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※ 「Greensleeves」他2作品と同一夢主
※高専時代
※途中ちょっと暗いです(軽いとは思いますが残酷な描写・グロ描写あります)







それは夏も終わりかけ、秋口に差し掛かった過ごしやすい気候の頃。共用部で名前と七海が任務後の一服をしている時だった。早々に報告書も書き上げ、午後は授業も無くお互いどう時間を潰すかと思案しつつ灰原の報告書が出来上がって手が空くのをひたすら待つ。

「今が一番過ごしやすい季節よね」
「そうですね」
「ねぇ、七海はやっぱり休みの日は読書とか?」
「まぁ。後は灰原に連れられて外出したりもありますが。名字は大体想像つきますね。先輩達によく連れ回されてるのを見かけます」
「そうね…硝子さんとは買い物とかカフェに行ったりするけど、五条さんとか夏油さんも気付いたら一緒にいるかも」

ソファーに腰を下ろし、膝の上に頬杖を付いて単行本に目を落としている七海を眺める。パラパラとページを捲る音と、時折カップが持ち上がり、それがソーサーにぶつかる音が響いた。名前が先日紅茶の専門店から購入してきた新作の香りが二つのカップから立ち上り、任務後の疲れた体に沁み渡る。

「美味しい?」
「ええ。香りが良いですね」
「さっすが七海。一緒に飲むならまず七海かなって思ってたの」
「茶菓子が無いのが寂しいですね」
「そうなのよね。ね、嫌じゃ無かったらこの後三人で出掛けない?」
「お菓子を買いにですか」
「それもあるけど、それだけじゃなくて。なんだかんだ三人で出掛けるってあんまりした事ないし」
「いいですよ。灰原が終わり次第出かけましょうか」

パタリと本を閉じた七海と目線が絡んだ。てっきり灰原と二人でどうぞなんて言葉が返ってくるとばかり思っていた名前にとって、比較的嫌そうな顔もされずに肯定的な反応をされたのは正直嬉しかった。

「やった。灰原来たら予定大丈夫そうか聞かなきゃね」
「大丈夫でしょう。先程任務後は何も予定が無いと言っていましたし」
「そう?」
「準備があるなら先にどうぞ。私も灰原に声をかけてから着替えます」
「了解」

名前は少し冷えた紅茶を飲み干し、楽しげに立ち上がった。何処へ行こうか、何をしようか。色んな案が頭の中を駆け巡る。同級生と遊びに行くという自分の中では中々のビッグイベントにすっかり意識が向いてしまっていたせいか、ここで名前は今、一番危険な気配を察知する事が出来なかった。

「なぁに浮かれてんだよ」
「…ッ、」

女子寮へ向かう背後から、威圧感のある声が降って来た。振り返らずともその声の主が誰であるかなど、わかりきっている。ああ、何故こんなに近付かれるまで気付けなかったのか。数秒前の己の不甲斐なさを恨みたい。

「五条さん…」
「んだよ急にテンション下げやがって」
「いえ、任務明けですか」
「いやこれから。傑と行ってこいってさ」
「そうですか」

これは朗報。本来であれば見つかったが最後連れ回されるか、最悪自分も同行すると言いかねない。流石に任務を放って自分達の邪魔をしようとは思わないだろうと、名前はうっかり出てしまった笑顔と共に見送りの言葉を返した。

「気を付けて行ってきてくださいね」
「お前ら今からどっか行くつもりだったのか?」
「え…まぁはい」

急に名前ではなくソファーにいまだ腰を下ろしたままであった七海に問いかけ、問われた本人はやや何かを思案するように曖昧な返事をした。

「ふーん」
「私が三人で出掛けようって提案したんですよ。ほら五条さん、行かなくていいんですか?」
「あ、名字…」

七海から焦ったような呆れたような視線を受けながらも全身から構わないでくれオーラを発していると、もう一人の先輩が共用部へ顔を出した。

「あ、いた。悟、急がないと新幹線間に合わないぞ」

天の助けとはこの事かと、不意に現れた保護者もとい夏油傑に名前と七海は内心ホッと息を吐く。別に五条の事を嫌っている訳ではないが、今日は同級生三人で出掛けるというイベントを崩されたくは無かった。だというのに。

「おー、今行く。ほら行くぞ、名前」
「えっ」
「は?」

何の前触れも無く腕を掴まれ、引き摺られ始める。

「何だ、名前も連れて行くのか?」
「こいつ先輩が任務だっつってんのに、遊びに行こうとしてやがったからな」
「名前、七海達と出掛ける予定だったのか?」

夏油にニヤリと口角を緩めながら見下ろされ、名前は必死に肯定する。しかし、その唯一の頼みの綱も何故か今日は随分と細く、あっという間に切れ果ててしまった。

「そうか。まぁでも、悟と出会したのが運の尽きだね」

諦めて、と語尾にハートでも付きそうな程に楽しげに諭された。

「七海、悪いね」
「いえ…その人に今更何か言ったところで、意見なんて変えてくれるとは思っていませんので」
「辛辣だな」

クク、と笑って先に部屋を出た夏油に続き、名前の腕を掴んだまま五条もさも当然のように歩き始めた。確かに七海の言う通り、五条悟という男に対して我々は拒否権はない。七海のように割り切って極力関わらないようにするのが一番賢いやり方なのだろうが、名前は何故か人並み以上に一つ上の、この迷惑な先輩に絡まれるのだ。








