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宿に戻ったのは17時半に差し掛かろうかという頃だった。夕食は七時に来る予定になっている。俺たちは先に風呂に入るのが一番良いと判断し、早速部屋に付いている露天風呂へ足を運んだ。

「一緒に風呂とか久々だな」
「そうだっけ?」
「そうだよ」

目の前の温泉に興味が移ってしまっているのか、名前は淡白な返事を寄越して先に風呂場へ消えてしまった。そんな彼女に思わず喜色を浮かべながら、俺も後へ続く。
露天風呂は洗い場も含めて二人で使うと丁度良い広さだった。黒っぽい石造りの浴槽で、周りの木々も綺麗に手入れされていて眺めも良い。それだけでも充分満足だが、中でも名前の目に留まったのが足元と天井に設置された照明だった。最近多い、所謂「モダン和風」ではなく純和風な作りで俺には違いがあまりわからないが、名前の様子からしても凄くテンションの上がるデザインのようだ。

「…満喫してんな」

一緒に湯船に浸かり、目の前の彼女を観察していたらつい言葉が出てしまった。それに反応した名前と目が合ったが、あまりにも嬉しそうにしているので釣られて緩んでしまった顔だけはバレないようにしようと、慌てて目を逸らす。

「…ふふ、ありがと隆也」
「何だよ」
「旅行付き合ってくれて」

少し居心地が悪くなり、顔を背けたままにしていたら名前の方から隣に座ってきた。

「仕事始めたらまた暫くはこういうのお預けかな」
「まぁそうだろうな。最低でも一年は落ち着かねーだろ」
「はー、もう少しで学生生活も終わりかぁ」
「卒業旅行はもう少し日数取れるだろうし遠出しようぜ」

気付けばさっきまでの気まずさも何処かへ飛んでいき、いつもの空気に戻っていた。そんな俺に今度は名前が少し目を丸くしている。

「珍しい…隆也がそんな事言うなんて」
「んだよ、オメーが楽しそうだったからこんなんもたまにはいいな、って思っただけだろ」
「ふぅん」

再び楽しそうに口元を緩めて、ちゃぷんとお湯の柔らかさを確かめるように手で掬い上げる名前。

「西浦のみんなとも久し振りに逢いたいね」

徐に口にした「みんな」という言葉が意味するのは十中八九野球部の奴等だろう。就活やその他諸々が重なり、一年以上は会えていない。中学のクラスメイトやシニアの仲間と違って、西浦の野球部とは何だかんだ言って連絡を取り合ったり皆んなで集まったりも数回あった。だからこそ、就職する前にまた集まりたいのだろう。

「唐突だな。もしかして卒業旅行にあいつらと行きたいのか?」
「ううん、そう言うわけじゃ無いんだけど。卒業して就職したら今以上に会えなくなるなって思ったら…少し寂しいなーって」
「確かにな。つってもまだ忙しい奴もいるだろうし、集まれそうな奴らだけでも声かけてみるか」
「そうね」

そろそろのぼせそうになってきたのか、立ち上がる素振りを見せる名前。

「もう上がるか?」
「うん、熱くなってきた。隆也はまだいる?」
「いや、俺も上がる」

名前の後に続くように俺も湯船から立ち上がり、軽く身体を流して脱衣所に戻った。
乾いたタオルで水分を拭き取っていると、不意に背後から視線を感じて、俺はゆっくりと振り返った。

「…なに」
「部活辞めて一年は経ってるのに筋肉、落ちないね」

何をそんなに一生懸命見ているのかと思ったら、俺の身体、いや筋肉だった。明るい所でまじまじと見る機会が最近無かった為か、凄く真剣な表情を向ける彼女に、相変わらずというかこういう所は本当に変わらないな、と俺は思わず笑ってしまう。

「小学生の頃からずっと野球やってきてたからな、部活辞めても体動かしてねーとなんか落ち着かなくてさ」
「じゃあ引退後も筋トレを?」
「ああ」
「ちょこちょこやってるのは知ってたけど、まさか維持出来る程やってるとは思わなかった…」

