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「#エロ」のBL小説を読む
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年の差なんて、案外気にならないものなんだとそう自然に思えるようになったのは彼女と出逢ってどの位経ってからだろうか。今となってはうじうじと悩んでいた時期さえ無ければと悔やむ気持ちが強くなる一方だが、無理矢理どうこうしようとは思えない私はやはり臆病者なのかもしれない。





「名前さん」
「あら利吉君。こんにちは」
「今日も忍術学園へ?」
「そうなの。仕事がひと段落したから癒しを求めて、ね。利吉君は山田先生の洗濯物?」
「いえ、今日は学園長先生に呼ばれて」

よく知る後ろ姿を見つけて声をかけると、振り返った彼女は嬉しそうに微笑んで見せた。そのまま目的地が同じという事もあり並んで歩き始めると、名前さんの方から近況報告を始め、私も差し支えない程度に言葉を返した。そう言えば仕事以外で会うのは随分と久しぶりで、心の中でぼんやり考えながらチラリと彼女を盗み見るが特に大きく変わった所は無い様子で、人知れず安堵の表情を浮かべた。

「見えてきたわね」

今にも走り出しそうな声音に、まだ着かなければいいのになどと不毛な事を考えてしまい、そんな自分にいつも嫌気が差す。

「利吉君?」
「…いえ、急ぎましょうか」

返事のない私を不思議に思ったらしく、名前さんは一旦足を止めて顔を下から覗き込んできた。そこで我に返り、焦る気持ちを押し込めながら平静を装いながら歩みを促す。


「あ、利吉さんに名前さん!お久しぶりですねぇ」

小松田君の気の抜けた声と共に差し出された入門表にサインをし、私達は早速学園内へと足を踏み入れた。学園長の元へ行かなければならない私はそこで名前さんと別れを告げようとしたが、自分も先に挨拶をしたいから一緒に行こうと言ってくれた彼女に私は再び嬉しくなりながら、共に学園長の元へ向かった。

挨拶を共に済ませた後、部屋を立ち去る名前さんに対して呼び出されたワケを聞くためにその場に残ろうとした私に、学園長は「先に父親にも挨拶をしてくるように」と指示をくれた。それはもう個人的にはその方が嬉しいのだが、だからと言って手放しで喜ぶ訳にもいかない。

「え…でも」

学園長の部屋を一歩出た所で立ち止まって私達を見下ろしている名前さんと学園長を交互に見ながら言葉を濁すと、学園長が「いいから早く行って来なさい」と強目の口調で私を押しやった。仕方なくまた戻りますとだけ伝えて、名前さんと共に父上と土井先生の部屋まで向かった。






「やあ利吉君、久し振りだね」
「父上の洗濯物を届けにひと月前に一度ここには寄ったのですが、その時は土井先生にはお会い出来なかったからですね。お変わりは無いですか?」
「おかげさまでね。利吉君も、相変わらず活躍しているみたいじゃないか」
「いえいえ、運が良かっただけですよ」

部屋を訪れてみると父上は席を外しており、直ぐに戻るからと言う土井先生の言葉に甘えてそのまま部屋で待たせてもらう事にした。「お茶でも」と言いかけた土井先生にいち早く反応した名前さんは、先生との挨拶もそこそこに直ぐに腰を上げて準備をしに部屋を出て行ってしまった為、今は二人きりだ。私なんかより沢山話したいだろうに、と気が引けてしまう部分もあるが、父上が来たら私は早々に席を立てば良いのだと私は勝手に心の中でそう結論付けてしまった。

「お待たせしました」

久しぶりにゆっくりと会話が出来るとあって色々と話を弾ませていると、控えめな声と共に戸が開かれた。お盆に四つの湯呑みの他に茶受けまで乗っている所をみると、食堂まで足を運んだ事が伺える。

「すまないな、本来なら私が準備する事なのに」
「いえそんな事気になさらないでください。私が好きでやっているのですから」
「…ありがとう」

湯呑みを受け取りながらはにかむ先生に対して、名前さんは控えめに笑って見せた。その笑顔が何となく元気が無いように感じたが、先程まであれだけ嬉しそうにしていたのだから気のせいだろうと、この時の私は深く気にすることもなく茶を啜ってしまっていた。

「名前も、久しぶりじゃないか?」
「はい」
「仕事が忙しかったのか?」
「そう、ですね」
「もし時間があるならは組のみんなにも会って帰ってくれよ。アイツらも寂しがっていたぞ」
「それは勿論ですよ。私もそれを楽しみに学園まで足を運んだのですから」
「それなら良かった」

土井先生らしい、柔らかな笑顔にさぞやうっとりしていることだろうと半ば呆れ気味にチラリと名前さんを盗み見るが、嬉しそうな表情は微塵も感じ取ることが出来なかった。しかしおかしいな、と思う反面緊張でもしているのかと茶を啜りながら勝手にそう結論付けてしまった私は、間をおかずに姿を現した父親の方へと意識が移ってしまった。