「新幹線間に合わないかと思ってヒヤヒヤしたぞ」
「こいつがいつまでもごねるから時間食ったんだよ」
「だって折角のお出かけだったのに」

隣に五条、向かいに夏油とデカイ男達に囲まれて名前は新幹線のシートに腰を下ろしていた。
何の準備も出来ずにこの身一つで連れてこられてしまったが、まだ名前は今回の任務について何も知らされていない。特級に今一番近いと言われている二人が揃って出向かなければならない任務に、自分如きがついて行って何か役に立つとは到底思えなかった。

「…任務はどこまで?」
「東北のド田舎だよ。電波も届いてるか怪しいくらいの山ん中なんだと」

至極嫌そうに顔を歪めて見せる五条に、夏油もつられて肩をすくめて見せた。

「硝子さんは居ないんですか?」
「三年の先輩達が別件で任務出てるらしくて、その為の待機らしいよ」
「そうですか…」
「俺達はそんなん要らねぇだろうからってさ。放り出された」
「まぁ確かに…お二人が揃っていて大怪我を負う事も少ないでしょうけど。それでも地方の山の中って…何かあった時には色々と厳しそうですね」
「だからお前連れてきたんだよ」

長い足を組んで携帯を弄る五条は、一ミリも顔を上げずに淡々とそう言った。どう言う意味だろうかと視線を向けるが、それに対して答えが返ってくる事は無く、呆れたように向かいの夏油が口を開く。

「名前がいたら、まず遭難はしないからね」
「だからそれは絶対では…」
「それに、呪力切れの心配もない」
「そーそー、充電器は大事だろ。ま、俺達が呪力空になる事なんて無いだろうけど」

今まで閉口していたくせに、急に口を挟んできた五条に名前は額を突かれた。

「充電器って…二人に呪力渡したりしたら私が空っぽになるじゃないですか。無限にある訳じゃ無いんですよ」
「そん時は傑の呪霊が持って帰ってくれるだろ」
「せめて人間の手で持って帰って下さい…」

深くため息をついて名前は背もたれに体を預け、窓の外を眺めた。もう会話を続けるのは辞めるらしい。五条もまた携帯に視線を戻しはしたが、意識は確実に名前に向いている。そんな男を向かいから眺める夏油は「ホントは七海と灰原にヤキモチ焼いて引っ張って来たくせに」と喉元まで言葉が出かかったが、名前の落ち込む顔を見るのは忍びないと、そのままグッと飲み込んだ。





「…おい名前、起きろ」
「ん…」

軽く体を揺すられ、意識が浮上した。夢も見ない程深く眠っていたらしい名前は、一瞬現状を把握するのに時間を要した。真上から大きな男達に見下ろされ、名前は目を擦ってぱしぱしと瞬かせる。

「…おはようございます」
「名前寝ぼけてる?」

笑っているのか肩を揺らしながら夏油の大きな手がサラリと前髪を撫でた。

「…いえ…一瞬現状認識があやふやになりましたけど…大丈夫です」

段々と新幹線のスピードが落ちてきて、目的地の駅をコールするアナウンスが耳に届く。名前は慌てて身なりを整えると二人に続いて出口まで歩いた。

「すみません…私一人だったら完全に寝過ごしてました」
「いや。朝早くから任務だったんだろ?悪いね」

爆睡をかましてしまった事に恥ずかしくなりながらホームを出る。ここまでで既に三時間弱。しかしここから先がまだまだ遠い。移動手段としては電車の駅がある所までは電車で赴き、その後タクシーか一時間に一本あるか無いかのバスを使うか。又はかなり金額は張るがここからタクシーに乗るか。

「どうします…?」
「面倒くせぇからタクシーでいいんじゃねぇの。どうせ経費で落ちんだし」
「え、でも私お財布も持って来れてないんです。後で貰えるにしたって一旦は払わなきゃですよね?」

急だった事もあり、携帯以外持ち合わせていない名前は顔を青くして五条を見上げた。既に新幹線代も払って貰っているのにこれ以上お金を出してもらう訳にはいかないと、出来るだけ安く済む方法を提案しているが、五条はもうタクシー一択でしかないようだ。

