6周年企画 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

月宿る






「名前、風邪引くぞ」

新八の家に神楽が泊まりに行ったとある日の夜、先に風呂から上がった名前に続いて髪を乱暴に拭きながら姿を現した銀時は、名前の姿が部屋のどこにも見当たらない事に気が付き、キョロキョロと探し回った結果玄関の外でぼんやり夜空を見上げている彼女を発見した。湯冷めするぞ、と名前を連れ戻す為に声をかけたのだが、肝心の彼女はゆっくりと振り返ったかと思えばのんびりとした口調で言葉を返した。

「月が綺麗だったから」

柔らかく微笑む名前の方がよっぽど綺麗だと銀時は一瞬思ってしまったが、そんな事は気恥ずかしくて言えない。

「…おいおい、そういう言葉は男が言うもんだろ?」
「深読みしないでよ。本当に綺麗だったからそう言っただけ」
「わーってんよ。でもそろそろ家の中に入らねーとマジで体冷えるぞ。月なら俺の部屋からでも見えるだろ」
「はいはい」

ガラガラと扉が閉まる音を背中で聞きながら、銀時は先に寝室へ戻った。布団を二人分敷き、寝る準備を整えていると漸く名前もやってきたのだが、その両手には徳利とお猪口が乗ったお盆が握られている。

「お、寝酒か。いいな」
「月見酒っていうのもたまにはいいでしょ」

銀時はパッと表情を明るくすると、早速寝室の障子を開け放った。折角なので窓も開けて、いそいそと準備を進める。

「さっき体が冷えるぞとか言ってなかった?」
「酒があるなら話は別だ。窓越しに見てもつまらねぇだろ。ほら、ここ置いていいぞ。それと、お前はもう一枚何か羽織るモン持ってこい」
「銀時は」
「俺ァいい」

今にも鼻歌でも歌い出しそうな程ご機嫌の銀時を横目に、名前は言われた通り寝衣の上にもう一枚羽織ると、銀時の隣に腰を下ろした。

「おい、お前は飲まねぇのか?」

お盆の上にお猪口が一つしか無い事に気がついた銀時は、不思議そうに首を傾げた。しかし名前は黙って頷いたかと思えば、どこからか湯呑みと急須を取り出してコポコポと湯気の立つお茶を注ぎ始めた。

「…やっぱりお団子にはお茶でしょ」
「ふーん、まぁいいけど…団子俺の分もちゃんとあるんだろうな」
「無かったら後が煩いのわかってるからちゃんと用意してるわよ。ほら」

そう言って包装紙をそっと捲ると、三種類の団子が一本ずつ綺麗に並んでいた。新八と神楽の分は別にしてとってあるので、気にせずに食べても良い旨を伝えると銀時は瞳を輝かせて早速どれにしようかと選び始める。寝る前なので量は控えめだが、それでも甘い物が食べられるというだけでこんなにも喜ぶのだから、流石は糖分王と言ったところか。

「みたらしか…ここはやっぱり餡子にするか…草団子も良いよなァ…」
「私草団子がいい」
「だったら…よし、俺みたらしにすっから餡子のやつ半分こしようぜ」
「ふふ、わかった」

団子を食べる前にまずは暖かいお茶を、と湯呑みを両手で持っている名前とは違い、銀時は串を持って団子を口へ放り込んでいる。そして幸せそうに口をもぐもぐさせながら、徳利を持って酒を注ごうと傾けた。それを名前がやんわりと制し、彼の手から徳利を奪うと代わりにお猪口を持つように促した。

「こんな月夜に上手い団子食いながら美女から酌してもらえるとはなァ。一日の疲れも吹っ飛ぶってモンだ」
「今日は何にも依頼無かったんだから疲れるような事してないでしょ」
「…オイオイ名前チャン現実に引き戻すなよ」

呆れたように笑うと、銀時はお返しとばかりに名前の持つ湯呑みに茶を注いだ。底が見える程度には減っていた湯呑みからは、再び湯気が立ち始める。そして二人で同時にそれぞれのもので喉を潤し、ゆっくりと窓の外の景色へ目線を移した。

「今日は本当に月がよく見える。空気が澄んでるのかしら…」
「珍しく歌舞伎町全体もどことなく静かだもんな」

満月、という訳ではないがそれと同程度の輝きを放っている月を見上げ、名前は小さく息を吐いた。そんな彼女を銀時はチラリと横目で見る。月の柔らかな光を受け、何とも幻想的な雰囲気を醸し出している彼女に、柄にもなくまた「綺麗だ」と言ってしまいそうになる。

「銀時」
「お、おう」

不意に振り向かれて目が合ってしまい、銀時は一瞬言葉に困った。

「…何よ、キョドって」
「別に何でもねーよ。んで、何だよ」
「草団子、一つ食べる?」
「食う!」
「じゃあみたらし一つ頂戴」
「おう」

お互いに串に一つずつ残っていたので串ごと交換する事にした。

「んー、やっぱりここの団子はどれも美味しいわね」
「うっわ、草団子うめぇ」
「でしょ」
「そういやこれ…買ってきたのか?」
「違うわ、貰い物。いつものように患者さんからのね」
「名前様様だなァ」