父と挨拶を含めいつもの問答を終わらせると、私は直ぐに学園長の元へと戻った。あまりお待たせすると怒りを買いかねない。それは後々面倒になる事は分かりきっていたため、名前さんを部屋に残して元来た道を辿り、学園長の用とやらを伺いに向かった。
とは言え、学園長からの用事は予想の遥か上をいく程あっという間に済んでしまった。さてどうするかと適当に学園内をうろついていたら、私は不思議な場所で、これまた思いがけない人物を目にした。

「…名前さん?」

校庭の大きな岩に腰掛け、自由に遊ぶ忍たま達をボンヤリと眺めていた彼女は、私の声にゆっくりと反応を示した。

「あれ、利吉君もう終わったの?」
「ええ、思った以上に早く済みまして。これからどうしようかと考えていたところです」
「仕事はないの?」
「学園長がどんな面倒ごとを押し付けてくるのかと想像もつきませんでしたので、丸一日空けておいたんです。それより名前さんこそこんな所でどうしたんです?」
「…たった今は組の良い子達と戯れ終わった所なの」

校庭でかくれんぼを始めたは組の皆を穏やかな表情で眺めながら、名前さんは私が座れるように隣にスペースを作ってくれた。

「取り敢えず皆の頭なでなでして、喜んで乗ってくれる金吾をお膝に乗せて虎若と団蔵のお話に耳を傾けて、喜三太としんべヱのほっぺをつんつんして…三治郎と兵太夫のカラクリを見せてもらって、乱太郎の質問に色々答えて伊助と庄ちゃんのお勉強見たわ」
「…ん?きり丸は…?」
「きり丸にはぎゅうぎゅう抱き着いて堪能してから抱きつき料を喜んで支払ったわ」
「…はは、満喫してたみたいで安心しました」

いつもながら器用な事だと人知れず尊敬の念のようなものを抱きながら、また一つ疑問が浮かんだ私はそのまま質問を口にした。

「土井先生とは随分早く話を切り上げたんですね。てっきりまだ先生の部屋にいらっしゃると思ったのに。あれから直ぐ部屋を出たんですか?」
「ええ、まあ」
「どうしたんです…?」

ここで漸く、やっぱり名前さんの様子はおかしいのだと確信を持てた。

「ここに来る前まではあんなに嬉しそうにしていたのに…」
「あれは、は組のみんなに会える事を楽しみにしていたのよ」

どこかしら元気のない名前さんの横顔を見つめながら、私は思いつく限りの理由を頭の中に並べ立てていた。喧嘩でもしたか、何か先生と顔を合わせ辛い出来事があったか。もしくは別に好きな男でも出来たか。と、ここまで考えて全て違うだろうという事は容易に想像がついた。特に最後は無いだろう。そんなに簡単に変わるような気持ちだったら、とっくに自分が奪っている。

「何か悩んでいる事があるなら、私で良ければ相談に乗りますよ」
「…そんなに分かりやすい?」
「いえ、そう言うわけではないのですが…」
「土井先生は不快に思われなかったかしら?嫌な気持ちにさせてないと良いのだけど…」

そう言ってシュン、と落ち込む名前さんの肩に手を置き、私は何とか彼女の気持ちを聞き出そうと奮闘した。しかし、案外簡単に名前さんが口を開いてくれたので、私は不謹慎ながらも少しだけ嬉しさを感じながらそれをおくびにも出さないように気をつけながら、彼女の言葉に耳を傾けた。





話を聞き終えた私は、名前さんを連れてとある場所まで歩いてきていた。

「利吉君、こんな所まで連れてきてどうするの?」
「確かこの時間は…あ、来た来た。土井先生!」
「えっ!」

煙硝蔵の前でキョロキョロと辺りを見回すと、こちらへ向かって来ている土井先生を見つけた。私は大きく名を呼び、それに驚いたのか急に私の後ろへ隠れようとする名前さんの腕を掴んだ。

「利吉君、どうしたんだい?」

私達に気が付いた先生は小走りでやって来て、不思議そうに首を傾けて見せた。その時にチラリと名前さんの腕を掴んでいる私の手に視線が動いたのを確認し、やはりと確信を持つ事が出来た。

「…えーと、あ、そうだ名前。は組の皆には会えたかい?」
「は、はい…皆元気そうで安心しました」

先程私に話していたばかりと言うこともあり、先生の部屋で会話をしていた時よりも遥かにぎこちない。しかしこのままでは何も進展しないのは火を見るより明らかだ。些か本意ではないが、ここは私が一肌脱ごう。

「土井先生、名前さんがお話しがあるそうです」
「えっ、り、利吉君!?」

慌てふためく彼女を無理矢理先生の前まで押しやり、キョトンとしている先生にこちらは真面目なのだと視線で訴える。それを察する事が出来ない訳がない土井先生は、案の定直ぐに表情を戻して名前さんに視線を合わせた。

