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寂しい、と心が泣いて



「阿部、明日空いてたりしない?」

部活が終わり、着替えを済ませて自転車置き場まで歩いている途中で栄口から不意に話しかけられた阿部はゆっくりと振り返った。

「…明日?」
「そ。明日祝日だし部活も午前で終わりだしで、みんなで遊び行こーって話になってんだよ。それに…」
「それに!明日阿部誕生日なんだろー?昼飯奢ってやるって言ってたぞー花井が!」
「なんで俺だよ!?」

栄口の後ろからいきなり顔を出してニヤリと笑う田島に対して声を荒げる花井。それをまぁまぁ、と取り成す栄口に対して阿部は訝しげな視線を送り、そのまま他の二人にもそれを移した。

「何でお前ら俺の誕生日知ってんだ…?」

明日の誘いよりも何よりも、言った覚えのない自分の誕生日について目の前の三人が知っているという事に一番引っ掛かった。そしてこの三人が知っているという事は、もう部員全員に知れ渡っていると考えるのが妥当だろう。一体誰が情報の発信源なのか。別に隠したい訳ではないが、自分の知らない所でそんな話が広まっているというのもなんだか不思議な気分なので、阿部としても知っておきたいところだった。

「三橋が言ってたぞ!」
「三橋ィ?俺あいつに言ったっけ…」
「この間聞いたら教えてくれたって言ってたぞ」
「この間…あぁ、そう言えば聞かれたような…」

阿部としては特に重要視していなかったので三橋という名を聞いてもすぐにはピンとこなかった。しかし、よくよく思い返してみると数日前の朝練後に「自分も祝ってもらったから阿部君の誕生日も教えてくれ」と言われたような気がする。その時は聞くタイミングが遅すぎやしないかと思いつつもサラッと今月の11日だと答えたが、まさか本当に祝ってくれようとするなんて思ってもみなかった。

「んで?どうなんだよ、明日」

心配そうな表情の三橋を引き連れて、泉も阿部の前に立った。

「…悪い…明日は用事あんだよな…」
「はぁ?マジかよ」
「悪いな。三橋も、折角祝ってくれようとしてたのにごめんな」
「う、ううん大丈夫…また、来年…」
「ああ、サンキューな。他の奴等も、俺の事は気にしねーでいいからさ」

そう言って歩みを再開した阿部に続いて、皆もぞろぞろと歩き出す。歩きながら、阿部は行けないとわかったが、折角なので予定の空いてるメンバーだけでも遊びに行くかと栄口が口を開いたのを皮切りに、他のメンバーもどこに行こうかなどと段々盛り上がり始めた。それを聞きながら阿部も穏やかな笑みを零していると、不意にまた背後から名を呼ばれた。

「阿部」
「なんだ?泉」
「用事って、彼女か?」
「ああ」

何てことはないというような表情で阿部が頷いた途端、あんなに騒がしくなっていた場が急に静まりかえった。

「…え、何」

一斉に視線を向けられて若干驚く阿部。それに対していの一番に息巻いたのは水谷だった。

「お前彼女いたのか!?」
「…いちゃ悪いかよ」
「そうじゃないけどさ!え、誰?何組!?つーか泉は知ってたのか!?」
「知らねーよ。ただ、誕生日に用事っつーから彼女かなと思っただけ」
「えー別に他の用事かもしれないじゃんかよ」
「阿部に限ってんなことはねぇと思った。こいつ、休みの日も家で解析とかやってそうだろ」
「確かに…」
「お前らなァ…」
「あはは、悪い悪い!で?何組なんだよ?」
「確か…九組」
「え、俺らと同じ組かよ!」
「何て名前ー?」

さすがに同じ組とあって、少し興味が湧いたのか田島も会話に割り込んできた。

「名字名前だよ」
「名字…?」

すぐに顔が浮かばないのか、九組トリオはしばらくその場で考え込んでいたが、顔と名前が一致したようで急に泉がポン、と手を打ち表情を明るくした。

「あんまり学校来ねえ奴か!」
「そうそう」
「確か、体が弱いかなんかでしょっちゅう入院してるんだったか。田島、三橋、顔と名前一致したか?」
「うーん…なんとなく」
「お、俺も…」
「そんなに学校来れてないのか?」
「まぁな…」

心配そうな眼差しを向ける花井を一瞥し、阿部は曖昧な笑みを返した。確かに、五月の終わり頃に見舞いに行って着替えを手伝った時から約半年、名前とは学校では殆ど会えていない。見舞いにはちょくちょく行っているので病院では顔を合わせているのだが、たまに学校に来たかと思えば早退したり保健室に篭っていたり。試験も毎回保健室受験なので名前の制服姿はあまり記憶に残っていなかった。