「名前、気にしなくていいよ。勝手に連れて来たのは私達だから、全部任せておいて。だろ?悟坊ちゃん」
「俺に全部押し付けんじゃねぇよ」

小さく舌打ちを溢しながらも五条も気にするなとでも言うように名前の頭に一度手を置いて、早速タクシーを拾いに行ってしまった。








タクシーを降り、田んぼやたまにポツリポツリと現れる民家を眺めながら畦道を三人で歩いた。一見穏やかな風景だが、酷く不快な気配を発する山が確かに存在している。まだ少し距離はあるがそれでも迷わずそこへ向かえる程の気配である。

「スゲェな」
「山岳信仰というのは仏教とも神道ともつかない独特の宗教体系だからな。都心部とはまた違った呪いが発生しやすい」
「古来は人跡未踏の地だった山岳も、今や安易に入り込める時代になりましたからね…昔から信仰を持つ人達からすると、色々と思うところもあるでしょうね」
「面倒くせぇなー」

不穏な空気に引き寄せられるように足を進め、山の麓まで来たところで三人は一度立ち止まった。まだ夜までは時間があるというのに、不自然な程そこは薄暗く、空気が重い。今更この程度で怖気付く訳ではないが、いい気がしないのは皆同じであった。

「帳はどうします?」

名前が二人を交互に見上げて尋ねた。五条は「別にいいんじゃね」と適当な返事をするが、夏油は一応下ろしておくべきだと答える。

「山全体が好ましいけど…まぁ、せめて現場の周囲くらいは下ろした方がいいだろうな」
「全体でも大丈夫ですよ。私下ろしますね」

特殊効果は必要ないだろうと、名前はすんなりと山全体に帳を下ろす。一瞬呆気に取られたような顔をした夏油であったが、何故か隣で誇らしげにしている五条が視界に入り、妙な笑いが込み上げて来た。

「何笑ってんだよ。気持ち悪ィ」
「クク…いや。さぁ、行こうか」

夏油の言葉を皮切りに、五条と名前が並んでそのやや後ろを夏油が歩く。そこまで高い山では無いがとにかく広く、中は鬱蒼としている。最近少しずつ人が入り始めたせいか麓から暫くは整えてある形跡も見受けられたが、奥に進むにつれ舗装された道も途絶えてしまった。目標は日が暮れる前に下山する事。呪霊の居場所は三人とも概ね把握出来ている為、余程のことが無い限りは予定通りに事が進むだろうというのが現時点での見解だった。

「…あ、電波届かなくなりましたよ遂に」
「マジ?」

中程まで進んだ所で名前が携帯の画面を五条へ向けた。予想はしていた事だがいざアンテナが一本も無い状態を見せつけられると、凄い所へ来てしまったのだと改めて思い知らされる。

「まぁ、思ってたより呪霊の数が少ねぇし別行動取るほどでもねーからはぐれる心配は無いだろ」
「そうですね。何だか妙に一箇所に集まってる気もしますけど、確かに別行動はしなくて良さそうです」
「名前、ここまで連れて来ておいて何だけど、基本私達でやるからそんなに積極的に参加しようとしなくて大丈夫だよ」
「そーだ、足手纏いは大人しくしてろよ」
「違うだろ悟。私達の任務なんだから。名前、キミの力を軽んじている訳じゃ無いから変な誤解はしないでくれ」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

夏油さんは優しいなぁ、と隣を歩くもう一人の意地悪な先輩をジトっと見上げながら更に足を進めていく。
段々と霧が出てきて視界もお世辞にも良いとは言えない。木々が生い茂り、人並み以上の背丈を持つ夏油と五条は少々歩きにくそうだった。

「…この先だな」

一際異彩を放つ少し開けた場所へ目を向けると、一軒だけポツリと藁葺き屋根の古びた家が聳えていた。中から人の気配は全く無いが、呪霊の殆どがここに集まっているようだ。

「避難小屋…?」

所謂山小屋の一種かと五条は薄っすら眉根を寄せるが、夏油が一体の呪霊を取り出しながらそれを否定する。

「いや…登山客が多い山では無いし、荒れ過ぎだ。恐らく信仰施設だったのか…単純にただの民家だったか」
「これ家ごと祓っていい?」
「やめておいた方がいいと思うけど。極力呪霊だけを相手にするようにしてくれると助かる」

多少の損害は仕方ないにしても、全壊させてしまった後実は重要な拠点でしたとでも言われたら責任が取れない。如何せん不明瞭な事が多い今回の任務だ。出来るだけ慎重に動いて被害は最小限にとどめたい。
とは言え五条の術式と「最小限」という言葉が相性が悪いのは夏油も重々承知している。一抹の不安を覚えながらも、そこまで大袈裟な事にはならない事を祈って、夏油は面倒そうな顔をする級友の背を叩いた。

「始めようか」
「さっさと片付けてこんな所早く降りようぜ」
「そうだな。名前も大丈夫か?」
「はい」

名前が頷いた事を確認すると、先程取り出した呪霊を引き連れて呪霊の巣窟へと足を踏み入れた。



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