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阿部からアイちゃんを任された名前は、悶々と先程のことを考えていた。勢いに流されてあんな風に言ってしまったが、正直、まったく自信がない。選手ひとりひとりのことをよく知ることはすごく好きだがそれまでで。それがマネジメントにきちんと生かせるかは別問題だ。

「あぁー…もうどうすれば…ん?」

視界の端に、ずでんと転ぶ三橋が映った。それを阿部が助け起こしている。

「あははははっこりゃまたとびきりの体幹だねぇ!コントロールは手でするんじゃないのよ。体でするの!」

そう言って角材の上でピシッとワインドアップをする監督。

「すごい…」

もっと近くに行こうと、名前はアイちゃんを引っ張り、会話が聞こえる位置まで歩いて行く。

「いくよー!測ってよー!」

どうやら監督が投げて、速度を測るようだ。三橋がスピードガンを手にしている。綺麗なフォームで構えたかと思えば、気持ちのいい音をさせてボールがミットに収まる。あまりの速さに三橋は目を輝かせて、監督へ尊敬の眼差しを一心に注いでいる。

「122キロ!?」
「さ、次は三橋君投げてみて」

バトンを渡され、錘を持ってグラウンドへ行く。そんな三橋を少し離れた場所から眺めていると、監督が名前の元へやってきた。

「はいこれ、スピードガンよろしく」

これは、私が測定しろということなのだろうか。理由はわからないが、名前はアイちゃんを監督に任せ、阿部の側まで走った。

「はい、オーケーです」

構えると、三橋がボールを投げた。だが、体が回転すると同時にボールも名前達のはるか上を飛んでいく。しかしスピードガンは111キロを示している。

「三橋君、111キロ」
「111!?」

とても嬉しそうな顔の三橋。だがそれとは裏腹に阿部が随分と機嫌が悪い。

「こいつはこのままでいいんです。スピードは才能だけどコントロールは努力です。こいつがどんだけ努力してきたか、あのコントロールがどれだけ貴重か考えてくださいよ!」

確かにそうだ。だけど、コントロールと変化球だけで試合を勝ち抜くには限界がある。名前はそう考えながら黙って彼を見つめていた。





その後、食事の準備に入った。途中、志賀からチロトロピンやらコルチコトロピンやらドーパミンやらの三つのホルモンについての話を聞き、それを三度のご飯の時に意識的に活躍させるように指示があった。

「うまそう!」
『う、うまそう…』
「うまそう!!」
『うまそう!!』
「いただきまーす!」

志賀から始まり、最後の監督の一声で食事が開始される。食事開始そうそう、嬉しそうにご飯をかき込む皆の姿を、篠岡と共に名前は見守っていた。










「うまかったー!」
「志賀って数学教師だよなぁ…何なのあの妙な知識」

食事と入浴を済ませ、部屋で寝る支度をしている最中、花井がふと疑問を口にした。

「シガポはねぇ、学校とか講習会行って色々勉強したって言ってたよ」

花井の問いに春休みから来ていた栄口が答える。

「確か…シガポがモモカンに監督頼んで二人で野球部復活させたとか」
「謎といや百枝も謎だよな」

栄口の言葉から徐々に話が発展する。

「モモカンってバイト代野球部につぎ込んでるらしいよ」
「うおっいい人だ!」
「イヤ、ありがてぇけど若い女のとる行動としちゃおかしいだろ。……志賀と百枝って付き合ってんのかな」

その言葉に周りがハッとする。なかなかの嫌な想像だ。皆は慌てて訂正し、なかったことになった。

「…付き合ってるといやぁ…あの二人、阿部と名字は付き合ってんのか?あいつらだけお互いに名前呼びじゃん」

しばらくして、泉が布団を敷きながら尋ねた。それは泉だけではなく、殆どがそう感じていた事のようだ。

「ああ、あいつら付き合ってんだってよ」
「マジかよ!」

平然と言ってのけた花井にみんなが注目する。

「中三から付き合ってんだってよ。バスで言ってた。栄口知らねぇの?」
「知らなかった!」
「お前同中だろ?」
「だってあいつらそんな素振り全然見せないんだもん!気づけないって!」

確かに…と他の人も今までの二人を思い返した。だがやはり、恋人らしい雰囲気は特に見当たらない。唯一気になったのが名前呼びというだけで、他は特に目立っては何もなかった。しかし、よくよく考えたら付き合っているように見えなくもないわけで。見方によって見え方も変わってくるということだろうか。

「しのーかも可愛いけどさ、名前も超かわいーよな!」

阿部羨ましい、と嘆く田島に反論は誰もしない。

「確かに。つーか可愛いけど美人なんだよな名字って。阿部…すげぇな…羨ましい」

水谷の言葉にも周りはただ頷いた。今この場にいる全員、もれなく彼女のいないお一人様だ。勿論野球に費やす時間が優先度としてはかなり高いが、彼女と過ごす青春時代、なんていうものにも憧れを持っていないと言えば嘘になる。
とは言え、そんな「青春」とは程遠いような阿部に、中学から付き合いのある人がいるなんて、と羨ましいやら意外やら。水谷に続いて泉の溢した「でもあの阿部と付き合ってる名字もすげぇよな」という言葉にも各々共感せざるを得ないような気持ちだった。








