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お見舞い






「えっ、名前ちゃん休み!?」

試合が始まる前、阿部の言葉を聞いて、監督がいきなり声を上げた。周りのみんなが「何だ何だ」と、監督に目を向ける。

「はい、ちょっと色々あって……39度ちょい熱出したんで休ませました」
「39度…それじゃあしょうがないね。今日本人はどうだって?」
「相当行きたがってました。絶対行くって言って聞かなかったんですけど、普通に歩くことすら満足にできない奴を連れてきても意味ないですし、熱が上がるだけっすから」
「そりゃそうよ、連れて来なくて正解だわ。あ、千代ちゃん!」

その時たまたま後ろを歩いていた篠岡を呼び止め、監督は彼女の肩に手を置いた。

「今日名前ちゃん休みなの。だから、名前ちゃんの分までしっかり頑張ってね」
「あ、はい!」
「それからみんなも聞いて!」

その声にわらわらと集まる選手達は、監督の前に整列した。

「さぁ、もうすぐ試合始まるよ!名前ちゃんは高熱で休みだから、今日来られなかった名前ちゃんのためにも、しっかり勝ちを狙っていきましょう!勿論、名前ちゃんのためだけじゃなくて、自分のため、チームのため、目標のため、色々あるよね。だからこそ一人一人の意識が大切なんだからね!よし、目標は二点ずつ取っていくこと!いい?」

「はいっ!!!!」








「名字大丈夫なのかなー?」

試合後、見事コールド勝ちした西浦は帰りの電車に揺られていた。そんな時、ふと阿部と三橋の会話を聞きながら栄口がポツリと言葉を漏らす。

「高熱って言ってたよな、どのくらいなんだろ」

横にいた巣山も心配そうに言う。

「阿部に聞いてみるか?おい、阿部!」

栄口の声で振り向いた阿部は、手招きする栄口に「何だ?」と側まで寄っていく。


「悪い、話し中だったよな」
「いや、たまたま終わったとこだったから平気だよ。で?何だ?」
「いやね、名字今日高熱で休みって言ってたから大丈夫なのかなーって巣山と言っててさ。実際何度くらいなんだ?」
「あー…朝は39度越えてたな。今は知らねーけど」
「え、それってマズくない?大丈夫なの?」
「平気だろ。別に風邪ひいた訳じゃねーから夕方には熱も下がるだろうってさ。あ、今日帰りに俺名前ん家に寄って帰るけど一緒に行くか?」
「そーだなー行こうかなー。巣山はどうする?」
「俺も行くよ。つかみんな行きたいんじゃないのか?」

巣山の言ったことは当たっていた。名前のお見舞いに行きたい人を尋ねたところ、全員が挙手をしたのだ。


「しょうがねぇ、みんなで行くか」





「そーいや名字ん家来るの初めてだな」

家の前の空いてるスペースに自転車を止めながら、泉が言った。

「多分初めてじゃねーの、俺と花井だけだぞ」
「花井来たことあんの?」
「前に一回な。なぁ、花井」
「うぐ…まぁな…」


この間のことをふと思い出し、顔が赤くなるのが自分でもわかった。あの日の彼女のチアガール姿は、一生忘れることはないだろう。

「なーにニヤけてんの」
「なっ、ニヤけてねーよ!!!!」

横から水谷に肘でツンツンとつつかれ、余計に花井は顔を赤くしてしまった。

家の中へ入ると、名前の母親が出迎えてくれた。

「あれ、百合さん仕事は?」
「10時からだからもうすぐ行くわ。あ、だからこれ、隆也君にあげとくわね。いつか渡そうと思ってたんだけど機会がなかなかなくて…これを機会に渡せて良かったわ。これで戸締まりよろしく!」

阿部の手にのせられたものは、ここの家の合鍵だった。付き合ってまだ一年ちょいの自分にまさか合鍵をくれるとは思っていなかったので、阿部は一瞬反応が遅れた。だがすぐに表情を和らげ、その合鍵を強く握った。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「じゃあ…もう名前の部屋に行きます。百合さん仕事頑張ってください」
「ありがと。みんなもわざわざお見舞いに来てくれてありがとね」

言葉の最後に見せた笑顔は名前そっくりだった。いや、数年後の名前を想像させるものだった。

「花井、顔赤いぞ」
「泉だって赤いじゃねーか」
「あれで赤くなってねぇ田島と阿部は驚異だな」
「だよなぁ…」

目線の先には、至って普通な阿部とただひたすらに「可愛かった」を連呼している田島がいた。


あのあとすぐに二階へと上がったみんなは、阿部がドアをノックしたと同時に静かになった。部屋の中から聞こえるであろう名前の返事を待っているのだ。が、それはいつまでたっても聞こえてこない。

「あー…寝てんのかも」
「マジかよ…取り敢えずさ、様子見てきたらいいんじゃね?」
「そうだな…じゃあ俺ちょっと行ってくるから外で待っといてくれるか?」
「おー」

花井が頷いたのをみて、周りも次々に頷いていく。それを確認して阿部は1人、部屋へと入っていった。


「さてと、部屋に入ったはいいが…どうすりゃいいんだ…」

ベッドで熟睡している名前を見ながら困ったように眉を寄せた。ドアの閉まる音でも起きないくらいなのだから相当深い眠りなのかも知れない。そんな彼女を無理矢理起こすわけにもいかず…阿部はどうするべきかと悩んでいた。

「取り敢えず熱下がったのかどうかだけでも確認しとかねぇと」

とは言っても相手は眠っているのだ。体温計で計るわけにもいかないので、阿部は名前のおでこにそっと手をのせた。そこからは、朝と比べて随分低い熱が伝わってくる。
その時だった。名前が小さく声を洩らしながら目を開けた。

「…ん……」
「あ、わり、起こしたか?」
「…隆也…?」
「俺だけじゃなくて全員来てんぞ」
「全員って……?」
「野球部全員」
「…なんのために…」
「お前の様子を見に来たんだよ」
「えっ、そうなの…?」


ようやく覚醒してきたのか、名前は上体を起こしてベッドに座った。

「熱は下がったな」
「うん、だいぶ…明日は学校行けそう」
「じゃ、みんな呼ぶぞ」
「あっ、待って…!」

ドアノブに手をかけようとした阿部を、名前は裾を引っ張って止めた。

「試合…どうだった?」


「ああ、もちろんコールド勝ち」


名前の不安そうな表情を吹き飛ばすような笑顔で阿部は答えた。それを見て名前はベッドから抜け出して、勢いよく首に抱き着いた。

「良かった…本当に良かった…!」
「朝、絶対勝ってくるって言っただろ?」
「ふふっ、そうよね。そうだったよね」


床から数センチ浮いている足を、ブラブラさせながら微笑む名前。自分が試合をしているわけでもないのに、ここまで一生懸命になってくれる彼女に阿部も自然と頬が緩む。


「おめでとう、隆也」
「それあいつらにも言ってやれよ?」
「もちろん。じゃ、いい加減呼ばなきゃね」
「おう」

そうして名前は自分でドアを開けて、みんなを招き入れた。



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