「そうか…じゃあ明日も病院で過ごすのか?」
「いや、明日は外出許可が取れてさ」
「へぇ!良かったな阿部!」
「ああ」

まるで自分の事のように喜ぶ栄口に阿部もつい笑顔を零す。そうだ、この日のために名前は必死に治療に専念していた。その甲斐あってか、はたまた運良く体調がいい日が続いたからか、午後からの外出許可がおりたと昨日名前からメールをもらい、柄にもなく声を出して喜んだのを覚えている。

「そういう事なら益々俺たちが阿部を誘うわけにはいかなくなったな。明日、楽しんで来いよ」
「泉偉そー」
「うるせぇ米」

ちゃかす水谷をバッサリ切り捨てた泉。相変わらず空気の読めない奴だと阿部は水谷を呆れ顔で見つめたが、それを口に出す事はさすがにせず胸の内にとどめておいた。







翌日。
部活を終えて片付けを急いでいると、遠くから自分の名を呼ぶ泉の声が聞こえた。阿部は防具を鞄に突っ込むと、泉の方へ足を運んだ。

「何」
「名字、来てるぜ」
「…はぁ!?」

阿部が慌てて泉の指差す方に視線を向けると、グラウンドから少し離れた所で控えめに手を振っている名前の姿が目に映った。

「あいつ…!」

病院で待っていろと言ったはずだと思わず声を荒げてしまいそうになったが、嬉しそうにこちらへ歩いてくる名前を見たら、もう何も言えなくなってしまった。泉は気を利かせてくれたようでもうすでにこの場からいなくなっている。しかし気になる輩が何人かいるのか少し離れた所からバシバシと視線を感じるが、阿部は気にせず名前をグラウンドへ招き入れた。

「名前、どうして…」
「隆也の野球やってるとこ見てみたかったの。ちょっと…遅かったみたいだけどね」
「一人で来たのか?」
「お母さんに送ってもらった」
「今日仕事休みなのか?」
「ううん、仕事抜け出して来てくれたから…さっき戻ったよ」
「そうか」
「ね、隆也終わるまでこの辺散歩しててもいい?」
「ああ。けど、あんま遠くに行くなよ。もうすぐ終わるから」
「わかった」

久しぶりの外出で相当嬉しそうな名前だったが、阿部としてはあまりはしゃぐと体に障るのではないかと気が気でない。阿部は出来るだけ早く後片付けを済ませると、グラウンドにまだ残っていたメンバーに先に帰る事を告げ、その場を後にした。


名前を自転車の後ろに乗せ一旦自分宅へ帰ってきた阿部は、サッとシャワーを浴びて洋服に着替えた。まだ二人とも昼ご飯を済ませていなかったので近場で簡単に済ませ、名前の行きたがっていた場所を順に廻る。

「ごめんね…隆也の誕生日なのに自分の用事ばっかり済ませて。隆也も買っておきたいものとか行きたい所ないの?」
「俺は特にねーから気にすんな。つかお前と出かけられただけでも十分特別な日になってるよ」
「ごめん…」
「謝んのはナシだ。折角だし、楽しもうぜ」
「うん」
「さて、次はどこ行きたいんだ?」
「ちょっと…休憩したい」
「そうか。んじゃ、その辺適当に入るか」

阿部の言葉に頷いた名前を見、阿部はゆっくりと歩き出した。一応気をつけて彼女のペースに合わせたつもりだったが、やはりまだ長時間歩くまでの体力は戻っていないようだ。そういう事を懸念して、阿部は落ち着いた雰囲気のカフェへ名前を連れて入った。
席について間もなく、注文した飲み物が届いた。頭を下げて立ち去る店員の姿を見送ってから湯気の出るカップを手に取り、ふーふーと冷ましながら控え目に飲む名前。それをぼんやり眺めていたら、チラリと視線を合わせてきた。

「…何?」
「いや、両手で持って飲んでる姿が小動物みてぇだな、って思ってただけ」
「あははっ、何それ」

本気でそう思ったんだがな、と軽く流されてしまったことに対して阿部は苦笑したが結局名前はそのまま両手で持って少しずつカップの中を減らしていった。
その後、カフェで一時間程潰してから二人は店を出た。店内にいたので気が付かなかったが、まだ夕方だというのにもう暗くなりつつある。気温も昼間と比べると随分下がり、阿部は巻かずに持っていたマフラーを名前に勧めた。マフラーを持っていなかった名前は、初めは阿部に気を使い受け取ろうとしなかったが、阿部の強引さに最終的には負けてしまった。

