でもするか?ベッドの中で」
「やだ」
「遠慮すんなって」

急に上機嫌になった阿部は、早速名前の服に手をかけ始めた。あまりにも急な展開に名前は抵抗らしい抵抗が出来ずに、されるがまま服を剥がされていく。一番上に着ていたパーカーのジッパーを下ろされ、その中に着ていたトレーナーを捲り上げられる。ここまできたらもう阿部のしたいようにさせるか、と誕生日前日という事もあって名前が半ば諦めかけていたところで、何故か阿部の方が動きが止まった。

「…?」
「お前さ…何枚着てんの」
「えー…わかんない。五枚くらい?」
「マジかよ。予想してたよりも遥かに多いんだけど」

そう言いながら次に着ていた服を捲る阿部。だがその下にも薄いが洋服らしきものが現れた。恐らくヒートテックの類いなのだろうが、それがあと二枚は重ね着されている。もしや、と阿部はズボンの方にも手をかけると確実に一枚ではない感触が伝わってきた。

「…クッ、ククク…ッ…」

急に肩を震わせ始めた阿部。そんな姿を下から怪訝そうに名前は見上げた。

「…なによ」
「いや…っ、クッ…萎えた…ッ」
「はぁ?」

笑い過ぎたせいか若干涙目になっている阿部が洩らした言葉に、名前は唖然とした。あれだけ勝手に一人で盛り上がっておいて、いとも簡単に盛り下がるとは。一体何がしたいんだと名前はただただ訝しげに見上げていた。

「…っ…あー、収まってきた…はぁ」
「何だったの、急に」
「そりゃこっちの台詞だっつの。お前家の中なのに着過ぎだろ。玉ねぎかよ」
「変な例え」
「うるせー。剥いても剥いても中身が現れねーからさ。段々可笑しくなってきて…」
「だって寝る時にカイロは流石に貼れないじゃない?だからいっぱい着ておかないと」
「寝苦しくねーのか」
「寒いよりマシよ」

また思い出し笑いでもしているのか、僅かに肩を震わせ始めた阿部は、そのまま脱がしかけた洋服を綺麗に正し、名前の上から退いた。

「萎えたんなら、もう寝よう?」
「ああ、そうだな」
「今何時なんだろ…」

枕元の携帯を開き、時間を確認した。すると運が良いのか何なのか、丁度十二時を指しており、携帯の日付の表示が十日から十一日に切り替わった瞬間であった。

「あ、日付変わった」
「そうか」
「そうかじゃないよ。おめでとう」
「ああ」

さして興味もなさそうな返答だったが、気にせず名前は体を阿部の腕の中に入り込ませた。

「誕生日おめでとう、隆也。プレゼントは明日ね」
「…さんきゅ」

改めてお祝いの言葉を口にすると、少しだけ名前を抱え込む腕の力が強くなった気がした。




愛しの
(寒がりさん)


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