団子を咀嚼しながら「うんうん」と頷いてみせると、名前は悪戯っぽく笑って目を細めた。

「そうよ。感謝して食べなさいね」
「するする。毎日する。だからまた貰ってこいよ」

そう言って銀時は酒を一気に流し込んだ。そして最後の串に手を付ける。が、それを口に運ぶ前にふと動きを止めて名前の方に視線を送った。

「…俺が二個食っていーい?」

そう。団子は串に三つしか刺さっていないのだ。半分こと言った手前黙って二個食べる訳にもいかなくなり、銀時は一応お伺いを立てたのだろう。しかし名前は初めから二つ銀時に譲る予定だった為すぐさま承諾した。それを受け、嬉々として団子を口に放り込んだ銀時を眺めながら名前も自分の分を平らげた。

「…美味しかった」
「やっぱ甘いモンは最高だな」
「パフェは今週は控えないとダメよ」
「……わかった」

返事があるまでに不自然な間があったが、渋々了承した銀時を見て名前はクスリと笑みを零した。そして徐に二人の間にあったお盆を退かすと、銀時の隣に座り直しゆっくりと己の身体を預けてみた。触れ合っている部分から微かに温もりを感じて、名前は目蓋を下ろす。

「眠いのか」
「…カステラ食べたい」
「は?」

銀時は自分の問いかけに対して予想外な言葉が返ってきた為に、間抜けな声を出してしまった。口に運びかけていた酒をうっかり溢してしまいそうになり、慌ててそれを口に流し込む。

「…えらく唐突だな」
「だって急に食べたくなったから」
「まぁ、美味いよなカステラも。でもやっぱここはパフェだろ。チョコレートパフェがいい。苺がいっぱいのってるやつ」
「シュークリームも食べたい。あー…お汁粉も…きな粉もち…」
「だからパフェだって」
「パフェね…それもいいわよね…うん、黒蜜きな粉パフェとか…あぁ…」

珍しく甘いものを沢山並べ立てる名前に、銀時は内心小躍りしたい気分だった。このままの流れでいけば、明日辺りに甘味処にでも行こうと言い出しそうな雰囲気だからである。
そしてその予想は見事的中した。

「決めた。明日甘いもの食べに行こう」
「よっしゃ」

隠しもせず、銀時はガッツポーズをする。

「勿論それは俺も行っていいんだよな?」
「んー…」

期待を込めた瞳を向けると、名前は体を起こして頬に手を当て悩む素振りを見せた。まさか断られるのかと銀時は一瞬肝を冷やしたが、それは杞憂に終わった。

「…いいけど、食べ過ぎないでね」
「おうよ」

良かった、と胸を撫で下ろす。そうと決まればさっさと明日に備えて眠りにつかねばならないと、銀時はあっという間に寝る為の準備を終わらせ、布団の中へ潜り込んだ。そのあまりの速さに名前は呆気に取られていたが、銀時に急かされて漸く腰を上げる事が出来た。食べ終えた物を片付け、支度を済ませて空いている布団に入ろうとすると、隣の布団から楽しそうな声である提案が為された。

「一緒に寝ようぜ」
「…いいけど…それじゃあ何で二組敷いたのよ」
「気が変わったんだよ。ほら、早く」

はらりと布団を捲り、もう一人入れるようなスペースを作って待っている銀時に呆れながら名前はそこに入り込んだ。するとすぐに逞しい腕に包まれ、名前はそっと銀時の着物を掴む。

「…新八君や神楽ちゃんも誘って皆で行くのがいいわね」
「じゃああいつらが帰ってくるのを待つのか?」
「道場まで迎えに行けばいいのよ。あ、それならお妙ちゃんも誘ってみよう。来るかしら」
「来るんじゃねーか、女ってのは甘いモンも好きだろ」
「そうね。お妙ちゃんもだけど神楽ちゃんや新八君にはいつも気を使わせちゃってるから、明日はお礼も兼ねてご馳走しなきゃ」
「気ィ使わせてる…?」

頭上から怪訝そうな声が降ってきて、名前は徐に顔を上げた。

「しょっちゅう神楽ちゃんは新八君の家に泊まりに行くでしょ」
「あぁ、でも神楽はお妙ん所に泊まりに行くの楽しみにしてるみてーだしいいんじゃねぇか?新八の方はまぁ多少は気ィ使ってるところもあるのかも知れねーが別にこっちも気にすることねーんじゃねぇか。新八だし」
「そんなこと言ってるといつか見限られるわよ」
「そん時はそん時だ」
「嘘ばっかり」

呆れたように笑みを零すと、銀時はフン、と鼻を鳴らしたきり何も言わなかった。名前もそれ以上は何も言うことはせず、顔を胸元に埋める。

「明日楽しみだな」
「銀時は自腹だからね」
「…ケチ」

口を尖らせているであろう姿を想像し、名前はクスクスと笑いながらゆっくりと目蓋を下ろした。

「おやすみなさい」




戻る