皆が名前達の噂をしている一方で、名前はマネージャー用の部屋で寝る支度をしていた。しかしながら外から僅かに話し声が聞こえた気がして、ふと手を止めて外に面した襖にそっと近付いてみた。ほんの数センチ隙間を開け、覗いた先には監督と阿部が深刻そうな表情で向き合っている。名前は思わず息を潜めた。

「───でしょ」
「これからわかるって……」
「わかってないつもりはないです!捕手にも色々なタイプがあるんです。俺と監督は目指すタイプが違うんじゃないすかね」

おそらく意見の食い違いでもあったのだろう、阿部が強く監督に抗議している。表情はなんとなく悔しそうな怒っているような。そんな感じだった。

しかし、その瞬間。監督が強く阿部の両手を包み込んだ。

「大丈夫。わかるよ」

真剣な目で見つめる監督。急な監督の行動に、阿部は頬を少し赤らめた。

「……ッ、」
「三橋君にもこうやってみて。そしたらわかってくるはずだから。ね、名前ちゃん!」
「えっ、」

阿部の表情を珍しがっていると、いきなり名前を呼ばれて驚いた。音はたてないようにしていたはずなのだが…一体いつばれたのだろうか。
名前はもう言い訳してもしょうがないと、襖をきちんと開け、姿を見せた。監督とは逆にすごく驚いている阿部の姿が目に映る。

「い、いつから気付いてたんですか?」
「ん?ついさっきよ。襖が少し開いてるのに気付いてね、あぁ名前ちゃんかなって」

すごい洞察力…さすがだ。
名前が感動の眼差しで監督を見つめていると、監督が名前のそばにやって来た。

「じゃ、あとよろしくね!お休み!」
「えっ…あ、お休みなさい…」

有無を言わさぬ勢いで、去って行った監督。何をよろしくされたのか詳しいことはわからないが、やらなければいけないことはなんとなく理解できた。名前はしばらく監督が去って行った方を見つめ、やがて阿部の方に向きなおった。

「隆也…」

ポツリと名前を呼ぶと、阿部が少し肩を揺らし、名前の方へゆっくり近づいてくる。「ちょっときて」と細い腕を掴み、阿部は部屋からやや離れた場所まで引き連れてそっと腕を離した。地面に腰を下ろし、名前もすぐ隣に並んで座る。

「……監督に…さっき俺がやられたことを三橋にもしてみろって。そしたら色々なことがわかるって言われた」
「手を握るってこと?」
「ああ。まだ俺は捕手の事も投手の事もちゃんとわかってねーらしい」

後ろに手をつき、遠くを見るように身体を傾けた阿部を名前は横からジッと見つめた。

「別にわかってねぇつもりはねーんだけど」
「私が色々言える事じゃないけど、三橋君の事はまだまだわからない事の方が多いんじゃない?」
「投手なんて、どうせみんな大して変わりゃしねーよ」
「だから違うよ。投手じゃなくて、三橋君のこと。それに、監督はバッテリーっていう事にももっと意識を向けて欲しいんじゃないかな」
「バッテリー…」

名前の言いたい事が、今の阿部に素直に届いたかどうかは怪しい。だが、阿部本人もどうにかしなきゃという気持ちは勿論あるのだ。機会があれば監督の言う通りに一度やってみるかと、一応は少し気持ちが落ち着いたように見えて、名前は人知れずホッと息を吐いた。

「名前、サンキューな。ちょっと落ち着いた」
「それならよかった。でもまぁ…やってみないとわからないからね。頑張ってね、隆也。私は…三橋君と仲悪いまま試合してほしくないよ」
「そうだな」

そう言って僅かに頬をゆるめた阿部は、気持ちの整理をするように一度深く息を吐いた。そして先にその場に立ち上がると、掌とお尻の土を払って名前に手を差し向ける。その筋張った手にそっと手を重ね、強く引っ張られたかと思えば、ポスン、と名前は腕の中へ収められてしまった。
一度強く抱きしめられ、それに答えるように名前も逞しい背中に両手を回す。

「名前」

耳元で名を呼ばれ、擽ったがりながら顔を上げると、目付きの悪い垂れ目と視線が交わった。それからゆっくりと顔を近付けられ、少しカサついた唇が小さな唇に優しく重なった。
そしてすぐに一度唇が離れたかと思えば、また角度を変えて再び塞がれた。柔らかい髪に指が差し込まれ、後頭部を押さえられる。腰にも手が回り、より密着した状態で僅かに開いた口の隙間からするりと阿部の暖かい舌が滑り込んできた。

「…っん」

僅かに洩れた声と共にぴくりと肩を揺らす名前。てっきり軽いもので終わるのだろうと思っていただけに、頭が中々追い付いていかない。

「んぅ…ッ」

グッと押し付けられる力から逃げようと、背中に回していた手で阿部のシャツを引っ張った。そこでようやく口から空気を取り込む事が出来、名前は肩で息をする。

「…っは、」

阿部の方は至って不服そうだが、また塞がれては敵わないと、名前は息を整えながら目の前の男の胸に雪崩れ込んだ。

「もうちょっと」
「もう終わり…」
「…チッ」

そう言いながらも名前の乱れた髪を整えて、身体を離してくれた。

「あんがとな。もう寝るか」
「うん」

火照った身体を冷ますように、ぱたぱたと手で風を送りながら、二人はそれぞれの部屋へと戻って行った。





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