「先生は、名前さんの様子がおかしい事に気付いておいででしたか?」
「…まぁね」
「理由は…?」
「そこまでは…」

まさかとは思ったがやはり気付いていたのかと少し心がチクリと痛んだが、気付かないフリをして名前さんに続きを話すよう促した。しかし決心がつかないようで先生の視線から逃れるように俯いてしまっている。

「…それは私に関係することなのかい」
「そうですね、大いに」
「そうか…名前、良かったら私にも話して聞かせてくれないか。君の元気がないと私も落ち着かないよ」

私の返事に頷いてみせると、土井先生は少し膝を屈めて優しく語りかけた。しっかりと目線を合わせ、そんな声音で尋ねられたらどんな人でもうっかり話してしまうだろう。本当に狡い人だ。

「…嘘ばっかり」

微かに肩を震わせながらも、名前さんが漸く口を開いた。

「私が?」
「っ、そうですよ。ご迷惑になるのがわかっていたから出来るだけ離れていようと思っていたのに…そんな事を言われたら…」
「迷惑になるかどうか、話してみないとわからないだろ」
「そ、れは…」
「名前」
「…っ、もう…勘弁してください。私をそんな目で見ないで…私はそれに弱いのですから」

耳まで真っ赤にして、だが目尻には雫を浮かべている姿を見、私はただ純粋に美しいと思った。このまま名前さんに誤解をさせたまま連れ去ってしまえたらどんなに良いかともう何度目かわからない思いを胸の内に押さえ込み、彼女の続く言葉に耳を傾ける。

「私は…半…いえ土井先生にとって迷惑になる存在だと言うのは充分理解しています。だからこそ忘れようと…隣にいても平気なように頑張ろうと思っていたのに」
「ちょっと待て、やはりお前は勘違いをしているぞ。どうして私にとって迷惑な存在なんだ?」

想像もしていなかった言葉が飛び出て来た為か、目を丸くして慌てる先生に名前さんは先生よりも更に目を丸くした。

「だって、おっしゃったじゃないですか!来ないでくれって!」
「…ん?いつの話だ?」
「ひと月ほど前、きり丸が家に誘ってくれた時に…」
「あ、あの時は…」
「私、昔の癖でついつい半助様と呼んでしまうし、それを凄く嫌がっていらっしゃるのはわかっていました。加えてそれを生徒の前、特にきり丸の前で呼ばれたら嫌だと、そうお思いになっているのだと気付いて、そうなってくると昔の事を思い出させる私の存在自体がご迷惑なんだと気付いたのです」
「名前!」

遂にぽろぽろと雫を零し始めた名前さんに向かって、土井先生は珍しく険悪な顔つきで叫んだ。

「何故そう勝手に決めつけるんだ。私がいつ、迷惑だと言った。あの時来ちゃダメだと言ったのは、アルバイトをきり丸が一人でこなしきれない程引き受けていたのを知っていたからだし、家の中がまだ兵太夫達の作ったカラクリだらけだったからだ。そんな時に来てもゆっくりなど出来ないし、それこそお前に迷惑がかかってしまうだろう?だからまた別の機会に、と思っていたんだよ」
「で、でも半助様…」

動揺しているのか、呼び方が完全に戻ってしまっているが先生は特に気にすることなくいつもの穏やかな表情に戻って名前さんの涙を指の腹でゆっくりと拭った。

「それから、私の名前を呼んでくれる事自体は嬉しいんだよ。けど、様付けされる程の身分はもう無いんだ。私はただの教師なんだから」
「半助様…」

これ以上ここにいても意味がないと、私は少しばかり足を浮かせた。その時だ、土井先生が私に向かってなんとも言えない複雑そうな目を向けてきた。

「利吉君」
「土井先生、遠慮は無用ですよ。私は名前さんの気持ちを優先します」
「…そうか」

そこで言葉が切れた事を確認すると、私はいよいよ二人に背を向けて帰路を急いだ。ありがとうだとかすまないとか、そんな感謝や謝罪の言葉が続かなくて本当に良かった。そんな事を言われたら余計に辛くなるだけだ。恐らく先生もその辺りを理解した上で一言に絞ったのだろう。

「…利吉君どうしたのかしら」
「急ぎの用でも思い出したんじゃないか?それよりも、確認しておきたいんだが、名前は私の事を男として好きだという事でいいんだよな?」
「えっ、あ…の…」
「違ったか?私はお前の事このまま連れ去りたいくらい想っているんだがな」
「よ、宜しくお願い致します…」
「あはは、こちらこそ」



私にとって先生も名前さんもとても大事な人だ。次に会う時は、私にも心からの笑顔をくれる事だろう。それを楽しみに、私は学園の門をくぐった。