俺の身体から目を離す事をせず、そのままてくてくと近付いてくる名前に、俺は近くにある鏡に自分の体を映した。

「まぁ、これからも野球から離れる事は無いだろうし鍛えておいて損はねェからな。つーかお前はどうなんだよ、ちと痩せたんじゃねーか?」
「私?」

いまだにバスタオル一枚の姿だがそんな事は気にせずに、名前は自分の腹回りや二の腕をさすって見せた。

「んー、確かに二キロくらい落ちたかも。私も筋力維持しなきゃだめよねぇ。食べる量も高校の頃に比べたら落ちたし…」
「ストレッチは?」
「あはは…最近ご無沙汰です」
「お前柔らかい方じゃねーんだから、意識しとけよ。これからもっと怪我し易くなるぞ」
「返す言葉もございません」
「おら、服着ろ。風邪引くぞ」

ここに西浦の奴等がいたら「相変わらず口うるせーな」と言われそうだと薄っすら思いながらも、口にせずにはいられないのだからしょうがない。俺は下着を身に付けていく名前の姿を横目に、先に脱衣所を出て部屋へ戻った。




その後、豪勢な料理を堪能した俺たちは部屋の窓から夜景を見ながら酒とつまみを広げていた。と言っても俺達が飲酒し始めてからまだ二年そこらしか経っていないので、日本酒などという気の利いたものはまだ好んで飲めない。だからビールや酎ハイを並べるのが身の丈に合っていると、そう言う事でコンビニで適当に買ってきたものを楽しんでいた。

「ご飯凄かったね」
「こんなに贅沢出来てこの値段は安いよな」
「あんまり有名なスポットじゃ無いからかな」
「ま、有名だろうがそうじゃなかろうが満足出来るなら何処でもいーよ」
「そうね」

反対側の椅子に座る名前が柔らかい空気を纏って微笑んだのを俺は見逃さなかった。中三から色々とありながりもずっと付き合ってきて、周りからは倦怠期が来ないのかなどと言われる事も良くあるが、隣で嬉しそうにされるだけでどうしようもない気持ちにさせられるのだから、救いようがないのかもしれない。だが別に俺はこのままで不満はないしどうこうしてもらおうとも微塵も思わない。

「…隆也?」

黙っている俺に訝しげな表情を見せる名前。俺は「何でもない」とだけ告げて、彼女の腕を引いた。

「どうしたの?」
「いいから」

引かれるがまま、名前は椅子に座る俺の隣に立って見下ろしてきた。椅子ごと引き寄せてやれば良かったが、もう今更なので俺は腕を引いた勢いのまま膝の上に座らせた。あまりしない行動に、名前は暫く居心地悪そうにしていたが、次第に慣れたのか諦めたのか、大人しく俺の腕の中に収まった。

「…やっぱりちょっと痩せたな」
「こういう風にするのも久しぶりだもんね」
「受験とはまた違った忙しさだったもんな。お前、もうちょい食え。このままいくとあっという間になくなっちまうぞ」
「…ちょっと、それ場所を限定して言ってない?」

澄まして浴衣の上から手を這わせていた胸元を睨みつけるようにして、名前は口を尖らせた。

「確かに痩せたら胸から減っていくとは言うけどさ」
「だろ?」
「だろ?じゃないよ。こら、手を入れない」

合わせから手を滑らせ、直接肌に触れる。久しぶりな事もあるが場所や雰囲気も相俟って、段々と俺は気持ちが高まっていくのを感じていた。しかし名前が本気で嫌がる素振りを見せたら潔く諦めようと、それだけは忘れないようにしていたら案外彼女の方も落ち着いて俺に身を任せてきた。

「…いいのか?」
「んっ…今更聞くの?」
「はは、一応な」
「このままは嫌だから、布団まで連れて行ってね」

俺の首に腕を絡ませて額を合わせてきた名前に笑みを返すと、俺は軽く唇を塞いだ。

「了解」

ペロリと名前の唇を舌でなぞって、俺は腕の中の彼女を抱えたまま立ち上がった。