「…病院には六時に帰ればいいんだったな」
「うん」
「それまであと一時間ちょい…どうする?」
「学校…行きたい」
「え、学校?学校ならいつでも…」

そう言いかけて、名前にとってはそうではなかったと慌てて口噤んだ。

「…学校ならさっき行ったじゃねぇか。どっか行きそびれた所でもあるのか?」
「行きそびれたというか…隆也と二人で校内歩いてみたいの」
「今行っても生徒殆どいねぇぞ?」
「いいの、それでも」
「わかった」




門をくぐって校舎へ足を踏み入れると、案の定人の気配が殆どなかった。祝日だということもあるが、こんな寒い時期に用事もないのに学校へ行こうという人がまずいないだろう。部活生がチラホラ見受けられるくらいで、教室内は特に淋しく静まりかえっていた。

「隆也の教室行きたい。行ったことないんだよね、そう言えば」
「別にお前んとこと変わんねーぞ」
「いいから」

そう言って歩き出した名前を不思議に思いながらも、後に続く阿部。しかし、そう言えば二人で並んで校内を歩くという事がまずあまりない経験だ。そう考えるといつも見ている廊下や教室など、見慣れた光景が随分と貴重なもののように思えてくる。名前ももしかしたらそう感じているのだろうか。そう思ったら阿部も自然とついて行く足が軽くなっていった。

「七組…ここよね。隆也の席どこー?」
「こっち」
「座っていい?」
「ああ」
「ふふ、ちょっと変な気分」

阿部の席に腰を下ろした名前はほんのり頬を緩ませながら側に立つ阿部を見上げた。教室には誰も居らず、他の組よりも更に静けさに包まれている。

「……ねぇ、隆也。誕生日プレゼント今あげてもいい?」

椅子に座ったまま暫く無言が続いていたのだが、名前が徐ろに口を開いた。

「お、おお。準備してくれてるとは思わなかった…悪いな、無理しなかったか?」
「…してないよ」
「それなら良かった。ありがとな」
「……」

微笑んで受け取り体勢をとった阿部。しかし、言い出した本人がなかなか動く素振りを見せず、そのまま阿部は首を傾げた。

「…名前?」

もしかして急に具合でも悪くなったか、と阿部はその場にしゃがみ込んで名前の顔を心配そうに覗いた。

「…私」
「え、」
「プレゼントは私…って言ったらどうする?」
「は…?」

冗談で言っているのかと思ったが、表情を見る限りそうではないと悟った。苦しそうな、何かを思い詰めているようなそんな顔で自分から一瞬も目を逸らさない名前に、阿部はどう答えて良いかわからず言葉に詰まってしまった。

「どういう…」
「あと少ししかないけど、時間まで私の事好きにしていいから…」
「いやいや、出来るわけないだろ…つかお前、それ意味わかって言ってんのか」
「わかってるよ」
「じゃあ尚更だ」
「…どうして?」
「どうしてって…お前マジで急にどうしたんだ?何か悩んでるなら、聞くぞ?」

元々こんな事を言うタイプではないが故に、余計心配になる。何か悩み事でもあるなら誰かに話すだけでも多少は楽になるだろうと、そう思って発した言葉だったが、阿部の科白に名前はただ首を横に振っただけだった。

「…嫌われたくない」
「…?」
「隆也に無理させてるのは辛い…私は平気だから、だから…」
「ちょ、待て待て待て!どこがどうしてそうなった!?」
「やっぱり…嫌…?」
「嫌じゃなくて…!俺はお前の身体が心配だから…」

あまりにも急展開過ぎて、阿部は動揺を隠しきれない。しかし、名前はとんでもない思い違いをしているという事だけはわかった為、取り敢えずはそれを解決する事が先決だと、阿部は膝の上で震えている名前の両手に自分の手を重ねた。

「名前、とにかく一旦落ち着け」
「私、せめて隆也の誕生日くらい私に気を使わせないようにしたいの」
「気なんか使ってねぇし…お前、何をそんなに焦ってるんだ?」
「お願い…」
「いやだから、…!?」

突然、強い力で腕を引かれたかと思えば、気付いた時には柔らかいものが自分の唇に触れていた。

「ーーっ、やめろッ!!」

阿部は思わず名前を突き放した。


「…ごめんなさい」

ポツリと零された声に、阿部は慌てて名前に目を向けた。そこには静かに涙を流す彼女の姿があって、やってはいけない事をしてしまったと、阿部は自分の爪が掌に食い込む程強く握り締めた。名前はきっと自分とキスをしたくなかったから拒否されたのだと思っただろう。だがそれは違う。キス自体は初めてではないが、する度する度その先を求めようとしてしまう自分がいて怖かった。男の性だと言ってしまえば簡単なのかもしれないが、それ以上の行為は名前の身体に負担をかけてしまう。我慢する事が辛くないと言えば嘘になるが、これから先名前と共にいられなくなることの方が何倍も辛い事だ。だから今触れた唇も、理性の糸が切れる前に咄嗟に拒絶してしまった。

「名前…悪い」
「私こそ、ごめん…嫌、だったよね」
「嫌なわけねぇだろ」
「本当?」
「ああ。だけどな、手は絶対出さない。そう決めてるからお前のこと押し倒しちまう前に慌てて突き放したんだよ」
「だから私は大丈夫…」
「俺が、大丈夫じゃないんだよ!」
「…?…だって…辛いでしょ?」
「何がだよ」

そういう名前の方がよっぽど辛そうな顔をしているではないかと、若干苛立ちながらも穏やかな声を意識して尋ねた。

「だって、こんな彼女でいろんな事制限されてばっかりで、面倒でしょ?隆也の思い通りにやれない事が多いから辛い思いもさせてるだろうし…」
「……」
「ここ最近ずっとそんな事を考えてて、別れようかとも思った。これ以上迷惑かける前に離れた方がいいって。でもやっぱり離れたくなくて、だから…どうしたらいいかわからなくなって…」

名前の瞳から、また涙が零れるのが見えた。完全に下を向いてしまったので手の甲にポトリ、ポトリと雫が落ちて、段々とそこが濡れていく。

「…名前、お前そんな事考えて今日半日過ごしてたのか?」
「…うん」
「ったく、勿体ねぇことすんな。折角外出許可が出て、二人で出掛けられたんだからもっと楽しめよ」
「だって」
「いいか、最初に言っておくけど俺はお前と別れる気なんかないぞ。辛いとも、面倒だとも思った事ねーもん。じゃなきゃ、ここまで付き合ってこねーって。俺はお前がこの先どんなになろうと、離れるつもりはねぇ」
「…隆也」
「そりゃ俺だって男だし?なんつーかそういう気分になったりする時もあるけどさ…別にいいんだってそんなの。名前に会えなくなる方が辛ェ」

やっと顔を上げてくれた名前と目線を合わせ、阿部は微笑みを浮かべて彼女の頭を優しく撫でた。

「…いいの?」
「いいも何も…」
「私、まだまだ入退院繰り返すかもしれないし、高校だってロクに行けてないからこれからどうなるかわからないし…」
「いいんだよ。俺はそんなの気にしねぇ。お前こそ、俺でイヤにならねぇか?」
「なるわけない…!隆也には、感謝しても仕切れないよ」
「なら良かった」

そう言って笑う阿部につられて、名前もようやく笑顔を取り戻した。

「…そうだ、隆也。プレゼント」
「え?」
「さっき言ったのも勿論本気だったけど、ちゃんと別に用意してたから…これ、良かったら使って」

鞄から取り出されたそれは、丁寧にラッピングされた小さな箱だった。決して安物ではないだろうというのが、容易に想像できる。

「…いいのか?」
「隆也の為に準備したんだから、貰ってくれると嬉しい」
「ありがとな。中身、何だ?」
「時計。今時は携帯で時間くらい確認するのかもしれないけど、ゆくゆくは必要になってくるだろうから…邪魔じゃないなら使って」
「邪魔なわけねぇだろ、マジでありがとな。大事に使う」

自分は本当に幸せ者だな、と柄にもなくそんな事を思いながら阿部は受け取った箱を仕舞った。まさか二つもプレゼントを貰えるなんて思ってもみなかったのだ。とは言っても、もう一つのプレゼントのラッピングを剥がせる日はまだ少し先だろう。名前という名のプレゼントは、その時が来るまで手放さず大事にしておきたいと、阿部は彼女の手を強く握った。

「そろそろ行くか。もうすぐ六時だ」
「…隆也」
「ん…?」

立ち上がって握った手をそのまま引こうとした途端、不意に手を握り返された。何事かと名前を見下ろせば、ほんのり頬を赤らめて、濡れた瞳を向けられた。

「…ったく、しょうがねぇな」

名前が何を言いたいのかわかってしまった阿部は、苦笑しつつも腰を屈め顔を近付ける。名前がゆっくりと瞳を閉じたのを確認して、指の腹で涙の跡をなぞりながら一度だけ、唇を重ねた。




寂しい、と心が泣いて

(恋しい、と心が泣いた)

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